BlueBird 第13話
その後、センセーからの勧めで、僕らは彼女達の住む「キビタキ村」を訪れた。
大きなログハウスが木の上の建ち並び、その中で人々が至って普通に生活している。
平和で穏やかそうな村だ。
「そういえば、こんな森の中に迷い込むなんて珍しいわね。一体どこから来たの?」
僕はここで、森に入る直前までいた砂漠での出来事を中心に、まだ始まって間もない旅路を彼女達に説明した。
……流石に、ここは日本語で。
「……なるほど、影っていうのがあの砂漠地帯にね。やっぱり暫くあそこへ行かなかったのは正解だったみたいだわ」
「と、言うと?」
「私達も、あの砂漠で異変が起きていたのを見たのよ。それで、皆で森の外には行かないよう呼びかけあってたって訳。おかげで、この村の住人は誰一人それに巻き込まれずに済んだわ。ただ……」
センセーが続きを話そうとしたその時、ニナがいぶかしげな表情で彼女の服を引っ張った。
どうやら内容を察したのか、これ以上僕らに話して欲しくないようだ。
センセーは、慌てて彼女に笑みを浮かべる。
「大丈夫! そんなプライベートな話はしないから! Don't worry!(心配しないで!)」
「……」
今だ不審そうにチラリとこちらを見てくるが、渋々彼女は承諾して、一足先にとある建物へと入って行った。
影の心配は無さそうだが、この村は別の問題を抱えているらしい。
僕は、先程出会った虎の事を思い出す。
(あの虎が関係しているのかな……?)
「そうそう! 話を聞いた感じだと、なかなかの長旅みたいだし、よかったらここで一泊してちょうだい。いえ、泊まりなさい!」
何故に命令なのか分からないが、正直僕もペロも慣れない道を歩いたせいで疲れていたので、この村で一晩休息を取らせてもらう事にした。
センセーの勧めで、僕らはこの村で最も大きな住居に案内される。
すっかり日も沈もうとしている頃だった。
久しぶりに緑生い茂る青々とした空間に囲まれて時を過ごす。
僕は、樹上から見下ろす不思議な光景に思わず見とれ、木々の隙間から見える夕陽を眺めていた。
そんな一方でペロは……
「散々だアン……何だアンよ、『お風呂』って!」
泳ぐならまだしも、何故か温水の中にじっと浸けられ、きちんと毛づくろいしているにも関わらず、謎のもこもこした物質で全身を洗われ、おまけにギザギザのとげが並ぶ凶器で乱れた毛を弄られ、最後には珍しい生き物だと言って人々に撫でまわされた、との事だ。
べそをかいて、僕の膝へと逃げるように飛びこんだペロに、僕は笑わずにはいられなかった。
しかし、この後ペロの気分を一変させる事が起きた。
それは今まで味わった事の無い盛大な御馳走だ。
大自然での生活らしい、鳥や獣を丸焼きや、様々な種類の葉物が添えられ、その大皿が何枚も存在する。
ペロは、今にもよだれが出そうだ。
「今夜はパーティよ! 思い切り楽しんじゃって!」
センセーの掛声に、村の住人達は歓声をあげながら手を叩いて応える。
僕も、その場の空気に乗って拍手する。
しかし住人の中に、ニナとよく似た服装の人がいて、傍には立派な銃が置かれているのが気になった。
恐らく、彼女と同じハンターなのだろう。
ペロはすっかり食べ物に目が釘付けで、まるで野生(?)に還ったかのように、勢いよく自分と同じぐらいの大きさの獲物にかぶりついている。
それを後から、センセーは何故か舌舐めずりをしながら見ているが、これだけ人が見ている中で誘拐はしないだろうと思い、僕は自身の興味を優先した。
「あの……」
「ん?」
すっかりお酒を飲んで顔が真っ赤になっているハンター達に、僕は話しかける。
これは話を聞けるチャンスだと思った。
思考が鈍っている間に、僕は傍にあった銃を指さして尋ねる。
「これって……もしかして、シャガのために?」
「おっ、こいつが目に入るとはお目が高いね~。だが残念! 俺は確かにハンターだが、あくまで食料を仕留める役だよ」
大声で話すハンターに引かれて、別のハンターも顔を出してきた。
どうやら自分達の事を話すのが好きらしい。
「因みに今日の飯は、俺が獲ってきた奴なんだぜ! どうだ、すごいだろ?」
「ここ最近、不猟続きだったもんだから、これだけ獲れたのは奇跡に近いな~。シャガが俺達の食料を、みーんな奪っていっちまうからよ」
「シャガが?」
するとハンターの一人の形相がこわばった。
そして大事そうに銃を持って、先端を慣れた手つきで磨き始める。
「あいつは、俺達の村へ来ては大暴れして、ありったけの食料を奪っていく。おかげで俺達は食料不足だ。一時は飢饉に見舞われた事もあった。しかも、酷い時は、獲物だけでなく俺達人間にも襲いかかって来るんだ」
「それでハンター仲間の一人、とびっきりなべべの『ニナ』って子は、親を無くしちまってよ。それから、すっかりシャガに恨み持っちまった」
