BlueBird 第29話
「アハハ! シンデ! シンデシンデシンデシンデシンデ!」
さっきより、一つ一つの攻撃の威力が増しているのが分かる。
それは、剣が彼女の刃で切れてしまうのではないかと思う程で、剣を握る手は感覚を失いそうになっていた。額から嫌な汗が出てくる。
彼女の呪文のような叫び声が、僕の頭を殴るように響いてくる。
今にも呪われてしまいそうな、おどろおどろしく、狂気に満ちた笑い声が、衝撃音と共に降りかかる。
すると、ずっと楯としての役割しか果たしていなかった剣が強く光り、剣先に施された三本の針が同時に激しく回転し始めた。
僕は彼女が襲ってくるタイミングを図って剣を動かし、回転ノコギリのようになっている剣先で、彼女のリボンを一つ切り裂く。
蛇はシャーッという悲鳴をあげたかと思うと、たちまち元の布と化し、空中にヒラヒラと舞っていった。
「なっ……!?」
まさかこんな使い方が出来るとは思いもしなかったが、僕はこの隙に、彼女の懐に向かって拳を振るった。彼女はここで初めてひるみ、一旦僕から距離を置く。
しかし、彼女は驚いたかと思い気や、ニヤリと口角を上げて不敵な笑みを見せた。
「ア~ア、オロカモノキチャッタ」
「ツバサ……?」
「!?」
ここにいるはずのない人の声がした。否、正確には人ではない。
「何で……」
先程僕が切った彼女のリボンが、偶然スカーフを切り裂いたらしく、ただ茫然と僕と彼女のやり取りを眺める、一匹の犬らしき生き物の姿があった。
僕は半ば泣きそうな声で、彼女の名前を叫んだ。
「何で君がいるんだよ……ペロ!」
沈黙が暫く続き、最初に口を開いたのは殺人犯の方だった。
「フフフ……オロカモノニハ、オロカモノガ、ヨッテクルノネ」
「ペロ、いいから早く逃げて」
「でもツバサ……」
「いいから!」
すると僕らの会話を割るようにして、少女がもう一匹の蛇を使って襲いかかってきた。
「ドコヲミテルノ、オロカモノ!」
蛇が、ペロ目がけて鋭い牙を見せてくる。
「ペロ!」
僕は咄嗟に蛇に自分の片腕を噛ませた。
そして、噛みついて動けなくなった隙に、剣で勢いよく蛇の首を切り落とす。
蛇は悲鳴をあげたかと思うと、僕の腕から滑り落ちて、ただの布切れへと戻る。
蛇がいなくなった事に少女は悲しみ、その場にへたり込んで、わんわん泣き始めた。
戦意を失ったと見たペロは、慌てて僕の元へと飛んでくる。
「大丈夫アン!?」
「うん、平気だよ。それより……」
僕はうずくまる少女に近づくと、剣を地面に突き刺し、そっと手をさしのばす。
「ねえ……痛いのは、もうやめよう?」
「エ……?」
少女は、覆っていた手を離し、ゆっくりと顔をあげる。
目が赤く腫れている少女を見て、僕はボサボサになった髪を整えながら優しく彼女の頭を撫でてあげた。
「もう、戦うのはおしまいだ」
「……オシマイ? タタカウノ、オシマイ?」
いつの間にか少女は、その見た目かそれよりも幼い子供の口調になっている。
僕はなるべく彼女の口調に合わせて、ゆっくり区切りをつけて話した。
「うん、もう戦わない。誰も痛くない。殺すとか死ぬとか……それはもう、やめよう?」
「タタカワナイ? イタクナイ……コロサナイ!?」
自分が発した言葉に、少女は恐怖心を露わにして、僕から手を振りほどこうと暴れ出した。
「コロサナイ、イヤ! シヌ、コワイ。コロス、シナナイ、コワクナイ。コロサナイ……シヌ、コワイ……コワイコワイコワイコワイ!」
「死なないよ!」
「!?」
暴れる彼女を、僕は決して押さえなかった。けれど、手はしっかり握って離さなかった。
今にも泣きそうな彼女をなだめようと、僕はまた彼女の頭を撫でて、そっと自分の方へと寄せる。
心を落ち着かせるには、人の温もりを感じさせる事が一番効果的だと、僕は知っていた。
「大丈夫、君は死なないし、誰も死なない。殺さなくても、死なないよ」
「ウソ……コロサナイ、コワイ」
「嘘じゃない。殺さない事は、怖くない」
「ウソ!」
「嘘じゃない」
「ウソ……」
「嘘じゃない」
だんだん彼女の声が弱くなっていく。
そこへペロがやって来て、彼女の膝元に降りてきた。ペロは、少女に笑みを浮かべながら
「大丈夫アン」
と声をかけた。それを聞いて、僕も自然と笑みがこぼれる。
僕達の笑顔を見ると、彼女は糸が切れたように泣き出した。
そして、傍にいたペロをぬいぐるみの如く、強く抱きしめる。
重力に逆らって漂っていたリボンは、ゆっくりと地面に降りたち、本来のあるべき姿へと戻っていった。
だんだん殺意が消えていく。彼女は、元の女の子に戻りつつあった。
(よかった……)
「ツバサ?」
突然、体に強い痛みが走った。
悪寒を感じ、全身に異様な倦怠感が襲いかかる。
僕は、体を支える力すら失って、そのまま地面に倒れた。遅れて、呼吸までもが苦しくなってくる。
「ツバサ!」
「……!」
ペロの呼びかけに答えたいが、呼吸が出来ないせいで声も出ない。
体が冷えてきて、地面と同じ温度になってきているのを感じる事で精一杯だった。
だんだん意識が遠のいていく。その最中、僕は自身の腕に痺れが起きている事に気付いた。
(あの時か……)
そこは、ちょうど蛇に噛まれた箇所だ。
恐らく、彼女が放ったのは毒蛇で、ペロを庇おうと咄嗟に腕を噛ませた際、毒を盛られてしまったらしい。
だが、原因が分かったところで、僕達にはどうする事も出来ない。
解毒する術は無いし、殺す事だけに専念していた彼女が、その方法を知っているとは思えないし、何故かこんな時に限って、未来使いの力も発動しない。
それに……もう考えるのは疲れた。