BlueBird 第20話
「よお! 久しぶりだな、ツバサ!」
四角い眼鏡のようなゴーグルをかけた男が立っていた。
頭はワックスで重力に反して逆立てられ、ヘッドフォンを首からぶら下げている。
ダウンのベストには、胸や腰にいくつものポケットが施され、そこからスパナや長いボルトがひょっこり顔を出している。
正直、顔が見えないので、誰か認識出来ない。
「……誰ですか?」
意のままに訊くと、男はいきなり大声を出して、慌てた様子で眼鏡を外した。
「何言ってんだよ! 俺だよ俺! 『カイト』だってばよ!」
「カイト!?」
彼もセグルと同じ学校の友人で、いつも仲良くしていた二つ年上の先輩だ。
まさか、二人も知っている人に会えるとは思わなかった。
「本当に……カイトなの?」
「おうよ! いきなり『誰?』なんて訊いてくるもんだから、寒過ぎて凍死しそうだったぜ。改めて、久しぶりだな! 元気にしてたか?」
「カイトこそ! でもどうして……セグルもカイトもここに!?」
セグルの時は聞けなかった質問を、今度はカイトに訊いてみる。すると、カイトはにっかりと歯を見せて笑った。
「俺はセグルを追っかけて来たんだ。あいつが突然、訳あって実家に帰るとか言い出すから、我慢出来なくなって、この街に下宿する事にしたのさ!」
「ええっ!?」
「そんな軽いノリで、ここまで来たのかアン!? しかも、あんなセグルのために!?」
思わず声をあげたペロに、カイトは驚きのあまり飛び上がる。
喋るどころか、変わった容姿から生き物とすら認識していなかったらしい。
「ななな何だ、そのフワフワしたのは!? お前のペットか!?」
「ペットじゃないアン! ペロだアン!」
「一緒に旅をしてるパートナーなんだ。変わってるけど、いい子だよ」
「おっおう、そうなのか……」
カイトは、見慣れない生き物に興味心身だ。
こうして親しい友人と会話をしていると、僕に強い安心感が湧いてきた。
さっきから笑顔が絶えず、天にも昇る心地だ。
すると、カイトが何かを探すように、僕の周囲を見渡す。
「お前が無事って事は、シュウヤもいるんだよな? あいつはどこだ?」
それを聞き、僕はさっきまでの気分から一変して、思わずうつむいてしまう。
そんな様子にペロは、僕の代わりに今までの出来事を話した。
「ペロ達、シュウヤを探しに旅をしているんだアン。突然起こった闇のせいで、二人とも離ればなれになっちゃって……」
「なるほど、そうだったのか……。実は、俺がこの街に着いた時、ちょうど地元がとんでもない事になったって聞いたんだよ。住人全滅したってさ。だからてっきりツバサも……って思ってたらさ、ところがどっこいお前達がやって来たんだよ! つまり、シュウヤもどこかにいるって事だよな! そうだよな!」
「そうだアン! 絶対シュウヤは、どこかにいるはずアン! ね、ツバサもそう思うでしょ?」
二人に励まされる中、僕はふとあの時の事を顧みていた。
あの時、シュウヤが手を伸ばしたあの瞬間、僕が彼の手を掴んでいたら、今頃こんな事になっていなかった。
だから……
「全部僕のせいなんだ。だから……絶対に助ける!」
「おう、その意気だ! 協力するぜ。友達だからな」
「うん……ありがとう」
「へへっ」
すると、カイトは大きな腕でいきなり僕を抱きしめてきた。
僕は、息が詰まると同時に、久しぶりに感じるこの温もりに、涙腺が緩むのを感じた。
カイトはゆっくり僕の背中をさすって、優しく話しかける。
「お前、よくここまで耐えてきたな。察するぜ。シュウヤだったら多分こういう時、お前の顔をうずめてやる気がしてさ」
「……!」
何かが弾ける音がした。弾けた瞬間溢れ出て、僕は涙が止まらなくなってしまった。
その様子にペロは心配して、そっと寄り添ってきた。
全身に伝わる温もりが一点へと集中しているようで、目元が熱い。
「お前、昔から内に溜め込むタイプだからさ。たまにはこうして吐き出さないと、な?」
「ごめん……ごめんなさい。全部、僕のせいなんだ。僕がもっと強ければ、シュウヤはきっと……!」
「お前のせいじゃない。悪いのはあの状況を作った闇の方だ。自分を責める必要は無いって」
