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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird 第5話

「あっふぅ~、何とかなったアンね」


不思議な犬はその場でひと伸びして、毛づくろいを始めた。

黄緑色の毛と白い羽のような耳を丁寧になめ始める彼女に、僕は恐る恐る話しかけた。


「君は、誰……?」

「アゥ? そういえば、まだ自己紹介してなかったアンね。ペロだアン。君はツバサだアンね」

「えっ? どうして僕の名前を知ってるの?」

「そりゃ……」


彼女は僕の目の位置まで浮かび上がると、まるで当然であるかのような口ぶりで


「ペロはツバサの希望だからアン!」と、答えた。


とても堂々とした態度で答える彼女には申し訳ないが、僕の返答は

「……へ?」という情けない嘆声だった。

するとペロは調子が狂ったように、その場でわざとバランスを崩す。


「『へ?』じゃないアンよ! ペロはツバサの希望。ツバサが希望する事には何でも応えるし、ツバサが絶望した時は希望を与える。それがペロだアン!」

「なるほど」

「その顔、絶対分かってないアンね」


内容は分かっても、信じる事が難しい。

だが、さっきの男が言っていた話も理解出来ないし、それ以前に起きた出来事も考えると……と、ここで僕は、ハッと思い出したように勢いよく体を起こす。


「シュウヤは!?」


もしあれが夢じゃないなら、シュウヤは一体どこに行ったのだろう。

アラベルが消えた闇の穴から、近くにいるのかもしれない。

ベッドから降りて、何も無い部屋から飛び出そうと扉を開けた瞬間、

僕の足は前にではなく後ろへとさがってしまった。遅れてペロが僕の元へと飛んでくる。


「どうしたアン?」


僕は恐怖のあまり声が出ない。

目の前には、瞳孔が無い真っ白な目玉と漆黒の毛を持つ獣が、息を荒くして立っていた。

体毛の先が気化したかのように、獣の全身からは真っ黒い霧が漂っている。

獣は低い声でうなると、舌なめずりをしてゆっくり僕の方へと近づいてくる。明らか僕に好意を向けて近づいているのではない。


このまま後ずさりしたら、部屋の中に入られてしまう。

逃げ場を失ったら最後、この部屋は相手の食事の場と化すだろう。

けれど、このまま獣の横を突っ切る勇気も僕には無かった。さっきから足の震えが止まらない。口の中が乾いて、唾を飲む事すら出来なかった。


「あ……」


情けない声が漏れ出ると、隣から眩い光が飛んできた。

光は僕の横を通過して、目の前の獣へとぶつかる。

獣が小さな悲鳴をあげたと同時に、僕の手はいつの間にか小さな手に掴まれ、引き寄せられるがまま、僕は走り出した。


「今のうちに逃げるアン!」


体格差に似合わない大きな耳を広げて、ペロが僕を部屋の外へと連れ出した。




部屋の外は、同じような白い床と壁で出来た長い通路が続き、所々に「~実験室」や「入室注意」と書かれた看板が掛けられた扉がある。

時々開けられている扉の先を見ると、大量に散らばった紙が残されていたり、鼻を刺すような異臭が漂う所もあれば、まるで漫画や映画に出てきそうな謎の物体が水槽の中で浮かんでいる部屋もあった。

