BlueBird 第34話
ようやくビル街を抜け出し、目的地と思われる工場が見えてきた。
ギルはポケットから鍵を取り出すと、一足先に入口と思われるフェンスの扉へ向かった。一体どこで手に入れたのだろうか。少なくとも正規のルートで手にしたとは思えない。
敷地に侵入し、僕らは一番近くにある建物へと入る。
あちこち入り組んだパイプに、関節部分と思われる大きな箱型の機械、小さな文字と数えきれない程のボタンが並び、中にはエンジニアにしか分からないような見慣れない記号も彫られている。
壁伝いに走る幾何学模様のラインは、上階から何らかの信号を受け取るように光が流れている。どうやらこの施設の統轄部は、上の階に存在するようだ。
「とりあえず、二階に上がるか。俺の勘では、メインコンピューターらしき物が、この上の階にある。少なくとも、ここには弄れそうな物が無いしな」
「弄れそうって、何とまあざっくりな……」
「うるせえ! 流石の俺も、こんなややこしそうな施設には入った事ねえんだよ!」
流石の、という彼の棚上げはさておき、僕らはひとまず二階へと続く階段を上る。
無機質なアルミ製の階段をのぼると、ギルの勘が当たったのか、巨大な箱と対面した。
箱には無数の電線が繋がっており、傍にはディスプレイもたくさんあった。しかし、それらが起動している様子は無く、どの画面も真っ暗になっている。
「多分……こいつ動かしたら、電気流れるんじゃね?」
ギルはコンピューターの前に立つと、両手をあげて何やらボタンに触ろうと試みる。
しかし、すぐに彼の頭からプスプスと故障を報せる音が聞こえてきた。気がした。
「やっべ……全然分かんねえ」
覗いてみると、そこにはいくつもの番号が書かれている。規則性が全く読めない数列に、謎の矢印……僕も首をかしげた。
すると、ギルはその文字盤の中から一つ、見慣れた文字列に目をつける。
「『Start』……これって、最初に押せって事じゃね!?」
「ああっ駄目だよ、迂闊に触っちゃ!」
僕が慌てたのも束の間、ギルはそのボタンを点灯させ、謎のモーター音を鳴らした。
ペロは慌てて両耳を塞ぎ、悲鳴をあげた……が、特に何も起こらない。
「……何ともないアン」
「よかった……」
「何だよ、お前らビビりだな! そんなに怖かったのかよ、だっせえ!」
高らかに笑うギルに、僕とペロは少し複雑な気持ちになる。
ところが、そんなギルの表情が、次の瞬間一気に曇った。
「ギュオオオオ!」
「なっ、何だ……!?」
雄たけびが、部屋中に響き渡る。
僕らが周囲を見渡した次の瞬間、上階から巨大な黒い影が僕らに向かって急降下してきた。
「竜だアン!」
慌ててその場にしゃがみ込むと、竜は僕らの頭上スレスレで方向転換し、再上昇する。その時、僕らの前に踏ん張り切れないくらい強い突風が吹きつけてきた。
「ギュオオオン!」
「施設内で暴れられたら大変だ! 一旦、施設の外に連れ出そう!」
「は? 待てお前、まさかこいつと……おいツバサ!」
僕は、剣を呼び出し強い光を放つよう念じる。
そして、相手の気を引いたところで、ギルを置いて一目散に階段を駆け降りた。
螺旋状になった階段を、一段飛ばしで降りていると、竜は再び雄たけびをあげながら、僕に急接近してくる。細い道にも関わらず、竜は器用にうねらせて物凄いスピードで追ってきた。
(追いつかれるか……!)
「ツバサ! ペロの手を持つアン!」
ペロの言葉に、僕は彼女の前足を掴んだ。
すると、ペロの耳が光に包まれ、そのまま大きな翼と化す。ペロは僕を空中に浮かべて、一気に階段を下った。
一階に着いた所で僕はペロから手を離し、地面を滑るように転がって着地すると、今度は一目散に扉へと走って行く。ギルはあれから未だ上階にいるらしい。
(怖がりなのは、どっちかな……)
竜を施設の外へとおびき寄せ、その後さらに工場から離れた位置で剣を構える。
すると、竜は空に向かって先程とは違った声質の雄たけびをあげた。
「何をする気アン……?」
竜は一吠え済むと、僕らに視線を落とし、そのまま一直線に突っ込んでくる。
僕達は、それぞれ別方向へと走り、竜の視界から消えるようにしてかわした。そして、双方からペロは光弾を、僕は風で出来た波動を竜にお見舞いする。
だが……
「キュオオオオッ!」
「どうしよ……全然効いてないアン!」
今までと比にならない巨体の影にとって、僕らの攻撃は、かすり傷にもならない威力でしかなかった。
竜は眼光を放つと、巨大な黒い翼を広げて今度はペロに向かって急降下する。
「よけて、ペロ!」
「言われなくても!」
ペロは再び先程のように耳を大きくして、竜の体をギリギリでかわした。
竜はそのまま地面に激突するかと思いきや、再びスレスレで上昇し、近くにあった木を尻尾でなぎ倒す。
僕は、思い切って氷の魔法を使ってみる。セグルのようには使いこなせないが、竜がこちらに接近してきたタイミングを図り、未来予知で回避しつつ相手の片足を氷漬けた。
(やった、成功した!)
だが、竜は体の変化に気づくと、空高く上昇し旋回し、氷をあっという間に吹き飛ばす。
これでは歯が立たない。何か別の突破口を探さなくてはならない。何か……
ところが、考える前に別の問題が発生した。異変に気づいたのは、上空にいたペロだ。
「ツバサ! 囲まれてるアン!」
「え……?」
竜から視線を外し周囲を見渡すと、さっきまでギルの威圧で姿を見せなかった人達が、大勢立っていた。人々は全身から影の真っ黒いオーラを放ちながら、それぞれ武器と思われる物を片手にゆっくり迫って来ている。
(さっき吠たのはもしかして、このため……?)
これでは、下手に剣を振るえない。僕は苦虫を噛んだように顔を強張らせ、唾を飲んだ。
すると、影に身をまとった人の一人が、金属バットを構えて高くジャンプし、頭上から襲いかかってくる。
「!」
何故か足がすくんだ。咄嗟に剣でそれを防ぐが、全身に衝撃が伝わってくる。
すると、今度は別方向からまた人が、次々に襲いかかってきた。
(この感じ……)
悪寒が走った。
こんな時に限って、体が逃げろと言わんばかりに手足を震わせ、剣をまともに握れないようにしてくる。
(駄目だ……今はそれどころじゃないんだ……!)
だが、徐々に頭も真っ白になる。
僕は何とか剣で相手の攻撃をあしらうが、竜に操られた人々の攻撃が止まる事は無い。
さらに、上空から竜が、長い胴体を巧みにうねらせて接近し、僕以外の人々も巻き込んで一斉に尻尾で薙ぎ払う。
吹っ飛ばされるものの、風を作って何とか体制を整える僕に休む間は無く、また別の人からの攻撃を受ける。
剣で防ぐ度、一瞬視界が真っ白になる。
目の前に映し出される人影が、僕を困惑させた。
(やめろ……!)
剣がぶつかる時の振動。
人々の乾いた叫び声が、僕の耳に、頭に、心に突き刺さる。
(やめて……!)
「危ないアン!」
「!」
ペロの声が、一瞬僕を現実に戻したと思うと、一本の黒い影が僕の視界を覆う。
体が動かない。思考が働かない。
僕は無意識のうちに、大きな悲鳴をあげていた。