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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird 第15話

風が吹く音、雫が落ちる音。草木が揺れ、木の板が軋む音。

目を覚ますと、辺りは真っ暗で日没の刻は過ぎていた。

薄暗い小屋で、一角にはガラクタが山のように積まれており、それらに長い蔓が巻きついていたり、苔が生えていたりと、長い間使われていない様子が見て取れる。

湿度が高いからか、カビ臭さが充満しており、こんな所に長居してると病気にかかってしまいそうだ。

思わず立ち上がり、小屋の外に出ようとするが、ここで僕は自分自身が柱にくくりつけられ、動けない事に気づいた。あの後、一体何が起こったのだろう。


「ア……ウゥ……」

「ペロ!?」


背後から聞き覚えのある声がして、僕は思わず振り返る。

どうやら反対側で、ペロも同じように拘束されているらしい。

だが、その後元気な声が聞こえてきたので、無事なようだ。


「埃まみれで鼻がムズムズするアン……どうしてこんな所にいるんだアン?」

「分からない……でも、あの後ニナは確か……」


そこで、何かがパキッと割れる音がした。

さらに、草むらが微かに揺れ、その音が不自然な刻みを立てて、だんだん大きくなってくる。

何か来る……手足を縛られ身動きが取れない僕達は、ただ息を飲む事しか出来なかった。


「ツバサ……どうするアン?」

「静かに」


パリン!

