BlueBird 第31話 ~ハイラナシティ~
背の低い草むらを越えていくと、潮の香りが強くなると同時に街影が姿を見せ始める。
「大きな建物がいっぱいアンね!」
先程のエミレス王国と違い、ここは近未来な街のようだ。
あの街が少し古風な印象もあったため、ここに来ると一気に現代へ戻ってきたような感覚もある。
しかし、少し気になる点があった。
「ペロ……どうして日中にも関わらず、あんなに暗いんだろう?」
建物が全て黒いシルエットでしか見えない。
雲一つない青空で、太陽が僕らに穏やかな朝を報せているのに、あの街だけは未だ眠っているようだった。
「もしかしたら……闇のせいかもしれないアン!」
街に近づいていくと、だんだん足取りが重くなる。どうやら、外部から闇に染まった世界へ入る事は、多少の危険を伴うらしい。光が無くては生きていけない僕らが、わざわざ光無き闇の世界へと足を踏み入れるのだから、当然と言えば当然だ。
(けどここも……)
ここに来るまでに出会った人や、ミリナリアがある目的のために進んでいった事を思い返すと、立ち止まるわけにはいかない。
街への看板を見て、ここが「ハイラナシティ」である事を知ると、僕は目の前に堂々と建つ、頂上が見えないくらい背の高いビルに思わず圧巻した。
「すごい……」
「ツバサの街には、こんなビルは無いのかアン?」
「ビル自体はあるけど、ここまで高くないよ」
突然自身の街の事を訊かれて驚くが、少し前まで歩いていた自分の街を思い出しながら、ビルの壁から離れそうにない道を進んでいく。
この街には、かなりの人が住んでいるようだが、青空の下にある奇妙な暗闇の世界には、僕達以外に道を歩く人は見当たらない。あの時歩いていた街と酷似したこの状況に、僅かながらも恐れを感じた。
すると、まるでその恐怖を掻き立てるかのように、暗闇の中から次々と人影が姿を現す。
「誰だ?」
「金の匂いがするな……」
人影は徐々に輪郭を見せ、ゾンビの如くゆらゆらと千鳥足になりながら近づいてくる。
ある程度距離があるのに、彼らは僕のポケットに入っている金貨の袋に嗅ぎついているようだ。
金貨の匂いに魅かれて集まってきた、意思無き肉体。しかし、それでも人間に剣を向けるような事は出来ない。
僕らは、思わずその人影から離れるよう後ずさる。
「おいおい、ビビッてんじゃねーよ」
僕の目が一瞬光り、咄嗟にペロを連れて体を横にずらした。
元いた場所を見ると、そこには一本の大きな鉄の棒が突き刺さっており、真っ黒いアスファルトが粉々に砕かれている。
「逃げよう!」
僕はペロを抱えたまま方向を変えて、幾何学模様に象られたネオンのアーチが囲う道を走る。
その時、どこかでパチリと弾ける音がした。
自我無き人達が、鉄棒や箱を振り回しながら追いかけてくる。
僕はやむなく光る剣を呼び出し、目くらましのために人々の視界に飛び込むような形で剣を大きく振るった。ペロも、僕の頭上から光弾を放ち、なるべく追っ手との距離を離そうと試みる。
しかし、道が開けてきたところでも、人々が各々に武器を持って待ち伏せていた。
僕は思わず減速し、別の道が無いか周囲を見渡す。だが、辺りはビル壁に囲まれ、さらに建物の中でも人々が窓越しで僕らを見下ろしていた。
(どうしよう……)
嫌な汗が出る。
それと同時に、思い出したくない記憶が脳裏を過ろうとしたその時、
僕らの視界を白一色に染める何かが走った。
光線。具体的には、「稲妻」。
「何アン!?」
僕らが光源を探そうと見上げた瞬間、今度は激しい突風が全身に襲いかかる。
僕は剣を構えて別の風を作って突風の軌道をずらし、風に煽られぬようペロを抱えながら、周囲で起こっているものを捉えた。
稲妻は僕らを避けつつ、襲いかかって来た人達をあっという間に成敗した。
電灯が停電し、周囲はますます暗闇と化すが、風が止んだ頃に、人々がドミノ倒しの如くバタバタと倒れていく音が耳に入ってくる。
「お前ら、やり方が手ぬるすぎんだよ」
声のする方を見ると、そこだけほのかに光っている。
倒れる男達の中で、唯一直立している少年。明らか染めたと思われる不自然な金髪、異常な数のピアスと口元から耳にかけて流れるチェーンが、チャリと音を立てた。
少年は、黒グローブをはめ直すと、不適な笑みを浮かべて僕らの元へと歩み寄る。
「お前は俺の獲物だ。誰にも渡すかよ」
「?」
「知ってるぜ、お前らが今までしてきた事。砂漠から森渡ってエミレスに入り、その間で影とドンパチしてたのをな。そこの犬と変な剣を使ってよ」
「!」