「カイトの言う通りアン。それにツバサは今、シュウヤを探して必死に頑張ってるアン。その気持ちは、きっと彼に伝わってる……絶対に助かるアン」
「二人とも……」
ようやく腕から解放されると、二人は僕に向かって大きく頷き、「大丈夫」と笑みやグーサインを見せてくる。
僕は涙を拭い、改めて
「ありがとう」
と、頬を赤らめながらも笑顔で言った。
それから暫くカイトと話をしていると、だんだんセグルの事情も分かってきた。
先程カイトが話した通り、セグルは、家族から何らかの指示を受け、この「エミレス王国」に帰郷した。その際、話をかぎつけたカイトも、この国にやって来たが、それから数日後に例の闇による事件が起き、同時にセグルの身にも異常が起こった。
それは、突然手から氷が出てくるというもので、セグルは突然の事態に悲鳴をあげ、一時は部屋に引きこもり一歩も外に出なかったそうだ。
「そこで俺がセグルの部屋に行ったんだ。ゆきだるまつく~ろ~♪ってノリでな」
「実際に歌ったんじゃないの?」
「最初の一、二回な。まあ、聞いてくれなかったけどさ」
「歌ったんだ!?」
冗談のつもりが本当だったらしく、僕とペロは驚きを隠せない。
しかし、カイトは堂々と胸を張り、ビシッと指を前に出す。
「セグルのためなら例え火の中水の中、雨にも負けず風にも負けず、どんな事でもするぜ!」
「カイトの本気が怖いよ……!」
彼のセグルに対する意志の強さに、尊敬を通り越して恐怖すら感じてしまう。
「実際、火の中は本気で行くけどな」
「えっ?」
「俺も何か魔法みたいなのを使えるようになってさ……とは言っても、セグルみたいに目に見えるものじゃないんだけどな」
「一体どんな魔法アン?」
ペロの質問に、カイトは少し考える。
どうやら一言で説明出来るものではないらしく、彼は暫く頭を抱えて、似合った表現がないか探した。
「いや~何ていうか……暑さに強い感じ? どんなに熱いものを触っても、火傷しないんだよ」
「えっ、それ凄いね!? 火の中に入れるとか無敵じゃん!」
「へへっ……やっぱそう思う? 凄いだろ、この能力!」
自信を取り戻したらしく、だんだんカイトはまたいつもの調子で話し出す。
だが、どうやらペロは何となく腑に落ちない表情でいた。
「確かに凄いけど……あまり頻繁に使える力じゃないアン。常に火の中で生活するなら、まだしも……」
すると、カイトはチッチッチと舌を鳴らしながら指を振る。
「それがあるんだよ、ペロっち。俺は今、機械造りの仕事をしていてな。どんなに熱くてもへっちゃらな俺は、もう大活躍しちゃってるんだよ!」
「なるほど、機械造りに……!」
そういえば、カイトは昔からロボットを造るのが趣味だった。
金属を曲げたり、熱で金属を溶かし結合させる作業などが好きらしく、火傷の心配が無いその能力は、彼の趣味嗜好と見事にマッチしている。
力も使い方次第で大いに役立つと知り、ペロはとても良い勉強になったと喜んだ。
「今、俺はこの力をフル活用出来るオリジナルの武器を造ってるんだ! 高エネルギーを一気に作るから、物凄く熱くなるんだけど、俺の力があったらそんなの屁でも無いじゃん? だから、俺が思うに史上最強の武器が造れると思うんだよ! 完成したら、見せてやるからな!」
「期待してるアン! この街は、影がよく出るみたいだし、きっとヒーローになれるアンよ!」
「だよな! そしたらセグルに褒められ放題だし……ひゃっほ~い! 腕が鳴るぜ!」
(目的はそこなんだ……)
彼のセグルを思う気持ちに、僕は思わず苦笑いしてしまう。
夢中で会話をしながら路地を歩いていると、突然僕達の前に一人の兵士がやってきた。
「先程入国した、ツバサと言ったかな?」
「はい……?」
どうやら僕に用があるらしい。
セグルからの命令で、話があるとの事だったので、僕は大人しくついて行こうと思った。
カイトも状況を把握したようで、
「また後で会おうぜ」
と再会を約束し、彼のいる店が印された地図を残してその場を去っていった。
僕とペロは、カイトに別れを告げた後、言われた通り兵士の後を追う。