BlueBird 第28話
僕が建物を出て真っ先に向かったのは、上着を干していた場所。
濡れた上着を腰に巻いていると、奥から音の主がこちらに歩いて来ていた。が、その姿に僕は思わず息を飲む。
「不法侵入した上に部屋の物まで漁るなんて、随分と常識外れな人ね」
口調はとても大人びているが、見た目は僕よりも小さく、中学生か或いはそれ以下の女の子だった。
少女の頭には、桜色の太くて長いリボンがはちまきのように巻かれており、余った部分はだらりと地面すれすれにまで垂れ下がっている。
その先端は、元々赤かったものが乾いて茶色に染まっていた。
髪は美しい金髪だが、腰辺りから先が異様な程深い緑色に変わっている。
雨にぬれて艶が出ている分、その奇妙な色はより目立った。
小麦色のポンチョを羽織り、中からは同系色のワンピースがストンと落ちている。
上半身は分からないが、足元がかなり細い事から、とても細見な子だと分かった。
靴も履いておらず、それを隠すかの如く土で足元を埋めている。
まだ付けて間もない思われる赤い液体がのりのような役割を果たし、足は一切見えなかった。
言うまでもない。
恐らく、彼女がこの集落を襲い、今も繰り返し続けている「殺人犯」だ。
「はじめまして、私は『ミリナリア』」
「……ツバサだ」
笑みを浮かべる彼女に対し、僕は既に剣を構えていた。
こんな子に、余裕を見せている場合ではない。見た目は少女であれ、彼女はこの集落を襲った虐殺者だ。そんな子が、僕の未来を保つ保障は、どこにも無い。
「一つ質問させて。ここら辺に居た私の獲物はどうしたの?」
「皆、土に還したよ」
「一人で?」
「僕以外に誰がいると思うんだい?」
恐らく彼女は、ペロの存在に気づいていない。それは僕にとって好都合な話だ。
彼女には、この事を一切知ってほしくない。
無知と言う事がどれ程幸福なのか、僕はここに来てひしひしと感じていた。
すると少女は、不敵な笑みから無表情に変わって、
「愚か者ね」
と愚痴をこぼしながら、一歩近づいた。
すると、突然僕の頬を何かが掠った。遅れて温かい雫が伝う。
触ってみると、手にべったりと赤黒い液体がへばりついていた。
(え……?)
一体、どうやって僕に攻撃を仕掛けたのだろうか。
幸か不幸か、いきなり急所を突かれた訳では無いので、未来予知も発動していない。
いや、発動する間も無かった。
もし、今の流れで彼女がもう一度攻撃を仕掛けてきたら……
「……ね」
「!」
次の瞬間、僕は即座に剣を顔の前で楯のように構えた。
すると、剣に強い衝撃が走り、手が一瞬にして痺れを覚える。
ここで、ようやく気づいた。
攻撃を仕掛けてきたのは、彼女の頭に巻かれた、リボンの切れ端だったのだ。
しかし、その目にもとまらぬ速さから、美しい見た目に似合わない、とてつもない殺傷力を生み出していた。
あれが武器だと考える人は、相当勘の鋭い人でない限り知る由も無い。
恐らく彼女は、その武器の意外性を生かして多くの人をひきつけ、一瞬にして殺人を犯してきたのだ。
一方、彼女の方も僕の動きに驚いたらしく、小さく感嘆の声をあげる。
「よく防いだわね。でもそのおかげであなた、余計に苦しむ事になるわよ」
すると今度は、四方八方から例の刃が襲いかかる。
僕はまだ薄暗い空の下で、目を光らせながらその刃を防いだ。
布のはずなのに剣に当たる度、金属が擦れるような音と火花が飛び散る。
何とか急所は防ぐが、時々そのスピードに追いつけず、腕や脚に僅かながら痛みが走る。
一息ついたところで確認すると、手足のあちこちに切り傷がついていた。
だがその傷を見て、僕はふと疑問を抱く。
「いくら防いだり、よける事が出来ても無駄よ。私は、体力切れで勝負が着くほど、弱い女じゃないんだから」
「……君さ」
「?」
確かに、これでは拉致が明かない。きっと今の僕には、力勝負で敵う相手じゃないだろう。
なら、なおの事、僕には彼女の行動が不思議でならなかった。
どうして彼女は、それほどの実力を持っておきながら、僕を即座に殺そうとしないのだろうか。
何故、僕が未来予知を発動させる程の力を発揮しないのだろうか。
「本当は……僕と戦いたくないんじゃないのか?」
この一言で、彼女の表情が曇り始めた。
僕は、逆鱗に触れる覚悟で一か八か、彼女をさらに問い詰めてみる。
「君……僕を本気で殺そうとしていないよね? 本当にこの集落一つ壊せる、恐ろしい虐殺犯なら、僕一人くらい簡単に殺せるはずだ。そうだろ?」
「……」
「君の本心は……決して戦いを望んでいないんじゃないのか? 本当は殺すのが怖くて、これ以上誰も傷つけたくないんじゃないか?」
「違う……」
「ならどうして僕を殺さない? それだけの能力を持っていながら、それだけの殺意を秘めておきながら、どうして君は今、こうして僕の話に耳を傾けているんだい? どうして君は今、僕に刃を向けていないんだい?」
「うるさい!」
すると、彼女のリボンが重力に逆らいながら、炎の如く揺れ動く。
そして突然、彼女はその場でうずくまり、両手で頭を抱えながら、唸り声をあげ始めた。
「違う……私は殺すの。あいつらを許さない……許せるわけがない……だから殺すの!」
たちまち彼女の髪色が、美しい金髪から毛先と同じ深緑色に染まっていく。
姿は、どんどん醜くなり、彼女の瞳に冷静さの欠片は無く、ただただ狂気に満ちていた。
「人間なんていらないの! 誰も……誰もいらない! 皆、死んじゃえばいい! だから……殺す……コロス……コロスコロスコロスコロス! ワタシハオマエヲコロス!」
彼女はひたすら罵声をあげる。
すると、彼女のリボンの先端が姿を変え、真っ白の蛇が紫の舌を出しながら、彼女の手に絡まっていた。彼女と蛇の目は、どこか見覚えがある真っ赤な眼光を放っていた。
「アハハ……オマエハ、ワタシをオコラセタ。ダカラ、モットタノシマセテネ? カンタンニ、タオレルナヨ? シヌナヨ?」
「ああ、そのつもりだ」
僕も彼女に負けじと、瞳を黄緑色に光らせる。
「僕は、倒れないし、死なないよ」
これに彼女は舌舐めずりをして、一気に僕の方へと急接近する。
再び激しいぶつかり合いが始まった。