BlueBird 第26話 ~失名の荒地~
街から離れていくと、また自然あふれる世界が広がっていた。
だが今回は……
「荒地……みたいだアンね」
砂煙が舞い、僅かに草が生えている程度の茶色い世界だった。
以前の森や砂漠の事も考えると、どうやら発展している所は壁の内側だけで、外側は何も無いようだ。
内側だけで生活している人は、まさかこんな世界に囲まれて暮らしているとは思っていないだろう。
そんな事を一人勝手に考えながら歩いていると、土に似たもので出来た建物が点在する、集落と思われる地域が見えてきた。
「誰か居るかもしれないアン。行ってみるかアン?」
「そうだね、もしかしたら何か……ペロ」
「アン?」
「目閉じて」
「アゥ!?」
僕は、咄嗟に彼女の目を両手で塞いだ。驚く様子から、恐らく彼女は何も認識していない。
僕はホッと安堵する。だが、ペロは不思議そうに僕の手から離れようと暴れ出した。
「どうしたアン? 何があったアンよ? ねえツバサ、はなしてアン!」
「駄目」
果たしてそれが、この手を「離して」なのか、現状を「話して」なのか分からない。
どちらにせよ、僕は断固としてそれを拒否する。
絶対彼女に見せてはいけない。僕はペロが痛がっているのもお構いなしに、ギュッと彼女の顔を手で押さえ、視界を奪った。
というのは、その建物の麓を目にした時、人だったと思われる手が見えたのだ。
人であったと思われる姿で、その手は転がっていた。
手だけが。
ペロを掴みながらゆっくり進むと、その集落のただならぬ状況が浮き彫りになる。
(これは……!?)
原型を失った人や、地元で飼っていたと思われる家畜が、足場を失うくらい彼方此方に転がり眠っている。
大量虐殺。ジェノサイド。
まさかそんな言葉が自分の頭に思い浮かぶとは、誰も思わないだろう。
視覚は防ぐ事が出来ても、嗅覚までは抑えられず、ペロは突然襲ってきた異臭にむせ始めた。
「何だアン、この臭い!? ねえツバサ、一体どうしたんだアンよ!?」
「黙ってて」
ペロは必死に僕の名前を呼んでくる。
しかし、名前を呼べば呼ぶ程、僕の手に力が加わっていく事に気づくと、だんだん大人しくなり、黙り込んだ。
この状況になったのは、そこまで昔ではない。
近くにあった洗濯物が、ここ数日雨が降っていないのに湿っていたので、僕は即座に分かった。
僕は、その洗濯物の中から小さな黒いスカーフをくわえ取ると、ペロの目隠しに使った。
いつまでも両手がふさがれては、この状況を変える事が出来ない。
ペロは何も理解し得ないまま、ただただ僕の手によって暗闇を保たれる。
この場において、異様な程に落ち着いている事から、本当に現状を理解していないと分かる。
僕は、心から安心した。そして、この状況を決して見せてはならない、平常心を保ったままの彼女を守らなくてはならないという強い使命感に駆られる。
「ペロはここで待ってて」
「ツバサ……?」
「大丈夫。ほんの少しだけでいいからさ」
僕の希望だ、と伝えればペロはすぐさまそれに応えた。
利用している感じに遺憾を抱くが、やむを得ない。
ペロには、辛い思いをして欲しくない。それも、僕の希望だから。
僕は畑仕事に使っていたと思われる大きなスコップを借りて、なるべくペロから離れた所に穴を掘り始める。出来るだけたくさん、出来るだけ大きく、出来るだけ多くの人達が安眠出来るように……ただ無心に掘っていく。
スコップが柔らかい地面にサクッと入っていく音が辺りに響き渡り、その音が休む事は無い。
続いて僕は、遺体を懇切丁寧に穴の中へと運んだ。袖に肉片がこびり着いたり、運ぶ際時々剥がれ落ち、嫌な音が耳元をつんざく。僕は心の中でひたすら成仏を祈りつつ、人々や動物達を永遠の眠り場へと運んた。
一体誰が……何のために……?
(くそ……!)
一人残らず、あるべき場所に眠らせたのを確認すると、僕はすぐさま走り出した。
ペロの耳が届かないくらい、遥か遠くへ。
そしてずっと堪えていた、屈辱と悲愴が煮詰まった酸っぱい液を勢いよく吐き出す。
同時に涙も溢れ出て、酸っぱさとしょっぱさが混じる。
その味は、今までに味わった事が無いくらい、とても不味かった。