BlueBird 第49話
「皆……大丈夫?」
「うん」
暫く目を閉じていると、カノンが不安気に僕の裾を掴んできた。なかなか明るくなった視界が暗くならず、元に戻るよりも先に目がこの明るさに慣れてくる。
ゆっくり目を開けると、僕らは洞窟ではなく、真っ白な空間に立っていた。結晶も何も無い、しかしどこか安心出来る穏やかな空間だった。
「ここは……一体……?」
「結晶がないって事は……私達、あの洞窟から抜け出せたの?」
「アゥ!? でもペロ達、あそこから移動した覚え無いアンよ!」
「ほんまや! 一体ここはどこやねーん……ってそんな呑気な事ぼやいとる場合かあんたら!」
最後の言葉は、当然僕達から発せられたものではない。あんな独特の話し方は、全員初耳だ。
僕らは思わず身構える。カノンは弓矢を出し、ペロも耳を大きく広げて先程の音源を探る。
僕も目を凝らした……が、突然
「ああああっ!」
「ツバサ!?」
どうしたのだろう、目がとてつもなく痛い。
思わずしゃがみ込む僕に、カノン達が慌てて寄りそってくれた。だが、必死に目を抑えて動かない僕に、どうしたら良いか分からずにいた。
すると別の所でも、僕とほぼ同じタイミングで、小さな悲鳴が聞こえてきた。向こうでも、変わった口調の誰かが不安気に叫んでいる。
「やっぱり近くにいるんやな!?」
「痛い痛い! 何これヒノ、目がすっごく熱い! 何とかして!」
「待っとり、ワイがすぐにあいつらとっちめてくるから。その前にあんたは、早よ過去探しの力を抑えるんや!」
「そんな事言われても……痛いものは痛いんだもん!」
「大丈夫かアン!? こっちでも同じような症状の患者がいるアン!」
「ツバサ君、しっかりして!」
「フハハハハー! よくワイに自分の居場所教えてくれたな! 覚悟しとけぃ、未来使い!」
「え……!?」
すると、こちらの声から位置を把握したのか、ピョコピョコという軽やかな足音が近づき、突如真っ白の空間から黒い陰が姿を現す。これにカノンとペロは、思わず驚きの声をあげた。
現れたのは、一匹の白いウサギだったからだ。
しかも、喋るウサギだった。
「やっと見つけたで未来使い! よくもワイらの世界を滅茶苦茶にしてくれたな!?
その癖、ワイの作戦にまんまと引っ掛かりおって……自分の愚かさを思い知り、そのままくたばりやがれ!」
「そんなのペロが許さない!」
不意打ちを狙ったウサギは、ピョンと高く跳びはねたかと思うと、しゃがみ込む僕の首筋目掛けて蹴りを仕掛けてくる。だが、それをペロが大きな耳で弾き飛ばし、ウサギが着地しようとしたところで光弾を放つ。
足元が眩んだウサギは、そのまま体制を崩し、ペタリと座り込んでしまった。
「なっ……このワイの攻撃を見切れるとな!?」
「見切れるどころか、不意打ちにもなってないアン。それに弱ってる人に向かって、いきなり攻撃してくるなんて、どういう神経してるアン!?」
「くっそーこりゃいかん……こうなったら、ハルマ巻き込むけど、力を封じるしかない! 待ってな~ナムナムナム……」
(えっ、僕、成仏されるの……?)