小屋の窓ガラスが割れたと思うと、そこから月光でキラキラと輝く純白の虎が現れた。

間違いない、シャガだ。


「で、出た……!」


ペロは今にも泣きそうな声で、ブルブルと震えている。

彼女の震動が、柱越しからこちらにまで伝わってくる。

僕も怖かった。相手は、日々森の中を駆け回って獲物を狩る野生の猛獣だ。

シャガはゆっくりとこちらに近づき、姿勢を低くして「グルル」と唸り声をあげる。

以前に出会った影の獣とは明らかに違い、胸にまで響きわたってくる芯の通った太い声だ。

口の中がすっかり乾いて、喉と喉がひっつきそうだ。息を飲む事すら苦しい。


「あ……」


緊張から意識が遠のきそうになった次の瞬間、シャガの手が僕の視界いっぱいに覆い被さる。

……と、思った。


「え……?」


シャガの手は、僕ではなく、その隣にある柱に触れていた。

そして、爪を立てながら柱の木目に沿って手を下していくと、途中にあったロープをスパンと切り裂いてくれた。

手の縛られていた感覚が消え、僕はゆっくりと両手を前に出す。手首にロープの跡がついており、ほんのり掌が赤くなっていた。

するとシャガは、頭を僕の傍へと近づけて、今度は足を縛るロープを噛みちぎってくれた。

至近距離で見る猛獣の牙は、あらゆるものを一瞬にして噛み砕けそうな、とても大きくて鋭いものだった。

だが、そんな牙をシャガは、僕にではなくロープのために使っている。

僕は獲物のはずなのに、彼女は一切僕に敵意を向ける事なく、終始僕らを解放する事だけに集中していた。

ペロも無事解放され、僕のそばへと飛んで来ても、シャガは何も反応しない。


ここで僕は、彼女が人を襲う獣ではないと確信した。


「シャガ、ありがとう」

「グゥ」


声を聞いて、シャガはゆっくりと僕に視線を向ける。

月光に照らされ、宝石の如く輝く青い目は、僕の意識を一気に引きこんだ。

僕は慎重になりつつも、勇気を出してそっとシャガの胸元に手を伸ばす。

指が触れると、シャガは一瞬ブルリと震えたが、そのままネコ科独特のゴロゴロという音を立てて、僕に体を預けてきた。


「凄い……虎ってこんなに優しい生き物かアン?」

「シャガは多分、お母さんなんだ。だから自分よりも小さい生き物が囚われてるのを見て、助けたくなったんじゃないかな」

「アゥ!? シャガは女の子なのかアン!?」


ここで僕は、今朝川辺で見た光景をペロに教えた。シャガが食糧を狙って村を襲った理由、それは恐らく子育ての上で、食糧が足りていなかったからだと思う。

森に人が住むと、元々住んでいた獣達の生態系が乱れ、食物連鎖のバランスが崩れると、どこかで聞いた事がある。

実際、虎がこうして森林の中で生活しているのは、とても珍しい事で、数が減っている原因は、やはり人間による森の開拓や獲物の減少かららしい。

僕からの話を聞き、ペロはかわいそうと言わんばかりの目で、そっとシャガに近づいた。

彼女からしたら、ペロは周囲を飛び回るおかしなおもちゃといった感覚のようだ。


「こんなに優しいシャガを……ニナは狙ってるんだアンね」

「でも、ニナの気持ちも分かるんだ。大切な人を奪われてしまった怒り……それは、経験した事のある人にしか分からないものだよ」

「ニナも大事な人を……?」

「うん、それがシャガだった」

「なるほど……それはとっても難しい話だアンね」


両方の気持ちも分かる。

けれど、お互いは相手の気持ちを知らなくて、ただ自身の思いがままに動いている現状に、僕は納得いかなかった。

ここがどこか分からないが、きっとここにシャガがいると聞けば、彼女は飛んでくる。

そこで僕は、改めてちゃんと話したいと思った。

シャガの滑らかでやわらかい毛を撫でていると、ぼんやり僕の視界が明るくなった。



細い何かが、月の光でキラリと輝き、真っ直ぐシャガの体を貫いていく。



「危ない!」


僕は思わずシャガを押し倒した。

僕の髪が、風とは違う何かでサラリと揺れ、数本が切れて地面にヒラリと落ちる。

遅れてターンという音。間違いなく銃声だ。


「ツバサ!」

「大丈夫」


この場に置いて、発砲するような人物は一人しかいない。

突然小屋の壁が押し倒され、銃を構えて鋭い目つきで睨む彼女が、そこにいた。




「I’m sure to kill you,Syaga!(今度こそ、確実に仕留める!)」

「Wait,Nina! Please,listen to me……(待って、ニナ! これには訳が……)」

「Shut up!(黙ってて!)」


そして、再び二度目の銃声が小屋中に響き渡る。

僕は剣を呼び出し、咄嗟にシャガの前で彼女の銃弾を弾き返していた。


「What!? Why are you stopping me!? I have been waiting for this time! And I’ve taken so long……」

(あれ……何を言ってるのか分からない!?)


疲れが出てきたのか、ニナの言葉が頭に入って来なかった。

すると、彼女の背後から異様に大きな陰が伸びた。

月光の向きに逆らって伸びている事から、それが普通の陰ではないと即座に分かる。

さらにその陰は、姿を変えてウサギのような長い耳を持ち、僕らの前に立ちはだかった。

銃を構え、シャガを狙う彼女の恨みが、影となって実体化したのだ。


「ツバサ、ラーソの時みたいに、あの影を彼女から引き離すアン!」

「分かった!」


シャガも唸り声をあげて、彼女に襲い掛かる。

だが、ニナは軽い身のこなしでシャガの攻撃をかわし、小屋の中を駆け回りながら、銃を構えるタイミングを見計らっている。


(くそ……どうしたら彼女を止められる!? シャガは、ニナを倒すつもりじゃないのに!)


だが、彼女を止めようとすれば、その後ろにいる影が僕を邪魔してくる。

まずは、影を倒す事が先だった。

長い耳をまるで鞭の如く振り回し、僕とニナの距離を遠ざけようとしてくる影に、僕とペロは何とかあの耳を封じられないか考えた。

影が僕に耳で攻撃しようとしたタイミングで、ペロが上空から光弾を放ち、影の動きを鈍らせる。

そこへ僕がたたみ掛けようと高くジャンプするが、そこへ


「Don’t bother me!(邪魔しないで!)」」


ニナが銃口をこちらに向けて、躊躇なく発砲してくる。

僕は未来予知をしたとほぼ同時に、銃弾の軌道から外れた位置へと移動する。

遅れて銃声が響きわたり、僕らは全身でその轟音を受けとめた。


(これじゃあ、手も足も出ない……!)


僕やペロが立ち往生していると、突如シャガが雄たけびをあげ、ニナに向かって正面から突進していく。

一回地面を蹴っただけで、すごい量の砂と落ち葉が舞い上がり、シャガの周囲には激しい強風が起きている。

これぞまさしく疾風迅雷。迫りくる純白の獣にニナは、負けじと華麗にかわす。

すると、影がその場に立ち尽くし、耳を勢い良く回転させてシャガを突き飛ばした。

だがこの時、影は風に煽られて軽く体勢を崩していたので、思っていたよりもダメージを与えられず不満気だ。

それを見て、僕はひらめいた。


(そうか……風を使えば!)


