BlueBird 第19話
「どうして……セグルがここに……?」
いや、そんな事はどうでもいい。今はこうして友達がいる事に、喜びを噛みしめる事が先だ。
僕は嬉しくなって、セグルの元へと駆け寄ろうと足を運ぶ。
しかし、セグルは走ってくる僕を、片手でポンと押し返した。
思わぬ彼の言動に、僕はそのまま地面に尻もちをついてしまう。
「セグル……?」
「黙れ」
すると、今度はセグルが自らカツカツ足音を立てながら近づいてくる。
そして、僕の胸ぐらを掴み持ち上げたと思うと、
「俺の前では敬語を使え。そして跪け」
今まで見た事の無い冷徹な瞳で僕を見下ろし、そのままパッと手を離した。
僕は突然の事に頭がついていけず、そのままドサリと膝をついた。
「セグル……」
「行くぞ」
僕の声はもう聞こえないらしい。
セグルはクルリと踵を返し、兵隊の先頭に立つとそのまま歩き去っていく。
彼は、先程自身が繰り出した氷のように冷酷な人間と化していた。
「びっくりした……誰だアン、さっきの人?」
「高校で……仲良かった友達。王家の人で、確か次の代を継ぐ立場だったと思う」
「ええっ!? あんな人が王子様なのかアン!?」
「元々ちょっぴりクールで、冷静な性格なんだよ」
だが、自身の立場を強調し口を利かない程、冷たい人間ではなかった。
先程の出来事が、僕には信じられなくて、けれど胸ぐらを掴まれた感覚が痛み、頭上にどんよりと雨雲がかかった気分だ。
落ち込む僕にペロはおどおどしながら、ふと先程買った蝶の首飾りに目をやる。
「そういえば、この首飾り買う時、ツバサ何か変わった袋持ってたアンね?」
「うっ……」
ここでその話題を持ち込まれるとは、思いもしなかった。
更なる重荷がのしかかる中、僕は渋々この袋がいつの間にか入っていた事実を話す。
「アゥ!? あそこを出た時、気づけば入ってたのかアン!?」
「うん……だから、これが僕の物とは限らない。なのに、勝手に中のお金使っちゃって……」
「アゥ……」
これにはペロも少し気まずそうだった。しかし、すぐさまケロリとして
「きっとあそこの人達が、旅人さんじゃ大変だろうと思ってくれたんだアンよ!」
と、無理矢理な言い訳をつくる。
僕は溜息を吐いた。
「そんな訳無いだろ……大変そうだからってこんな大金を渡す話、聞いた事無いよ」
「うーん……でも、もしかしたら、その袋を用意したのはセグルかもしれないアン」
「え……」
尚更あり得ない。
あのような態度を取っておきながら気遣ってくれる人が、果たしているのだろうか。
だが、ペロには確証があった。
「だってさっきのおじさん、それを見て陛下の使いだって驚いてたアン。もし、セグルが王家の人だったら、それはセグルのものと言えるから……色々つじつまは合うと思うアンよ?」
「でも、あんな態度だったんだよ……?」
しかし、そんな僕の反論をペロはさらりと跳ね返し、一人納得したように胸を張って答えた。
「それは、セグルがツンデレだからだアン」
「えええ……!?」
とは言うものの、案外まんざらでもないかもしれない。
確かにセグルはクラス一素直じゃない男だと、他の友達で言い合った記憶がある。
そして、それに心ときめくと悟ってきた人物も……懐かしい記憶が蘇り、僕はふと微笑んだ。
「そう……かも。セグル、ツンデレだった」
「そうアン! 本当はまた会えて嬉しいって思ってるはずだアンよ」
そんな気がしてきた。確かに、本当に冷酷な人なら、僕達を助けてくれはしなかっただろう。
ここでようやく僕に笑顔が戻ってくる。それを見て、ペロも嬉しそうに笑い返した。
影の騒動が終わって暫くすると、街に賑わいが戻ってきた。
どうやらここに住む人にとって、影に遭遇する事は、そこまで珍しくないらしい。
荒れた道を手際よく掃除したり、倒れた看板や屋根を直す作業に早くも取りかかり、あっという間に影がいた痕跡を消していく。
それに、僕には一つ思い当たる事があった。
「そういえば、セグルが氷の力で影を倒してたよね。どうして彼も魔法を使えるの?」
僕が不思議な力を使えるのは、未来使いのおかげだと言ってしまえば終いだ。
しかし、彼の場合は理由がどうしても分からない。ペロ曰く、未来使いは僕だけらしいし。
するとペロは頭を抱え、何やら言いにくそうに口を尖らせる。
「また混乱させるような事を言っていいかアン?」
「何を今更。最初の時は、そんな前置きされなかったよ」
「アゥ……そうアンね!」
思いのほか、あっさりと開き直られてしまった。
一応フォローはしたけれど、内心出来ればお手柔らかにお願いしたい。
しかしペロの性格上、そんな加減が出来るとはとても……
「闇の一件で、世界に不思議な事が起きているのは間違いないアン。ペロがここにいるのも、ツバサや彼が魔法を使えるのも……きっと、今まで離れ離れになっていて概念すら無くなっていた、もう一つの世界が繋がったからだと思うアン」
(ですよね……!)
