BlueBird 第48話
トンネルのような暗い坑道を、何となく足早に抜けていくと、先程より増して結晶が地面から飛び出す空間へと辿り着いた。
カノンが珍しく待ってくれて、僕らに手を振ってくる。さっきはお気楽だと思って流したが、美しい結晶の中心に立つ彼女は、何だか元々ここに住んでいた妖精みたいに見えて、とても神秘的に思えた。
「ねえねえ、ここで行き止まりみたい。もしかして、ここが最奥部なのかな!?」
(あ、待ってくれてた訳ではなく、これ以上進む道がなかったんだな)
思わず苦笑いしてしまう。カノンは結晶に触れないよう気を使いながらも、手持ち無沙汰なのを表現するかの如く、くるくる回りだす。
「アハハ~、こんな素敵な空間に居られるなんて、何だか嬉しいな~」
「そんな事言ってる場合じゃないアンよ。早く先に進んで、光の空間見つけなきゃいけないと。これじゃ、一旦引き返さないといけないアン」
「そうね。じゃあまたさっきの場所に……きゃっ!」
話に夢中になっていると、突然何かに躓きカノンはバランスを崩す。
僕は彼女の手を掴もうと駆け寄り、彼女自身も何とか立て直そうとしたが、いずれも時すでに遅し。カノンはその場に尻もちをついてしまった。
僕は、ここで未来予知が使えたら良かったのにな、と一人後悔しつつも、改めて彼女に手を伸ばす。
「大丈夫?」
「えへへ、うっかりしちゃった……って、あれ?」
よく見ると、彼女の後ろには小さな羽根付きボールの影がいた。いつの間に影がいた事にも驚きだが、その影が不覚にも彼女に蹴飛ばされている事にも驚いた。
すると、影は羽根をパタパタさせて飛び上がる。思わず身構えたが、影はカノンの前でフラフラと何もせずに浮かんでいた。
「何だか間抜けな影だアンね」
「大丈夫。この影、最初に戦った時にも見てすぐ倒せたから! 見てて」
そう言うとカノンは腕を交差させて蝶の扇を呼び出し、片方だけ手に取ると、そっと影の上に被せる。
「こうするとこの影、すぐに落ち……って、あれ!?」
同じような台詞が飛んでくるが、それも同然だった。何故か彼女の説明通りにはいかず、ボール状の影は突然その場で高速回転し、突風を起こしたのだ。油断したカノンは、抵抗する間もなく僕らの方へと吹っ飛ばされた。
「カノン!」
僕は今度こそカノンを庇うが、そのまま一緒に尻もちをついてしまう。
お互い怪我は無かったが、僕はいざという時に役に立てず内心とても悔しい。
「何で!? さっきと全然違うよ!」
カノンが驚く間も無く、影はボール状の本体からさらに四つの羽根を生やし、六枚翼となる。さらに、風を身に纏い、猛スピードでこちらに襲いかかってくる。
「よけるアン!」
僕はカノンの腕を引っ張って、影の突進をかわす。影は勢い余って壁にぶつかりそうだったが、身を守る風でそれを防ぎ、さらには風圧を利用してまた僕らの方へと突進してきた。
あまりのスピードによけ切れないと見た僕は、咄嗟に剣を出し、光の壁をつくる。影は、この壁もぶつかる寸前で方向を変え、急上昇して僕らの様子を伺う。
「あの子、すっごく速い!」
「さっきカノンが倒した奴とは、別の種類だアンね」
「ペロ、上空からあの影を攻撃してくれないか? 動きを確認したい」
「任せるアン!」
ペロは僕の希望通り、上空に急上昇したかと思うとすかさず光弾を数発放った。影は翼を巧みに使って、その場で旋回したり、ジグザグに移動して攻撃をかわす。
「ペロが相手アン! 次はそう簡単に避けられないアン!」
だが、ペロの挑発をすぐ無視して、影は僕らの元へ突進してくる。僕はカノンを突き放し、風を使って相手の軌道をずらすが、影は反れた方向から再びこちらに突進してきた。
追撃がくるとは思わず、僕は空中で影の攻撃をまんまと食らってしまう。腹部に強い衝撃が走ったかと思うと、そのまま壁まで吹っ飛ばされた。
「ツバサ君!」
「あの影、どうやら狙いはツバサみたいだアンね。予想だけど……一番風の力を使いこなせる相手を意識しているんじゃないかアン?」
「まさか……!」
しかし、ペロの予想は的中していた。影が距離を置いた隙にカノンが弓矢で攻撃するが、影は華麗によけて一目散に僕へと接近してくる。
これ以上、攻撃を受けるのはまずい。自然と目が光り、僕は未来予知を繰り返しながら、何とか影の攻撃をよける。この時自分も風を身に纏い、空中で体を翻したり、地面スレスレの所で前転したりと、普通なら出来ない動きをして相手を翻弄させるが、相手も負けじと攻撃回数を増やし、これでは反撃の余地が無い。
僕と影の攻防を端で見ていたカノンとペロは、何か打開策がないか考えていた。
「私の追尾もあの影には通用してない……あのスピードを止めないと攻撃が当たらないし、また風の力で吹き飛ばされちゃうわ」
「何とか相手の気をそらして、動きが止まったスキに……」
「でもどうやって気をそらすの?」
「アゥ……」
すると、影が突然方向を変えてカノン達へと突進を仕掛ける。
