BlueBird 第2話
先程の黒い球体が起こしたのだろうか。外に出ると、雨が降ってきた。
だが、これもいつもと全く違う。まだ昼前なのに辺りは薄暗く、見た事の無いこげ茶色の分厚い雲が太陽の光を遮断している。そしてそこから降っている雨は真っ黒で、崩れ果ててしまったこの地に、どす黒い水溜まりを作っていく。
「どうなってるんだよ……これ……?」
不気味なのと急激な気温低下で体が震えだす。
しかし、かと言ってその場に立ち尽くすわけにもいかない。一刻も早く、この震えを抑える所へ行きたい。
安心出来る場所、彼の元へ。
(シュウヤ……どこにいるんだ?)
普段なら、まだ学校にいる確率が高い。練習時間が終わるのは基本、昼を過ぎてからだ。
しかし、今日は早く帰ってくると言っていたため、帰宅途中にあの現象に巻き込まれた可能性もある。
だとすると、現在は学校か、近くの公共施設に避難していると考えるのが妥当だ。
あるいは、電車に乗っているかもしれない。
辛うじて交通機関が動いており、今まさにここへ帰ってきている最中かもしれない。
可能性は、今日に限って無限大にあった。
(どうしよう……一体どこから探せばいいんだ? これじゃ、全く見当がつかないよ!)
すると、視界が一瞬明るくなる。
「くっ……!?」
突如立ちくらみが襲いかかってきた。そして目が焼けるように熱い。
(何で……こんな時に……!)
しかしそんな事を思っている間に、気づくと僕は、別の場所に立っていた。
視界がぼやけてはっきり見えなかったが、分かった。
ここは、学校の屋上だ。
(どういう事……?)
ぼんやりと揺らぐ世界で、僕の先に立っているのは――
「シュウヤ……!?」
思わず駆け寄ろうとしたが、その瞬間、学校や彼の後ろ姿は消え、気づくと僕は元の場所に戻っていた。
(何これ……幻覚? それとも夢?)
一瞬の光と、立ちくらみからほんの数秒だけ、瞬間移動でもしたような感覚だ。
しかし、そんな奇妙な現象を、何故か僕は信じていた。信じたかった。
あの映像の通りなら、彼は学校の屋上にいる。
(行ってみよう……!)
奇妙な映像に半信半疑ではあったが、行く当てが無い以上、それ以外の選択は選べなかった。
僕は、彼がそこにいるという思い一心で、いつも通学時に利用している駅へと向かう。
とにかく走った。あの映像が鮮明に残っている間がチャンスだと自分に言い聞かせ、そしてなお、シュウヤの無事を祈る一心でひたすら走り続けた。
今はただ、学校の屋上に彼がいて、そこへ向かえば会えるという希望だけが心の頼りだった。
夢中でかつ必死だったからか、駅まで向かうのにそれほど時間はかからなかった。
しかし、到着した時点で、「辛うじて交通機関が動いている」という希望は無くなった。
発車時刻がとっくに過ぎているにも関わらず、まるで僕が来るのを待っていたかのように電車が止まっていた。きっと先程の地震で動けなくなったのだ。
そして、ここでも僕は酷い孤独感を味わう羽目にあう。
乗客員は勿論、駅員の姿すらも見当たらない。
看板やベンチも崩れ、まるでとっくの昔に廃駅となったような、閑散とした雰囲気を漂わせていた。
(皆、どこかへ避難したんだよね? だとしたら、一体どこへ……?)
すると、地面がみしりと鈍い音を立て、ホームに吊るされた電球が左右へ動く。
(余震だ!)
思わずその場にしゃがみ込むと、僕の体は金縛りにあったように、動かなくなる。
すると、また
「うっ!?」
また目が熱くなって、僕は思わず手で覆い隠す。
しかし驚く事に、僕は目を閉じているにも関わらず見えていた。視界は、先程のように移動する事なく、僕が立っている位置のままだ。
ところが、人が乗っていないはずの電車が、地震によって動き出し、ホーム前で脱線すると同時に、
今その場に立っている自分の方へと……!
「うわあああっ!」
思わず全身に力が入った途端に、その映像は終わった。
(何だよ……さっきから……!?)
まるで死の宣告のようだ。思わずその場から立ち去った。
すると再び大きく地面が動き、僕は思わず足を絡ませ転んでしまう。
そして、宣告された映像を再現するかの如く、電車が動き出し――
「うわあああっ!」
激しく擦れる金属音が、僕の耳を通って頭にまで響いてくる。
だが、先程の映像で僕が立っていた位置と、現在僕が転んでいる位置は違った。
電車は、映像と全く同じ位置、同じ角度で曲がり、ホームへと突っ込む。
僕の隣に、横転した電車とホームの一部だったコンクリートが砕け転がった。
さっきの映像とは違い、僕は生きていた。
「はぁ……はぁ……」
急速に動く心拍と、荒い呼吸による胸の上下運動。
目はもう熱くない。僕は両目を少しこするが、世界は変わらず夢でない事を確信する。
(助かった……!)
命拾いしたが、電車が動かないので、僕は線路を歩く事にした。
電車が動かない以上、線路はただ、行き先を明確にしてくれる「道」だ。例え霧で、視界が霞んでいても、道に迷って、途方にくれるような心配は無い。
それから暫く、ただひたすら歩き続けた。
だが、歩いても歩いても、人影は一切見当たらず、ただ僕が線路を渡る足音のみ響き渡った。