BlueBird 第32話
僕は近くにあった自動販売機でサイダーを二缶買って、ベンチに座っている膨れ面な少年に一つ手渡した。
「えっと……大丈夫?」
「チッ」
彼は僕に舌打ちをするも、渋々それを受け取り一気飲みする。
しかし、炭酸のせいで、喉の奥に焼けるような刺激が走り、彼は思わずむせてしまった。
さっきから彼は、不運な事ばかりだ。僕を倒すどころか、小さな体のペロに返り打ちされ、サイダーではむせ返り、空き缶をくずかごに投げ入れようと試みたものの、ビル風によって缶は彼方へと飛んでいく。
「本当……ツイてないね」
「うるせえ!」
「それより、何でペロ達の事をつけてきてたんだアン?」
僕のサイダーを横取りして、ペロはカプカプと音を立てながら飲み始める。
まさか炭酸飲料まで飲めるとは思わなかった。もう一つ買う必要があるみたいだ。
少年は頭をかきつつ、僕に視線をちらつかせる。しかし、僕が首を傾げるとプイとそっぽを向いて、答えようとしない。
僕は彼から答えを待つよりも、話すきっかけを投げかけた方が無難だと考えた。
「何か話したい事でもあったのかい? さっき僕を『獲物』だって言ってたけど……君は別に影に囚われている訳でもないみたいだし」
「お前、本当に覚えてねえんだな」
「え?」
すると少年は、どこか寂しそうな眼差しを地面に落としながら立ち上がり、先程の空き缶を大人しくくずかごへ捨てに行った。
心配する僕をよそ目に、少年は独り言の如くぶつぶつと呟き始める。
「そうだよな。覚えてるはずないし、覚えていたとしても、このナリじゃな……無理もねえ。寧ろ気にしてる俺の方が、気持ち悪いのかもな」
「君、それってどういう……?」
すると少年は、頭をぽりぽり掻きながら戻って来て、手袋を外し、僕の手を優しく握ってきた。
「でも……よかった。特にグレた様子も無いみてえだし。あんな仕打ちさせられて、よくそんなんでいられたな。羨ましいぜ。繋がってはいないけど、言わせてくれ。流石は俺の……」
ここで場違いな音。
ペロがサイダーを飲みほし、不意にゲップをしてしまった。
思わず彼女は注目の的となってしまう。ペロは頬を赤らめ、非常に申し訳なさそうに
「ごめんなさい……」
と言い残し、空き缶を捨てるためか逃げるためか、その場を退散する。
ふわふわと飛んで行くペロを見送るうちに、僕は堪え切れなくなって、クスクスと笑い出す。それにつられて彼も笑い出した。
「何だアイツ、マジで空気読めねえな!」
「本当だね」
笑う雰囲気や表情が少し似ている、気がする。
何となくこの感覚に覚えがあったが、はっきりとは思い出せない。
「改めて、俺は『ギル』。お前らはツバサとペロで合ってるよな?」
「うん」
尾行していた件については驚いたが、見かけによらず、それほど悪い人ではないようだ。
僕は、ギルに旅の目的を話した。いなくなってしまった大切な人を探し、そのために闇に染まった世界に光を戻す。未来使いにしか出来ない事だと、戻ってきたペロが付け加えると、彼は即座に
「何それ中二臭い」
と、小言を吐く。僕は少し疑問を浮かべ、ペロは少し不満を抱いた。
(君が言うんだ?)
「まあ、ここは港街だし、情報なら結構集まるんじゃねえか? あっでも、今は人がいないから、管理システムとかが止まってて、どうしようもねえけど」
消えてしまった原因は、間違いなく闇の浸食。
この街を元に戻そうと、ペロが意気込んだと思うと、突然ギルは思いもよらない言葉を放った。
「その必要はねえよ」
「「え!?」」
僕とペロが同時に驚きの声をあげる。ギルは顔を近づけてくる僕達を手で払いのけ、何やら言いにくそうに重たい口を開ける。
「この街は……このままで良い。ここは楽園なんだ。何にも縛られず、何をしても許される。俺達を、『非行だ』とか『社会から外れた落ちこぼれだ』とかって否定する雑魚がいないんだぜ。最高じゃね?」
「駄目だよ、ギル」
だが僕は、非行に走った事を否定はしない。彼の気持ちも、何となく察しがつく。
だがそれとは別で、彼がこの闇に染まった世界に居座ろうとする事に対して反対だった。
「今は幸せでも、それはきっとつかの間だ。そのうち闇の力に呑まれて、さっきの人みたいになっちゃうよ」
「大丈夫さ、俺はあんな奴にならない。強いからな」
しかし、ペロは即座に首を振って否定する。
例え力に自信があっても、光のある世界で生まれた以上、闇の世界で生きる事は出来ない。それでもギルは、彼女の言葉に耳を傾けなかった。
こういう人は、どうして根拠の無い自信一つに翻弄されてしまうのだろう。僕にはどうしても、それが理解出来ない。だが、彼が思う自由を奪ってしまう事実はあって、それから逃れようとする彼の意志には、半ば賛同したい気持ちもある。
(これ……偽善なのかな)
「駄目アン。今は逃れる事が出来ても、ただの時間稼ぎだアン!」
怒るペロを見て何となく視線を逸らす僕に、ギルは一瞬目を見開く。そして、何やら考えるポーズを取ったかと思うと、やけに落ち着いた口調で呟き始めた。
「……俺、あの女がした事、未だに許せない。だから抜け出したんだ」
「アゥ?」
「けど……考えたら、俺もあいつと一緒なんだな。だったら、俺も償うべきか……」
「ギル……?」
首をかしげる僕に、ギルは頭を掻きながらそっぽを向き、何やら照れくさそうに話し出す。
「……わーったよ。お前、情報が欲しいんだろ? そのためには、この街を一度再生させねえといけねえ。あのくそ真面目で鬱陶しい連中の力無しじゃ、何にも出来ねえからな。だから、協力する。この街を元に戻すために、俺で出来る事なら何でもしてやるよ」
「えっ、何言ってるんだアン!? それじゃ最初に言ってた事と、意見が真逆に……」
「うるせえ! 俺の気が変わる前に、そこはさっさと受け止めとけっつーの! じゃねえと、いつまた俺がこんな気になるか分かんねえぜ?」
ここは正論だ。僕はペロにこれ以上話さないよう伝える。
ペロは納得いかない様子だったが、暫くして承諾の意を示すように大きく頷いてくれた。
「ありがとう」
「いいって……ちょっとした罪滅ぼしのつもりだし」
(罪滅ぼし……?)
さっきから彼の言ってる意味がよく分からないが、僕はそれを聞いて何となく胸がざわつくのを感じた。