不安に駆られたのもつかの間、ウサギは両耳をぴんと伸ばして、この空間に向かって小さな手をいっぱいいっぱいに伸ばした。すると、突然何も無かったところから魔方陣が現れ、僕ら周辺を囲うようにして動き出す。魔方陣の柵が出来ると、ウサギは両手を下ろし、同時に僕の目の痛みも治まった。
「凄い……治った。あ、ありがとう?」
「フン、何で礼言っとるんやあんた。力封じられたんやで? もうこれで逃げも隠れも出来んわ!」
きょとんとしている僕らに、ウサギはけらけらと余裕の笑みを浮かべている。
すると、奥から別の声の主が、パタパタと足音を立てながら近づいてきた。
「待ってよヒノ……それより、もう目痛くないんだけど」
「そりゃそうや。ここの空間だけ、時間魔法使えんようにしたんやから。しかし驚いたわ……まさか、ほんまに未来使いがこんな罠に引っ掛かるとはな?」
「?」
首をかしげていると、ヒノの背後から漸くもう一人の陰が姿を現す。
今度は普通の人間、だが、僕らよりもずっと年下の少年だった。白色のマントを羽織り、金色の髪に茶色の瞳。だが、片目だけ微かにオレンジ色をしている。
「君達は……?」
「おん? わざわざ自己紹介せなアカンか? わいは『ヒノ』。んでこいつは『ハルマ』、過去探しや。ほんじゃさいなら、未来使い!」
「「過去探し!?」」
再び蹴りをお見舞いしようと構えたヒノだが、耳慣れないワードに反応したカノンとペロが盾になって、呆気無く攻撃を外した。
さっきから何度も僕に攻撃しようとしているが、一体何者なんだろうか。過去探しという聞き慣れないものを持っていて、喋るウサギを連れているとなると、少なくとも僕が知っている世界の者ではなく、いつかペロが教えてくれた「ファアル」と関係しているのかもしれない。
因みに、驚いた様子の僕らに、一方の彼らも驚きを隠せずにいた。
「え……何やあんたら、知らんのか?」
「全然!」
「初めて聞いたアン……」
さっきからきょとん顔の僕を見て、ヒノも流石に呆然としている。
すると、後ろからハルマがひそひそとヒノに話しかけた。
「ヒノ、やっぱりこの人達、悪い人じゃないよ」
「何言っとんねん。さっきあんたの目が反応したって事は、間違い無く未来使いや! ワイらの世界に影を投げ込んで、自分はリアルの世界でのうのうとしとった悪者に間違い無い!」
「わっ悪者だなんてそんな!」
「ペロ達は、今までずっと影と戦って闇を払ってきたアン! 悪者の訳ないアン!」
「ほーら、違うって言ってるじゃないか!」
「何やて!? そんなはずは……って、何であんたら聞こえとるねん!?」
「そんな大声で話されたら、普通に聞こえるよ……」
どこか抜けてるヒノを見て、何だか危なくない気がしてきた。ペロなんか、完全に見下した態度でヒノを見ている。
だが、この状況に一番困っているのはカノンだった。
「あのーえっと……さっきの話からすると、ツバサ君は影を倒してるのに悪者扱いされてて、それでりある?って所に逃げてるみたいだけど……そもそも、りあるってなぁに?」
「え、あー……そこから説明せなアカン?」
「お姉さん、僕が説明してあげるよ」
ここで改めてハルマという少年から、僕も少し前まで知らなかった世界の原理を教えてもらった。
現在、世界は僕らが知らないところで、二つに分離して存在している。
一つは僕らが暮らす世界「リアル」。もう一つは「ファアル」。確か僕らが「魔法」と呼んでいるものは、ファアルでは当たり前のように使われているものらしい。
しかし、闇が両方の世界の狭間に生まれ、交わるはずのない世界が一時的に繋がった。そのため、ファアルにある概念がこちらに流れ込んできて、僕らも魔法が使えるようになっている、との事だ。
「ところで、あんたらあの洞窟に入って、急に魔法が強くなったと思わんかったか? あれは、ワイがここから強化魔法を唱えたからやねんで」
「そうなの!?」
通りで、慣れない魔法が自在に使えたり、突然強烈な風魔法が使えるようになった訳だ。何故かは知らないけど、どうやらヒノのおかげで僕の魔法は、格段に強くなっていたらしい。
「そういえば、私もあんなに沢山矢を放てなかったのに、いっぱい出せるようになってたし、影も倒せるようになってた!」
「そうなの?」
「そうなの!」
僕達と再会する前、どうやらカノンはあの弓矢を使うのに酷く苦労していたらしい。僕はてっきり彼女には、最初から才能があったのだと思っていたが、それは過去を知らないが故の考えだったようだ。それでも戦おうと試みてた彼女の精神には、頭が上がらない。
すると、僕らの話に割り込もうと、ペロが首を突っ込んできた。
「ちょっと待つアン! それならペロだって強くなっててもおかしくないんじゃ……」
「ワイが起こした強化魔法は、あくまで魔法道具に対してだけや。あんたみたいに、元々そういう力を持ってるやつには効かへん」
「アゥ……」
「いいじゃん。ペロは元々強いんだし」
「え、そうかアン? なら、いっか!」
単純だな、とペロ以外の一同が思った。