「シャガ許さん、本気で許さんって毎日エビみたいにぷりぷり怒ってよ! なあ、今俺上手い事言っただろ? なあ、そう思うだろ!?」
最後の人は軽くあしらっておくとして。
なるほど、彼女が熱心にシャガを追いかけている理由が、これで分かった。
そういえば、彼女の姿が見当たらない。
声を聞いている感じだと、他国から来たと思われる人がいないので、どこか別の場所にいるようだ。
もしくは……
「僕、少し村の周辺を散歩してきます」
「おっ、酒に酔ったか? 夜の森は結構不気味だが、まあシャガが出て来ない限り大丈夫だろ。気を付けてな!」
「はい、ペロを頼みます」
お酒は飲んでいないが、アルコールの臭いで多少気分がすぐれなかったので、僕はそれを理由にこの場を後にした。
賑やかな声がだんだん遠くなり、空気も澄んで大分気が休まってきた。
村の光が僅かに届く辺りを散策していると、川辺へと辿り着き、ある岩に一人、長いツインテールから恐らくニナが座っていた。
何やら物思いにふけっている様子の彼女に、僕は話しかけようと歩いていく。
と、足元で小枝が折れて、その音に反応した彼女が俊敏な動きで銃を構え、
僕目がけて弾を撃った。
……と思った。
「……」
「Don't worry. I only fired a blank shot.(安心して、空砲よ)」
僕は、硬直した全身から一気に力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
彼女は、不敵な笑みを浮かべてクスクス笑った。
けれど、その笑みはどこか寂しげで、何かが欠けている。
月の光でキラキラと輝く川辺で、彼女の目はそんなに輝いていなかった。
「Why are you here?(どうしてここにいるんだい?)You should have come to the party(君もあのパーティに来ればいいのに)」
「Unlike you, my favorite prace is I can be alone.(あなたと違って、私は人混みが苦手なの)」
「I see.(なるほど)」
別に僕もそこまで人混みが好きではないが……彼女に軽く皮肉られたところで、僕は本題へと移った。
「I heard about your family (君の家族の事、聞いたよ)」
「……」
暫くの沈黙。やはり聞かれたくない内容だったらしい。
だが、復讐心に燃える彼女を、僕は何だか放ってはおけなかった。
僕も、同じような境遇を味わった身だから……
「I’ve lost my mother, too (僕も、大切な人を失くしちゃったんだ)」
「Huh?(え?)」
「So, I can understand your feeling. I think it leads me here,I have been fighting.
(だから、君の気持ちも分かるよ。僕もきっと、君みたいな感情を持つから、こうして戦えるんだと思う)But……」
やはり英語だと、呂律が回らない。
しかしニナは、そんな僕の曖昧な言葉もしっかりと聞いてくれているようで、静かに
「But?(でも?)」と、念を押すようにして聞き返してきた。
僕は口をつぐみながらも、そっと彼女に自分の思いを伝える。
「I want you not to hunt it, if you can.That is my hope.(出来ればシャガを撃たないでほしい。それが僕の願いだよ)」
「What?(え?)」
「If you can.I’m not sure how to say more.(出来たらで良いんだ。これ以上は言えない……)」
「……」
彼女がどう思ったか、僕には分からない。
だんだん村の光も弱まって、彼女の表情が読み取れなくなっている。
ただそんな暗闇の中で、
「……I wish I could (出来れば、そうしたいわよ)」
弱々しいのに、川の音をかき分けるようにして鮮明に聞こえてきた彼女の声が、僕の唯一知る当てとなった。
その後、どうやら村の眠りは早いらしく、僕が彼女と一緒に村へと戻った時には、すっかり辺りは暗闇と化していた。
宿泊地の住居に戻ると、既にペロが、僕の布団を占拠してスヤスヤ寝息を立てている。
僕は彼女の体を少し横へ移すと、そのまま倒れるようにして布団へとダイブした。
体より、頭と口の方が疲れていた。
(難しいな……)
英語もそうだし、彼女のシャガに対する恨みも。
しかし、時々こぼれる彼女の寂しそうな態度が、僕は少し引っかかった。
このまま彼女シャガを狩猟させていいのだろうか。これ以上、彼女が何かを失う必要はあるのだろうか。
(って、余計なお節介かな……)
月を眺めながら考えているうちに、僕はいつの間にか眠っていた。