BlueBird 第37話
既に時刻は、夕方へと差し掛かっていた。
今までずっと暗い空の下で行動していたので気つかなかったが、街は日の光に照らされ、だんだん夕焼け色へと染まっている。僕らはハヤテの勧めで、浜辺にある休憩所でその夕陽を眺めていた。
「綺麗だね」
「ペロ、この時間の太陽が一番好きアン。とっても優しくてあったかいアン……」
ベンチでペロを膝に乗せて毛づくろいを手伝っていると、ハヤテがビニール袋を持ってきた。中には、ペロも含めた人数分のアイスバーが入っていた。
「わあ~、おいしそうアン♪」
「あ、ハヤテが好きなみかんバーだ。懐かしいな」
「うっそマジかよ……もう十年も以上会ってないのに、俺の好物覚えてるとか……」
夕陽に照らされ、より綺麗なオレンジ色に染まったアイスを、僕らは黙々と食べ始める。僕は、これからの事をぼんやり考え、何となく先が見えない世界に小さな溜息をついた。
「シュウヤ……見つかるかな」
「何だよ兄貴、もうここでギブか? もしこの街で見つからなかったら、知り合いに舟出してもらって、ここから向こう岸にある街まで連れて行ってやろうと思ったのに」
「本当かアン!?」
海を渡る話を聞いて、ペロの目がキラキラと輝く。海をあまり知らない彼女にとって、船旅は心魅かれる話だったようだ。けれど、それはつまりシュウヤがここにいない前提の話で、それに浮かれるペロを見ると、僕はますます気が沈んだ。空は薄暗くなり、一番星が姿を見せる。
「正直な話、エミレスで情報無かったら、この街で見つかる確率低いと思うしな……一応今夜、話つけといてやるよ」
「ありがとアン!」
「……ハヤテはどうするの?」
ハヤテは食べ終わったアイスの棒をくわえながら、水平線を見つめている。
さっきから僕と視線を合わせない。合わせようとしていない気もする。
「俺は、もうちょっとここに居るかな。暫く残って、飽きたらまたどっか行くわ」
「……家族に会わなくていいの?」
「……」
ふと思いつきで、聞いてはならない質問をしてしまったようだ。
黙るハヤテに、僕は慌ててフォローを入れるが、彼は首を振ってにへらと笑った。
「今は何となく満たされた気分だし、ちょっと余韻に浸って、その後帰るわ。確実に怒られるだろうけど」
「でもその分、きっと心配してるよ。家族だからね」
「……そうだな!」
だんだん星の数が増え、後方には三日月が現れる。
するとハヤテは、アイス棒が入った袋を持って立ち上がり、今度は見事にくずかごへとスローインした。小声で「よしっ」とガッツポーズを決める彼が、何だか可愛く思えた。
「そろそろ行くか」
「そうだね」
疲れてうとうとし始めたペロを抱え、僕らは砂浜を後にする。
浜辺を出た後、ハヤテは知り合いが営むという宿舎へ僕らを連れ出した。
意外にも、宿主は至って普通の人で、僕は彼が一概に非行な人間と関わっている訳ではないと改めて確信する。
案内された部屋に入ると、ベッドが二つ用意されており、窓からは月光に照らされた街が広がっていた。ペロをベッドに寝かせ、僕が空に浮かぶ月を眺めていると、ハヤテは慣れた様子で棚から何枚かタオルを取り出し、一部をベッドに放り投げる。
「ほんじゃ俺は風呂に入ってくるけど、お前はどうする?」
「僕は少し休んでから行こうかな。ペロを一人置いていくのも、何だか気がかりだし」
「ずっと思ってたけど、お前本当その犬好きだよな……」
特に深い意味は無いけど、と最後に言い残してハヤテは先に部屋を去っていく。
僕は、街の様子を眺めながら待つ事にした。
まだ電気の復旧が終わっておらず、点灯が一部分だけ点いている。
普通なら夜景が広がっていて絶景なのだろうが、これはこれで珍しく、僕は満足だった。
ペロは、すっかり熟睡しているようで、多少物音を立てても目を覚ます気配は無い。
今日の活躍ぶりから、とても疲れているのだろう。乱れた毛先を整えるように、でも起こさないように、僕は優しく彼女の耳や背中を撫でてあげた。
(明日は、ハヤテが言ってた施設に行こう。きっと何か分かる、よね……)
思いにふけっていた時間が長かったのか、彼が早風呂過ぎたのか、思っていたよりも早くにハヤテが戻ってきた。と、そこで僕は、あまりの彼の髪型の変化に思わず吹き出した。
オールバックだった前髪も、重力に逆らうようにして上がっていた後ろ髪も、見事に垂れ落ちていた彼は完全に別人だった。
「何だよ! 風呂入りゃこうなる事ぐらい当然だろうが! お前も早く風呂入れ、馬鹿兄貴!」
「声が大きい!」
慌ててしぃーっと息を吐くと、ハヤテはふてくされてベッドに寝転がる。
まるで不機嫌な時のペロみたいだ。
そんな彼が、なんだかんだ言って寝落ちたところで、僕も続いて入浴する。
用意されていた就寝用の服に着替え、さっぱりした状態で戻ってくると、ハヤテは何故か掛け布団の上でうつ伏せになって眠っていた。僕は苦笑いしつつも、彼から掛け布団を引っ張りだして、そっと掛け直す。その時、モゴモゴと寝言をぼやいたような気がした。
「ありがとう……ハヤテ」
眠っている彼には、きっと聞こえていないし、覚えてもいないだろう。
それでも、僕は彼の寝言に答えるように言い残して、静かに眠りについた。