僕は剣を構え直し、周囲に吹き荒れる風をイメージしながら剣を両手で高く持ち上げる。

そして、銃を構えるニナに向かって、


「そーれ!」


という掛け声と共に大きく振りおろし、まるで巨大うちわを仰ぐような大風を吹き起こした。

ニナは「キャッ!」と、女の子らしい悲鳴をあげて、風を銃で防ごうと試みる。

一方で二度も強風が襲いかかると思っていなかった影は、対応に遅れてそのまま壁際へと押しつけられる。

ニナと影との距離が、大分離れた。


「ペロ!」

「任せるアン!」


このまま彼女から引き離そうと、ペロが得意の光弾で影を攻撃する。

風に耳が持っていかれているせいで、影はまともその攻撃を食らい、悲鳴をあげた。

それに続き、今度はシャガがニナに向かって再び走り出す。

僕のつくった追い風もあって、シャガは先程よりもさらに加速して、ニナへと急接近した。


恐怖のあまり、ニナは銃を構えるものの目を閉じてしまう。

ここでシャガに襲われ、全てが終わる。そう思った次の瞬間、


「グオオオッ!」

「Huh?(え?)」


激しい雄たけびをあげてシャガはジャンプし、ニナの頭上を通り越して、空中にとどまる影目がけて鋭い爪を振りかぶる。

ギュインと音でもしてきそうな、大きな手が影を一瞬にして切り裂いた。

影はそのまま月の光に照らされて、蛍のように消えていく。




「W……why?」


影が消えた事で落ち着きを取り戻した彼女に、僕は改めてシャガの事を説明した。

その間、僕らを探していたセンセーや他のハンター達が小屋にたどり着く。

ハンター達はシャガの姿に慌てて銃を構えるが、ペロが状況を説明し敵意を向けないようお願いする。

人々が集まってもシャガは警戒せず、ただ静かに僕の傍で横になって、ニナを見つめている。

ニナもさっきの出来事から、自分の考えが正しいと思えなくなったようで、ただただ僕の話を聞いていた。

僕はさっきの一戦で息が切れていたが、それでも何とか彼女が話を聞いてくれているこの時に、ちゃんと話を伝えようと努力した。


「She does't intend to kill human.(シャガは、決して人を襲おうとしたんじゃないんだ)」


その証拠に、僕はより一層白い獣に近づき、その毛に触れる。

シャガは見た目によらず、とても気持ち良さそうな猫なで声をあげ、爪を立てたり、牙をむき出しにするような事は一切しなかった。

この光景にニナは勿論センセー達も驚き、自身が恐れていた理由が分からなくなる。


「なら何故シャガは村を? どうして人を襲うまでして、食糧を狙ったのよ?」

「子供がいたんです。とても小さな子供が……シャガは母親の虎なんですよ」

「こ、ども……」


驚く事に、声の主はニナだった。

どうやら最近覚えた日本語の中にあったらしく、彼女はシャガの立場を知って呆然と立ち尽くす。

僕は、そんなニナに念を押すようにして話しかけた。


「She only wants to take care of her children.(彼女は、ただ家族を守りたかったんだ)Please approach her.Open your heart.(彼女に近づいてみてよ。銃を捨ててさ)」


ニナは銃を落とし、そのままシャガの元へと歩み寄った。

シャガは下手に動かぬよう、さらに体勢を楽にして、ゆっくり近づいてくる彼女をひたすら待った。

センセーやハンター達は、その様子を静かに見守る。少しでも彼女に笑顔が戻ってほしい。

その気持ちは僕だけでなく、村の人達全員が願っている事だった。


「こども……しらなかった。わたしは、あなたのこどもをおなじになる、ほしくない。だから、わたしはあなたを……しない。やくそくする」

(ニナが……日本語で話してる)


片言ではあったが、ちゃんとシャガは彼女の気持ちを理解したらしく、そっとニナの頬に自身の顔をつけ、一舐めする。その時、ニナの目元が一瞬光ったような気がした。


「よかった……」


これで何も失わなかった。

その安心感と戦いの疲れが重なって、僕の視界がくるくると回り始める。


「ツバサ!」


ペロの声を聞き、シャガの毛に触れたが最後、僕はそのまま眠りについてしまった。


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