あくまで彼女の考えに同意したのではなく、僕の予想が的中したという意味だ。
それはさておき、僕はペロが言った「もう一つの世界」とは何なのか問いかける。
概念すら消えた世界なんて、初めて聞く話だ。
ペロは考えるポーズをしながら、自身が知る世界の現状について説明し始めた。
それは、僕の想像を遥かに超える、壮大でかつおとぎ話のような内容だった。
「実は……今の世界は、元々一つだった世界が二つに分裂して存在しているんだアン。そして互いの世界は、相手側の概念を消し、あたかも自分達の世界しか存在していないかのように、時を進めていた……でも、闇が二つの世界の境目に突然現れて、分裂していた世界が繋がり始めたんだアン。だから、あちら側の世界の概念がこっちに流れ込んできて、不思議な事が起こるようになったんだアンよ」
「あちら側の世界って……」
「ペロ達の間だと、この世界は『リアル』と呼ばれているアン。そしてもう一つは……神様を信じ、神様の力によって成り立つ世界『ファアル』だアン」
「ファアル?」
昔は一緒だった、もう一つの世界。
その世界では、神が実在するとされ、人々は神から自然を介して授かった力(こちらでは、『魔法』と呼ばれる力)を使って生活しているらしい。
こちらでは、神がいないと考える人が大半だが、元々一つだった世界の名残か、寺院や神殿が残されていたり、宗教と呼ばれるものも少なからず存在する。
だけど、それはあくまで伝説や宗教という括りにされていて、実際に起きたものだと信じる人はあまりいない。
それに対して、ファアルは神そのものが支配し、本当に神が存在する世界。
僕からしてみれば、まさにファンタジーと呼べる世界だ。ファアルという名前も、もしかしたらそれにちなんでいるのかもしれない。
そして、そんなファンタジーな世界の概念がこちらに流れ込んできている……未来使いやペロの存在を思うと、なるほど納得出来る話だった。
「じゃあ、このまま闇を消したらどうなるの? また世界は二つに分かれるのかな?」
「それはペロにも分からないアン……もしかしたら一つになるかもしれないし、元の分かれたままになるかもしれない。でも、もし分かれちゃう事になったら、ツバサはきっと未来使いの力を失うし、ペロも見えなくなるアン……ちょっと、寂しいアン」
珍しくペロが弱音を吐く。というよりは、本音かもしれない。
僕よりも世界で起きている事を知っているのだから、きっと別れる事も予想の範疇に入っていたのだろう。
耳が垂れて少し悲しそうな顔を見ると、僕は思わずペロを抱きかかえ、そっと頭を撫でる。
シュウヤ達に会いたい。闇のせいで悲しむ人達を見たくない。
だけど、このまま旅をする事でペロと別れるのも嫌だ。
「大丈夫だよ」
僕は彼女に言った。
また「何が?」って返されそうだが、今回は何故か来なかった。
それに、仮にその返答が来たとしても、今回は案がある。
もし彼女が、本当に僕の希望だとしたら……
すると、突然背後からトンと誰かが手を乗せてきた。
思わず振り返ると、そこには……