BlueBird 第43話
また少し夢を見る。
誰かの声がしたように思えたが、まだ寝ぼけているんだろう。もう聞こえない。
シュウヤがいない夜。もうあれから何日経ったのだろうか。
日数は覚えていないが、かなりの日が過ぎた気がする。
彼は何処に行ったのだろう。
きっと暗闇の何処かだと思う。真っ暗で何も見えない、ここみたいに。
あれ、僕は一体何処にいるのだろう。真っ暗で何も見えない。
怖い。
「ん……」
ようやく目が覚めたような気がする。目を開けると、僕はいつの間にか森ではなく、教会のベンチに座っていた。
あれから何があっただろう。思い出せる限りだと、確かペロがあの木々から解放してくれた覚えがある。
「ペロ……?」
辺りを見渡すと、肝心のペロが見当たらない。何かを言っていた気がしたのは、もしかしてペロだったのかもしれない。しかし、何を言っていたかまでは覚えていない。
(参ったな……)
しかしペロの事だから、きっとそう遠くない所にいて、すぐ戻ってくるだろう。僕は、暫く教会の中を廻って待っている事にした。
まず目についたのは、日が射し込んでくる中央の大きな丸いステンドガラス。
ガラスを通して虹色に輝く光を眺めていると、それぞれの色から何となくそれに似合う人々の顔が連想された。
白はフェイ、黄色はシュウヤ、青はセグル、赤はカイト、緑はペロ、紫はハヤテ。
最後に桃色は……
「……ン」
ふと、彼女の名前を呼んでみた。ハイラナシティで見た行方不明者の名前に、彼女の名前も記されていた。
彼女は今、何処にいるのだろう。
(無事だよな……)
今度は壁際に並ぶステンドガラスに目を通す。女神や天使といった人物の形に象られたガラスが並ぶ中、唯一人物像が無いガラスを見つけ、思わず僕は歩みを止めた。
桜のような形の花に留まる青い蝶、さらに流れる風を表現した緑色のラインの先に、三日月が象られている。人物画の間に挟まれた風景を描写する一枚の抽象画、そこに象られているものを並べて考えると、一つ漢字は異なるが「花蝶風月」を思い出した。宗教に関心はあるものの加入する気の無い僕にとって、この絵が一番心惹かれるものだった。
何となくそのガラス窓に手を伸ばす。すると、どこからか微かに声が聞こえてきた。
「おい……ないで…………ひと…………ないで」
「?」
それは耳に入るというより、頭にテレパシーか何かで伝えてるような声だった。
人の声なのに違和感がある。僕はもう少しガラス窓に近づいて、聞こえてくる声に耳を傾ける。
「何にも見えない……皆、真っ暗。私はずっと光を追いかけていたのに」
「誰?」
光ならここにある。ここは決して暗くないし、飛び交うような光も見当たらない。
声の主は、再び自身の恐怖を語った。
「突然襲いかかってくるの。何にも見えないのに。私、まるで独りぼっちみたい。ねえ、何処にいるの? お願い、置いていかないで……独りにしないで」
「僕なら……ここにいるよ」
「え?」
すると、ステンドガラスが……厳密にはその近くの空間が少し歪み、ガラスから目に入ってくるはずの光が逸れた。僕は錯覚かと思い、目をこすって再度見上げるが、状況は変わらない。
これが実態であると認識すると、思いきってその空間に手を伸ばす。そして、ゆっくり目を閉じ、聞き覚えのある声に話しかける。
「僕には見える。ちゃんとここに君がいる。だから怖がらなくていい。君も手を伸ばして」
次の瞬間、僕の目に映っていた光が陰へと変わった。
「……っぶなーい!」
一瞬にして僕の視界は真っ暗になり、遅れて全身に重みが圧し掛かる。
「いったぁ~い……もう、何が一体どうなってるのよ?」
「……」
突然何もない所から一人の女性が現れ、彼女は僕の上で髪を整えながら周囲を見渡す。
正直、まずは下を見て欲しかった。しかし、いきなり女性相手に「重い」と言うのも如何なものかと考えてしまい、この状況にふさわしい言葉を探すのに時間がかかった。
その間に彼女が軽く体を動かしたので、結局僕の口から零れ出たのは、何とも情けない声だった。
「ふにゃ」
人の声に彼女は思わず自分の位置を確認する。僕の背中に乗っている現状に漸く気づくと、慌てて飛び降り、必死そうな声をあげてゆさゆさと揺すってきた。
「だ、大丈夫ですか!? ごめんなさい、私……って、あれ……ツバサ君!?」
「え……?」
体を起こし、視線を声がする方に向けると、僕らは一時停止した。
そこでさっきまでいなかったペロが教会に帰還し、ただならぬ状況と言わんばかりに口をポカーンと開ける。くわえていた大きな袋が落下し、クシャッという音が教会中に響き渡った。状況を理解出来ないペロは、双方をキョロキョロと見回し、何故か頬を赤く染めながら恐る恐る近づく。
「アゥ……え? ど、どういう事アン!? ツバサ、その方は? 知り合いかアン?」
「えっと……」
「しりあい……?」
二重の意味でまさかと思った。
そこに居たのは、知り合いどころか、昔からの幼馴染である「カノン」だったからだ。