BlueBird 第4話
暗闇。雨が降る音。
そこから、かすかにヘリコプターの飛ぶ音が聞こえてきた。
その音は、だんだん大きくなってくる。
そして複数の足音が近づいてきて、誰かが僕の手に触れてきた。
「どうやらこの子が生存者のようです」
生存者って……僕の事だろうか。
分からない。僕よりもシュウヤの方を見てほしい。彼はきっと酷い怪我をしているはずだ。
でも、僕にはそれ以上、人の声を聞きとる力が残っていなかった。
最後に覚えていたのは、雨の音と、そっと僕の頬に何かが触れた感覚、そして、
「研究所へ戻るぞ」
という、僕が今まで聞いた事ある人の中で一番低い誰かの声だ。
体にじんわりと伝わる、優しい温もり。
頭の中で巡り続ける雲をかき分けて、その隙間から暖かい太陽の光が射し込んできているような気分だ。
目を開けると僕は、真っ白な部屋にあるベッドで眠っていた。
いつの間にこんな所へ来たのだろう。ひょっとして僕は、今まで夢を見ていたのだろうか。それとも……
「お気づきになられましたか。気分はどうですか?」
隣から聞き慣れない声がして、思わずハッとそちらを向く。
そこには、白衣を着た男の人が立っていた。男が心配そうに尋ねてくるのを聞き、僕はここが少なくとも天国じゃないと確信しホッと一息つく。
そんな僕の様子に、男は首を傾げながらも、何かを察したように頷き、手元にあった小さなノートにスラスラと何かを書き綴る。
天国じゃないとしたら、ここはどこだろう?
どうやら見た感じ病室といった感じだが、白いベッド以外は何も見当たらない。
ただただ真っ白で距離感すら読み取れないくらい、ここは眩いて見える。少し目を開けているのが辛かった。
「あなたはまだ少し、その目で光を見ているようです」
「え?」
あまりにも唐突過ぎて、意味が分からなかった。
しかし男は、ノートをパタンと閉じると、先程の優しい口調から一変し、軽蔑の意を込めた目つきで、僕を見下ろしながら話し続けた。
「あなたが闇に対抗する力、つまり今の私に必要な力。そう、本来なら私がその力を持つべきだった。そしたら、この世界はもっと平和になれただろうに」
「え……?」
僕は、ただ首を傾げる。
すると突然、とてつもない速さで目の前を何かが通り、気づくと僕は男の手によって気道を抑えられていた。
「かはっ!?」
たちまち呼吸が出来なくなる。男は不敵な笑みを浮かべ、さらに僕の首へ圧をかけてくる。
「ほら、こんな近未来ですら『読めない』だなんて……これでは生まれたての赤子と同じだ。そんなもの、力でも何でもない」
「ぐっ……!」
一体どういう意味だろう。
だが、考えるも前に、手足がしびれてきて、死が近づいているという恐怖に駆られた。
苦しい。望んでもいないのに、体が酸素の要求を止めそうになっている。
逃げたい。今すぐここから抜け出したい。誰か……
(たす……け……て)
すると、突如視界に眩い光が飛んできた。遅れて強い衝撃。
思わず男は、僕から手を離し、ハッと我に返ったように目を丸くしてその場に立ち尽くす。
一方の僕は、気道に勢いよく空気が取り込まれ、その勢いがあまりによ過ぎて、過呼吸を起こしかけていた。
一体何が起きたのか、わずかに体を起こしてみるが、次の瞬間光を放ったと思われる本人が、目にもとまらぬスピードで男に突進を仕掛けた。
「アラベル!」
突進した本人が、男の名前を叫ぶ。
僕はこの時、その声の主が人間でない事に酷く驚いていた。
犬のような形をしているが、空中にその体は浮かんでおり、耳と胸元、尻尾の毛が、普通の犬ならあり得ない黄緑色をしている。さらに耳には純白の翼のようなものが生えていた。
犬のような妖精は、「アラベル」と呼ばれる男をにらみながら、僕の足元に降り立つ。
「それもあなたの力ですか……面白い。どうやら、今後の動きに期待出来そうですね」
するとアラベルの後ろから、見覚えのある闇の穴が現れた。
アラベルは不敵な笑みを浮かべながら、その穴の中へと自ら落ちていく。
彼が消えると同時に闇の穴も消え、白い部屋には僕と不思議な生き物だけが残された。