まるで、ホラーゲームの世界に連れてこられたような気分だ。

かなり心細かった。あの獣は今頃怒ってこちらに向かって来ているだろう。

追いつかれるまでは、時間の問題だと思う。


「どうしよう……」

「ツバサ、こうなったらやるしかないアン。自分の力を信じて!」

「え?」


先頭を飛び翔けるペロが、前を向いたまま叫んだ。

それに続いて、背後から僕とは別の足音が、刻一刻と鮮明に聞こえてくる。僕は怖くて、彼女に掴まれている方の手に力が入る。手に伝わる温もりだけが、心の支えだった。


「ツバサ、もう片方の手にも力を込めるアン!」


よく分からないけど、今はただ彼女の言う通りにするしか考えられなかった。

僕は、ペロと繋いでいない方の手にも力を入れる。すると、突然僕の手から光が放たれた。


「何!?」


光はだんだん実体化して、手で掴める物へと変化した。

そして、光は徐々に形を変えながら少しずつ眩さを弱めていき、気づくと僕の手には、見た事の無い形の剣が握られていた。

厳密には、剣と呼んでいいのか分からない。

緑色のラインが険の中心を通り、剣先は曲がって鎌のような形をしている。

ただし、それは鎌と呼ぶには短すぎるし、何より刃が存在しない。

剣先が曲がる部分に、ひし形の宝石が埋め込まれてあり、さらにその石から、二本の矢印と何やら金平糖のようにとげとげしたものが一つ飛び出している。

確信は無いが、それらの並びから何となく「時計」が連想出来た。


「何……これ?」

「それが君の力だアン。あの獣は、光を持つ君を倒すために生まれた『影』。ツバサは、あの影から生き延びるために、その剣を使って戦うんだアン!」

「戦う!? 僕、そんな事一度も……」

「ほら、来たアンよ!」


振り返ると、さっきの獣が歯をむき出しにして飛びかかって来た。

咄嗟に方向を変えたペロに引っ張られて、僕は獣の攻撃を何とかかわす。

が、あまりにも勢いがあったため、僕は彼女から手を離し、そのまま地面に転がり込んでしまった。

僕が動けなくなっているのを見て、獣が再び攻撃を繰り出そうとするが、その前にペロが旋回しながら口元に光を集め、一気に相手目がけて眩い光弾を放つ。

迷っている時間は無いらしい。僕は体勢を立て直すと、獣に向かって剣を構える。

とは言っても、一体どうすれば良いのだろうか。

彼ならどうするだろう。戦い方は、確実に彼の方が詳しい。

実戦とまではいかなくても、彼は剣道と共に生きてきた人間なのだから、ちょっとしたひるませ方くらいは、知っているに違いない。


(ここにシュウヤが居たら……!)


しかし、そんな望みが叶うはずは無く、獣は再び体を低くして飛びかかってくる。

僕は、獣から避けるように移動する事しか出来ない。

出来れば相手の興奮を静めて、傷付ける事なく和解したいが、僕にはその手段も時間も無い。


(くそぅ……)

「ツバサ、とりあえず振り回すくらいは出来るでしょ?」

「えっ……」


僕が動揺した一瞬の隙を、相手は見逃さなかった。

獣は僕との距離を一気に縮め、僕の頭上にまで高くジャンプした。僕の視界いっぱいに、獣の鋭い歯が迫ってくる。


「うわああっ!」




……と、言うのが一瞬見えた。

と思いきや、それを再現するかのように遅れて獣が飛びかかってくる。

僕は咄嗟に体をずらす……と思っていたが、何故かその時だけ体の自由が利かず、まるでどこかの体操選手のように軽い身のこなしで華麗にかわした。


(何だ!?)