僕は壁際から一気に相手の前へと回り込み、剣から突風を起こした。影はクルクル回りながら壁に激突し、怒り狂ったのか翼を大きく広げ金切り声をあげる。
そして、再び風を身にまとうと、今度はその場で高速回転し始めた。
徐々に僕らの足元に転がっている石や、上から滴り落ちる水滴、そして終いには僕達までもが、その影に吸い寄せられていく。
「あわわわっ!」
「何これ!? 足が動かない……!」
影との距離が縮まり、ついには奴の暴風域に到達すると、影は体を逆さまにして、翼を両サイドに大きく広げた。
そして……
「うわあああっ!」
「ギニャアアア!」
巨大な竜巻が影の周りで発生し、僕らの体は一瞬にして自由を失う。吹き飛ばされ、影の上で旋回しながら、時々奴の翼がぶつかって傷をつけていく。視界は回り、頭がおかしくなりそうだ。
まさか、あの小さな体なのに、こんな力を持っているとは……見た目で全てを判断出来ない事は、散々思い知ったはずなのに、またここで学ばされる。
竜巻が弱まると、僕らはそのまま落下し、地面に叩きつけられる。
ペロは目をぐるぐる回して、今にも泡を吹きそうだった。カノンも経験した事無い威力の暴風を受け、体を起こす力も出ない。
視界が歪んでいて、現状を把握出来ない。動いてはならないものが頭の中で動いてしまって、正直気持ち悪い。
「やばい……」
今回ばかりは、平気じゃない。 だが、ここでくたばる訳にはいかない。
ところが、結晶がほのかに光ったかと思うと、闇の穴が現れ、そこから滝の如く影が落ちてきた。影は倒れている僕らに容赦なく各々刃を向けてくる。
「ツバサ君……影って、こんなに恐ろしいものなんだね。やっと分かったよ」
「諦めたような口振りで話すなって。大丈夫だから」
「大丈夫って……何でぇ……?」
「まあ見てて」
僕だって、だてにここまで苦労して旅をしていないんだ。剣を突き立てて体を支えながらも立ち上がると、僕は再び目を緑色に光らせて影を睨んだ。
空中で飛び交う先程の影や、今となってはお馴染みとなっているオオカミのような獣の影、数は減ったが相変わらず群れを作り、不気味な笑い声をあげるコウモリのような影。
流石に一人で一体一体の相手をするには、時間も体力も厳しい。なら、さっきの竜巻を参考に、相手を一掃する技を仕掛けるまでだ。
「恩返しさせてもらうよ!」
影が一斉に飛びかかってきたのを、僕は素早く移動してかわし、次にきた上空からの攻撃はスライディングする体制で抜けた。その直後、剣を振り上げて水の力を放ち、宙に巨大な雨雲を発生させる。突然の豪雨で、影は勿論、僕もずぶ濡れになった。
そして今度は雷撃。ただし、今回は剣をそこまで動かしていないので、少量の電気しか発せず、せいぜい相手を痺れさせて動けなくする程度だ。
何とか起き上がったペロは、この状況を見て首をかしげる。
「ツバサ……一体何する気だアン? あんな弱い電気じゃ、影なんて倒せないアン」
だが、今回はそれで十分だった。
影が身動きをとれずにいると、だんだん遠方から風が吹いて来て、徐々に僕の方へと引き寄せられる。上空にいたボール状の影やコウモリの影も、雨で羽が濡れて強風に耐えきれず、そのままこちらへと吸い寄せられる。
ここまで見て、カノンとペロはハッと顔を見合わせた。
「これって……」
「言っただろ、恩返しさせてもらうって」
あの影が僕に良いヒントをくれた。だから、それ以上のもの作って、今この場で返す。
僕は剣を地面に突き刺し、そこに体重をかけて体をフワリと浮き上がらせた。ほとんど逆立ちしているような体制になると、周囲に激しい雷雨と暴風が起こり、最後には僕自身も巻き込む巨大な竜巻が放たれる。
「食らええええ!」
彼女達の前では、竜巻に呑まれて影と影がぶつかり合う「嵐の乱舞」が起こっていた。
僕は竜巻の中心でブレイクダンスの如く体を大きく回転させ、吹き荒れる風と旋風脚で飛んでくる影を、あっという間に倒していった。
最後の影を光に還し、最終的にこの空間には僕らだけが残された。闇の穴は消え、影もこれ以上現れる気配は無かった。
ここで漸く安心して力が抜け、僕は近くにあった大きな結晶にもたれかかる。カノンとペロは再び大きな歓声をあげ、僕に飛びつこうとしたが、僕があまりに疲れた顔をしていたのか、勢いよく近寄る程度で済んだ。
「本当に凄かったね。私なんて、最初の見かけ騙しだけで、後半からずっと助けてもらっちゃってた」
「そんな事無いよ……カノンがいなかったら、かなり手こずってたと思う。こちらこそありがとう。力になってくれて」
「アゥー! ペロだって、これでも頑張ったアン!」
「うんうん! ペロちゃんのサポート、すっごく役に立ってたよ! 皆、ありがとう! 皆、お疲れ!」
「あはは」
僕が笑いながら結晶に触れると、突然手前の結晶から洞窟全体に白い光が解き放たれる。
「うわっ!」
「ま、眩しい!」
一瞬にして視界は真っ白になり、僕らは思わず両目を塞いだ。