BlueBird 第33話
「……それで、お前らは探してる人に関する情報が欲しいんだよな? なら、行く先は情報管理施設に決まりだ」
「その前に、この街の闇を払う方が先だ。君が言ったように、今ここにはその施設を管理する人がいないんだろう?」
「ああ、そうだな……めんどくせえけど、仕方が無い」
暗闇のビル街を歩きながら、僕とペロは彼が言う施設へと向かっていた。
どこからか焦げ臭い匂いが漂い、人の気配も感じられるが、ギルのおかげか一向にその姿を見せない。先程の戦いぶりから、彼はこの街において最も威厳のある存在なのかもしれない。
そんな事を思いながら、ぼんやりギルを見ていると、突然彼が僕の視界から消えた。遅れて土煙が舞い、どうやら小石に躓き転んだらしい。
ギルは慌てて立ち上がり、やけに堂々とした態度で何事も無かったかのように歩き出す。
恥ずかしかったのだろう。さっきよりそそくさと足早に歩いている。
少しドジで格好つけな彼に、僕とペロは恐れを抱こうにも抱けなかった。
「そっそれで、闇を払うにはどうすりゃいいんだよ?」
「それなら、ペロが知ってる」
「アゥッ、ここでペロに振るアン!? えっと……とりあえず影を倒すアン!」
「影? 影ってあの頭空っぽになった連中の事か? なーんだ楽勝じゃん」
すぐさま近くの標識が書かれた看板をへし折り、勢いよく振り回し始めるギルに、僕らは慌てて止めに入る。ペロは彼が一生懸命作ったヘアスタイルを崩すように頭上へ飛び乗り、僕は背後から彼の両腕を上げて看板を下ろすよう促した。
「僕達が言ってるのは、あの人達じゃないよ!」
「もっと大きくて、いかにも闇を操ってそうな……支配力のある影を倒さないと、街から闇は消えないアン!」
「ちぇ、何だよそれ」
ようやく落ち着いたので解放してやると、ギルは歩いている方角の先を遠目に見て、大きな溜め息を零す。ペロにいじられた髪を整えつつ、何だか気だるそうにぼやき始めた。
「じゃあやっぱ、あいつ倒さねえといけねえって事かよ……」
「あいつ?」
ギル曰く、「あいつ」とは僕らが向かっている施設に居座る竜の事だ。
人々が消えた直後、最初に異変が起きたのは、情報管理施設のそばにある発電所の停止だった。送電が途絶えた事で街は暗闇と化し、今もなお非常灯しか点かない状況が続いている。
つまり、その発電所が復帰すれば、この街全体に電気が流れ、光を取り戻す事が出来るかもしれない。そして、彼が言った巨大な竜は、発電所周辺に住みついているらしく、もし光が戻る事を恐れているなら、その理由も明確だ。
この世界に竜が存在しない以上、その生き物が影であるとも直感出来る。
「じゃあ、発電所にいる竜を倒して、闇が消えたついでに情報を管理している所に行けば良いアンね!」
目的がはっきりした事を喜ぶ一方、僕はあまりに出来すぎているこの流れに、少し疑惑を抱いていた。
「ギル……もしかして、計画していたの?」
「いや、この街がどうすれば戻るかは、何となく目星ついてたんだよ。でも、やらなかった。それだけだ」
「……」
「ほら、早く行くぜ。お前の『兄さん』、探さねえとな!」
(あれ……?)
僕は、彼に「兄」を探しているとは言っていない。なのに何故、知っているのだろう?
さっきから感じている違和感に、僕は暫し頭を悩ませた。
まだ、この街に光が射し込む気配は感じられない。
一列に並ぶビルの前を歩きながら、ギルは僕らより少し先に進み、曲がり角で勇気を振り絞って襲い掛かってくる人々を、難なくあしらい倒していた。彼の手からは、パチパチと小さな火花が飛び散っている。
口より先に手を出すべし。それが彼のポリシーだった。
この街では、その理不尽で不条理な考えが、議論を交わす事無く簡単に通っている。
彼の考えを正すどころか、不当と感じる者すら、この街には僕ら以外存在しない。
「ギル……そこまでしなくても」
「ああいう奴らに理屈は通じない。不言実行、これが俺達のやり方さ」
不言実行の使い方を誤っている。
例え自己流だとしても、それで誰かに危害を加えるのなら、それは間違いだ。
僕は彼の手を掴み、これ以上先へ進むのを拒んだ。
「理屈が通じないって……話しても無いのに、分からないじゃないか」
「あのさー」
するとギルは、反対の手で僕の胸ぐらを掴み、近くの壁に押さえつけた。僕は解放されようと、ギルの手を引き離すよう訴える。
しかし、ギルは手を離すどころか、ますます力を込めてきた。首元に圧が走り出す。
「こういうのは郷に従え、良い子ちゃん。もし本気でこの街救いたいと考えてるなら、まずは俺達の空気に紛れろ。一人勝手に飛び出して、持論で物事進めるな。死ぬぞ」
「……っ!」
隣でペロが妨害しようと試みたが、すかさず得意の電撃で彼女を威嚇し、凍てつくような視線を飛ばして動きを封じた。ペロは身動きが取れず、金縛りのような感覚に恐怖を覚える。
「ここでは、圧倒的力を見せないと生きていけねえんだよ。その良心だか善人ぶった態度は、通用しねえ! それともお前、今この状況で俺から逃れられるのか? あぁ?」
「ギル……くるし……」
「『苦しい苦しい』言っても、誰も助けてくれねえんだよ! ちょっとは自力で何とかしろ!」
「……」
だんだん指先がしびれてきた。
僕は両手でギルの手首を掴み、深呼吸する。まともには出来ないが、息の根を止められている訳ではないので、辛うじて空気が肺へと送り込まれる。
そして両手合わせると、念じるようにギルの手を見つめ、次の瞬間
「っ!」
バチン!と、何かが弾ける音が響いた。
ギルは思わず手を離す。同時に僕はその場に座り込み、改めて呼吸を整える。
見上げると、ギルがきょとん顔で僕を見ていた。僕も正直よく分からない。
すると、この場で一番詳しいペロが、耳をピョコピョコ跳ねさせながら飛んできた。
「ツバサ、電気を使えたアンね! 剣を持たずに魔法が使えたアン!」
「へ?」
「なるほど、すげえじゃん。流石俺の……」
と、ここでギルは咳ばらいをして、最後の言葉を濁す。
そしてまだ軽く咳き込む僕に手を伸ばし、体を起こしたところで優しく背中をさすってくれた。
まるでアメとムチだ。でも、そのおかげで僕はまた一つ、新しい力を覚えた。
まだ心臓がドキドキしている。きっとこれは生き延びるための力なんだと、僕は心の中で思った。