BlueBird 第25話
揺れ動く。
もうずっと前から悲しい事の連続で、生きる希望なんて無かった。
僕は、ここにいる意味がないんだって。
でもその時、彼が僕に言ってくれた。
視界が霞んで、ほとんど何も見えていなかったけれど、確かに彼が言ったんだ。
「生きてくれ」ってさ……。
目を覚ますと、僕はベッドの上で眠っていた。
傍にはカイトとペロがおり、ペロは喜びのあまり僕の胸元へ飛びこんできた。
「よかった……ちゃんと目が覚めたアンね!」
「ごめんね、心配かけちゃって」
あれから一体どうなったのだろう。部屋を見渡すとフェイの姿は見当たらない。
でも、それは当然かもしれない。もしここにいたら、彼は間違いなく捕まっている。
きっとあの後、兵士に見つかる前に僕達を置いて逃げたのだろう。
僕は、乱れた髪を手ぐしで軽く整える。そこで、自分の片耳に違和感がある事に気づいた。
違和感のある箇所に触れると、耳にはガーゼが貼られており、ちょっぴり痛い。
けれど、どちらかといえば痛みより、かゆみの方が強かった。
「フェイを庇った時、耳が少し掠っちゃったみたいアン。けど、きちんと手当てしたら、すぐ治るアンよ」
「そっか。じゃあその時まで暫く我慢だね」
「しかし、凄いなお前。散々言ってきた奴を庇うなんて、正直どうかしてるぜ!」
「あはは……」
今思えば、どうして彼を庇ったのか分からない。
大切な人を侮辱されて、許せなかったはずなのに、あの時何故か彼を傷つけないで欲しいと思った。
(やっぱり……僕は迷ってるのかな)
考え事をしていると、カイトがコップを僕に手渡してくれた。
僕が好きだという事を覚えてくれていたようで、コップには温めたばかりのホットミルクが入っている。
「そういやフェイって奴が、お前をここに連れて来たんだよ」
「ブフォッ!?」
失礼ながら、思わず吹き出しそうになった。完全に僕の予想に反していて、驚きを隠せない。
だが、隣でペロもうんうんと頷いているので、本当の事らしい。
(まさか、あんな事を言っていたのに……どうして?)
「何か借り作っちまったから、それを返すとかって言ってたぜ。それでお前を置いて、すぐどっか行っちまった。驚いたぜ……あいつ確か、指名手配されてる奴じゃん!?」
「カイト、フェイの事捕まえなかったんだ?」
「あ……」
どうやら今の今まで忘れていたらしい。カイトは、「ああああっ!」と悲鳴をあげながら頭を抱え、その場でウロウロと歩き回る。
「しまった! 指名手配されてるって知っておきながら……うわあああっ、やっちまった! セグルに殺される……!」
「でも、ツバサを助けてくれたんだアンよ?」
ペロの言葉を聞くと、カイトは再び「あっ」と声をこぼして立ち止まる。
相変わらず、リアクションの大きい人だ。
けれど、まさかフェイが人を助けるとは思いもしなかった。
他人は自身を弱くする、不要な存在だとあれ程言っていたのに、借りを気にするなんて、何だか少し矛盾している。
(もしかして、フェイも迷ってるのかな……?)
「ツバサを助けてくれたのは感謝するけどよー、よりによって指名手配者とは……うわあああ、俺は一体どうすればいいんだ!?」
再びパニックになりそうだったので、僕はひとまずカイトに座るよう勧めた。
そして、彼の思考やカイトの悩みも解決する案を考えていると、ペロがピョンと僕の頭に乗ってくる。
「彼には悪いけど、あの場でツバサを連れさらった事にして、それをカイトが止めたって事にしたらどうアン? それならきっと、セグルもそんなに怒らないアン」
「フェイが完全に悪者扱いだけどね……」
何故か敵を擁護してしまった僕は、この後ペロとカイトからきついバッシングを受けた。
暫く休息を取り、体力も回復したところで、僕らはそろそろこの街を出る事にする。
カイトが、あの短時間でシュウヤに関する情報を集めようと努力していたが、一向に見つからず、恐らくシュウヤは別の場所にいるだろうという結論に終わったからだ。
「悪いな力になれなくて……でも、俺達はずっとここにいるからさ! 何かあったらいつでも戻って来るんだぞ!」
「うん、ありがとう」
こうして彼らに再会出来た事は、僕にとって強い心の支えだった。
今度はシュウヤとセグルも加わって、またいつもの四人組で笑い合いたい……その気持ちが湧いてくると、ますますシュウヤを探そうと、気が引き締まった。
「そうだ、ツバサ! よかったらこれ、持って行ってくれ!」
「え?」
するとカイトは、ポケットから箱のようなものを取り出す。
そして、側面についてあるボタンを押すと、上部からプロペラが飛び出し、僕らの前で漂うように飛行した。どうやら、彼が造ったお手製ロボのようだ。
「凄い!」
「だろ? こいつには録音機能とGPSを搭載してるんだ。お前の身に何かあった時とか、シュウヤを見つけた時にこいつを使えば、俺達の所に情報が入って来て、いつでもそっちに飛んで行けるっていう優れものだぜ! お守り感覚で持っていきな」
「本当にありがとう……カイト」
「何、こんなの大した事無いって! 俺達は、友達だからな!」
友達……その言葉を聞くと、やはり心のどこかが温かくなって、とても嬉しくなる。
フェイにもこの気持ちを分かってもらいたい。
やっぱり他人は必要で、中でも友達はかけがえの無い存在なんだ。
(シュウヤを見つけたら……一緒に会いに行こう)
こうしてカイトに別れを告げ、僕とペロは出国手続きへと向かう。
また噂の「人間洗濯機」をさせられて綺麗さっぱりになり、大きな門をくぐり抜けた。
歩いていると街はだんだん遠くなるが、こちらを温かく迎え入れてくれそうな雰囲気がする。
あの街は、僕らのもう一つの故郷となった。