「それに最近、変な女とも絡んでたっけ? 一時はどうなるかと思ったが、まあお前のそのお人好しな性格が、救ってくれた訳だ。やれやれ、本当どこを切り取ってもお前は幸運の塊だな。惚れぼれすらぁ」
衝撃と疑問。
僕は彼に会った覚えがない。しかし、彼は僕達の旅の一部始終を知っている。
「お前ら、何で俺がそんなに詳しいのか、不思議に思ってんだろ?」
図星を突かれてしまう。知られているという恐怖は、これほどに強烈なものなのかと、僕は酷と考えさせられた。
喉が異様に渇く。ペロも、さっきから何度も唾を飲んでいた。
少年は怪訝な態度を取る僕らを見て得意気になり、高らかに笑い始める。
「いや~本当、大変だったぜ。あんなサバイバル好きしか行かなそうな道を辿って、お前らを尾行してたんだからさ!」
「え……?」
一体、何のために? 理由が全く分からない。
会った覚えも無い人につけられていた事実を、僕とペロはただこの一言でまとめるしかなかった。
「変質者?」「ストーカー?」
「んだと、てめーら!」
少年は、中指を立てながら眉間にしわを寄せて罵声をあげる。
僕は聞いてはならないワードが飛び交いそうな予感がしたので、即座にペロの耳を両手で塞いだ。これに少年は、ますます怒りを込み上がらせる。
「上等だ! てめえには、ここで俺の下僕となってもらう!」
先制攻撃。少年は怒りのあまり、トゲのついた真っ黒の拳で僕の顔目がけて殴りかかって来た。
僕はペロを上空に飛ばすと、側転して彼の攻撃をよけた。
一瞬、僕と彼の目が合う。驚愕した様子の彼と、何故かそこまで焦りを感じていない僕。
不思議な事に、今の僕は心に余裕があった。
「調子に乗るな……俺をなめんじゃねえ!」
彼の拳は一撃では済まない。今度は連撃。しかも、一つ一つの威力を最大限に保ちつつ、目にもとまらぬ速さで攻撃してくる。
だが僕も同じく、目にもとまらぬ速さでかわす。
(ああ、そうか)
何故、余裕があるのか分かった。
力が強い、つまりはたったの一撃でも致命傷を受けると見て、初手から未来使いの力が発動していたのだ。
だが、それを彼が知る由は無い。少年はだんだん苛立ち、愚痴をぼやき始める。
「くっそ……何で当たらねえんだよ!」
すると、少年は拳で戦うのをやめ、近くに転がっていた鉄パイプを握ると、その場で華麗に振り回してみせる。
「喰らえ!」
弧を描くようにして振るってくる鉄パイプを、僕は後ずさりながらもよけていく。
ここまで完全に回避するのは初めてだ。そして、あまり体を大きく動かしていないので、体力もそれほど消耗していない。
しかし、ある一撃が、この状況を大きく変える。「オラッ!」という掛声と共に向かってくる鉄パイプを、僕は一度両腕を交差させて防いだ。
その時、ぶつかった衝撃に続いて、異様な痛みが全身に襲いかかってきた。
腕を伝って全神経が、一瞬悲鳴をあげる。
僕は言葉にならない声をこぼすと、思わず彼から距離をとり、自分の身に何が起こったのか確認する。
しかし、当たった箇所を見ても、特に何も変わっていない。強いて言えば、袖が少し焦げくさいような。
「はは……やっと当たりやがった」
彼の鉄パイプがほんのり光っている。僕はそれを凝視して、パイプから小さな稲妻がちらついている事に気づいた。
(魔法か……!)
「ツバサ、どうやらそいつ、電気を作る事が出来るみたいアン!」
「うるせえ! だから何だってんだ!」
これでは、いくら避ける事は出来ても、下手に反撃出来ない。
すると、少年は体勢を低くし、鉄パイプの先を僕らに向けてきた。
「こんだけ振り回せばいいだろ……喰らえ!」
「!?」
突如鉄パイプの先から、眩い光が放たれる。
間違いない。彼が追手を一網打尽にした、あの雷撃だ。
光が僕の視界を覆い、あまりの眩さに僕は目を閉じ、その場に立ちすくんでしまう。
だが、僕に電気が流れてくることは無かった。その代わり……
「ペロ!?」
「キュウウッ……!」
稲妻は一直線にペロの体へと当たっていた。ペロは全身の毛を逆立て、溢れ出た電気をパチパチを外へ逃がしながら、その場に浮かんでいる。これに少年は高笑いする。
「ペロ……ペロ!」
俯いたまま浮かぶ彼女に触れようとすると、急にペロは顔をあげて、少年の方に光線の如く飛んで行く。少年は、驚きのあまり鉄パイプを再び振り回すが、ペロは上空でそれを難なくかわし、再び急降下したかと思うと
「えいっ」
少年の頬に軽く前足を当てた。
突如少年の顔がこわばり、小さな悲鳴をこぼしたかと思うと、今度は耳を防ぎたくなる程の大声をあげた。彼の悲鳴で周辺のビルが僅かに震えた。