誰かに操られているような不思議な感覚が全身に襲い掛かる。

素人でかつ、あまり運動神経の良くない僕が、まさかあんな動きを反射的にやるとは思わなかった。

獣も予想外の動きに驚いたらしく、低い唸り声をあげて警戒態勢になる。

お互い相手の様子を伺い、僕は息を整える。

何度も回避を重ねるうちに、どうやら相手は高くジャンプして上から噛みつくのが得意だと分かった。


暫くして、獣が再び姿勢を低くする。恐らくまた飛びかかるつもりだ。

僕はここで剣を床に押し付けて、そのまま手持ち部分に体重をかけ、激しい摩擦を起こしながら勢いよく獣に接近する。

同時に獣も走り出した。鋭い牙と爪が、今まで以上に不気味に輝く。

僕と獣の間の距離が徐々に縮まり、一定の距離間になったかと思うと、獣が後ろ足を折り曲げ、伸ばした反動で勢いよく飛び上がった。

やはり上から襲いかかる攻撃。僕はそのまま剣を押し付けた状態で駆け抜けて、相手の攻撃をよける。

そして、相手が着地したと同時に、ようやく剣を持ち上げ、


「せえええい!」


という怒号と共に、摩擦で熱せられた剣を獣の体に振り当てる。

オレンジ色に輝く剣先が手応えを覚えると同時に獣は痛々しい声をあげ、一瞬にして光の粒子となって消えた。


「はぁ……はぁ……」

「やったアン、ツバサ!」


汗が滴り落ちると同時に、剣は僕の手から消えていった。

手元が軽くなり、緊張から解かれたと思うと、僕はその場に力尽きたように座り込む。




頭の中がぐちゃぐちゃだ。

訳の分からない事に巻き込まれ、自分も異様な行動を取るし、突然獣が襲いかかってきたり、剣が現れたり、隣には人間じゃないのに言葉を使う生き物がいる。


「大丈夫かアン?」


ペロが心配そうに僕のひざ上に乗ってきて、見上げるようにして僕の顔を伺ってくる。

きっと僕は、とても情けない顔をしているだろう。目頭が熱い。少し視界が歪んでいる。

すると、ペロが近づいてきて、僕の目元をそっとなめた。


「泣いてるのかアン? 男なのに弱々しいアンね」

「……」

「言い返す気も無いのかアン?」


ペロは、溜息を吐きながら飛び上がって、僕の方で頬杖をつく。

彼女の長い耳がさらりと僕の頬を撫でてくすぐったい。けれど、今の僕には笑う気力も無い。


「僕……これから、どうしたらいいんだろう?」

「ツバサは、どうしたいアン?」


ペロの問いかけで思い浮かべるのは、僕にとってかけがえのない日常。

シュウヤがいて、学校で仲良くしている友達や幼馴染、皆が笑顔でいる楽しい日々。

何気ない、当り前だと思っていた時間が、今ははるか遠くの記憶のようでとても恋しい。


考えれば考える程、目から涙がこぼれ出す。

僕は慌てて両手で顔を覆うが、いくら拭っても次から次へと涙が流れてくる。


「シュウヤ……皆……!」


それを見てペロは、僕の頬に自身の頭をピタッとくっつけすり寄ってきた。

そして、次に発した彼女の声は、やけに冷静だった。


「皆を助けたいなら、世界に襲い掛かった闇から光を取り戻すんだアン」

「え?」


またしても訳の分からない事を話すペロを、僕はキョトンと見つめる。

ペロは、話し続けた。


「この世界は今、突然現れた闇に支配されちゃってるんだアン。だから、光ある世界に存在する者は消え、さっきの獣みたいな『影』が現れた。もし皆を助けたり、元の世界に戻したいなら、世界を覆う闇を払って光を戻すんだアン」

「何それ……意味分からないし、僕には無理だよ」

「じゃあツバサは、どうしてこの闇に呑まれた世界で普通にしていられるんだアン?」

「えっ……」


彼女の話によれば、闇に呑まれたらシュウヤ含む光ある世界に存在する人は、消えてしまう。

なら僕も消えるはずだ。皆と一緒にあの街からいなくなって……だが、僕はあの後シュウヤを探しに家を飛び出したし、さっきの獣とも戦った。

そして今、僕はここにいる。


「どうしてだと思うアン?」


それはこっちが聞きたい話だ。何故僕は、こうして彼女と話をしているのだろう。

何も無い所から剣を出したり、人間離れした動きをしたり、さっきから自分自身に起きている、起こしている出来事は、何なのだろう。

答えようが無いと見かねたペロは、全ての質問に通る解答を僕に告げた。


「ツバサ、君は『未来使い』なんだアン」


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