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04 対専制君主朱美

 僕は、そのままバイト先、クラブジャンヌへ、何時ものごとくぴゅうたんを持ち込む。

 悪魔に心を売り渡した僕に、怖いものはないのだ。

「おはようっス」

 普段と変わらぬ風で僕はバイトに入り、休憩室へ向かった。

 店に入る時間には、普段、おっぱい朱美がバイト用の休憩室でくつろいでいる。朱美は、キャバ嬢用の休憩室では着替えはするが休憩はしない。どうやら朱美は、他のキャバ嬢を嫌っていて、居心地が悪いらしい。

 居心地が悪いのはこっちだっつーの。

 体も服もエロイから、目の保養にはなるけど、それを遥かに超える被害があるのだ。朱美のカモにされるオッサン達が哀れに感じるほどである。

「よう皮被り。今日も早いね」

 休憩室に入ると、早速、浴びせられる卑語。鬼畜おっぱい朱美は、何時も通りだ。

 恥ずかしいあだ名の由来は、僕の沽券に関わるので聞かないでおくれ。トラウマが再発するからさ……。

 こんなの普通なら、あきらかにセクハラなのだが、ここではキャバ嬢が神で、バイトはクズなのだ。しかも、朱美はナンバーワン。いくら社長や店長に抗議しても、無駄だ。諭されるのはこっちで、バイトは使い捨てのように切られるのが落ちだったりする。そんな訳で、朱美は、まさに専制君主様だ。

 この前、鼻毛を抜いたときも、店長に裏で殴られたんだよな……。要するにキャバ嬢の理不尽に耐えられない奴は、ここではやってけない。その分、お金がいいんだけどね。

 どうしようもないので、僕はよっぽどではない限り挑発には無言を貫く事にしているんだが、今日は違う。なんたって僕のほうが強えんだから。今日の僕には余裕があるのさ。

「おはよう朱美さん。今日も綺麗ですねぃ」

 朱美嬢は、口をあんぐりと開けたまま固まった。僕の意外な反応に驚いているらしい。嘘でも褒め言葉は、意外と効果的のようだ。

 もしかすると、べた褒め戦術に変えると、僕は苛められなくて済むのか?

 これは僥倖。大発見なり、と浮かれそうになった矢先、朱美はタバコを吸い込み、煙を僕の顔に吹き当てた。

「おい、ホーケー大丈夫か? 童貞でもすてたのか?」

 やっぱり朱美はそれ程甘くはないのである。

「いや、まだですけど……」

「まあな、皮被りだしね」

 ビャハハハハと馬鹿笑いするおっぱい朱美。

 クソ朱美が、ホーケーホーケーホーケーホーケーいうな!

 僕の皮被りよりも、着替え中に、後ろから無理やりパンツ脱がしたお前の方がよっぽど罪深いぞ!

「そういえば、あんたこの前、家の窓際で、全裸になってポージングしてたでしょ? あんた馬鹿じゃない? 皮被りなのに誰に見せびらかせる気なのよ」

 そういうと朱美嬢は、僕の股間を軽く蹴り上げ楽しそうに笑った。

 幸いその蹴りはクリティカルではなかった。だが、危ない遊びを知られた絶望感は拭えない。

 な ん で 知 っ て る ん だ ? 

 『漢』の秘密を知るものは、消さねばならない。いや、消すのはマズイので、こりゃ折檻である。ここで僕の中のダークサイド、邪神モッコスの登場じゃあ!

 当初の予定では、ホールで仕事中に時間を遡らせ、完全犯罪で朱美に仕返しするつもりだった。

 だが、ここまで苛められると黙ってはいられないのだ。

 今こそ朱美に、天に変わって罰をあたえるなり! 僕は、ぴゅうたんを片手に休憩室の隅まで走った。

 何故、隅まで走るかだと?

 愚問だ。隅まで走らないと、朱美の攻撃が怖いからだ。ぴゅうたんで入力実行までに、僕の肉体と精神を軽々と破壊する、超朱美砲を喰らうわけには行かないのである。

 朱美の追撃はない。僕の行動に唖然としているらしい。馬鹿な朱美め。これこそ虚虚実実の我が策であるぞ!

 僕は、素早くぴゅうたんを起動し入力を済ます。

 六十五秒間のザ・ワールドを喰らうのだ朱美!!


 EMOS(0, 65536);


「ぽちっとな」

 空間が研ぎ澄まされ、すべての音が排除された。

 ここからがずっと俺のターンDA!!

 あらかじめ用意していた極太油性マジックを、ポケットから取り出した。いわゆるマッキーである。これが『最終兵器マッキー』でござる。

 僕は、怪訝そうに椅子から立ち上がろうとして固まった朱美の綺麗なお顔に、最終兵器をつきたてた。

 朱美は、これからお仕事できない体になるのだ。お嫁にもいけなくなるかもしれない。いい気味だ。

 何故なら、これから額に筋肉王子の証が刻まれ、眉毛が繋がり、鼻毛が伸び、更にはカールおじさん風の髭が生えてしまうからだ。

「ウェーハッハッハッハッ!」

 意気揚々と、僕は、朱美の顔面に最終兵器を走らせる。これでもう、お嫁にいけないのである――。

 だが――、二百円もした最終兵器からは、有機溶剤に溶けた黒い汁が出なかった。

「あるぇ?」

 なぜだ! さっき買った新品なのだ。描けないはずはない。

 僕は、正面の化粧台の鏡を覗き込みながら、試しにへッポコ最終兵器を自分の顔にすべらせてみる。

 すると、自然と描き出される肉と眉毛と鼻毛とカールおじさん髭。

 描けるじゃないかと、もう一度、朱美の顔にすべらす。しかし、やはり描けない……。

「なんだよ、この、俺専用マッキー! つかえねぇ!」

 そこで響き渡る朱美の大爆笑。何時の間にか、俺のターンは終了していた。

「ちょっあんた顔、何やってんの!」

 朱美が、僕の顔を指差している。ふと鏡を見るとそこに映る自分の顔に声を失った。なんてこった。お嫁にいけないのは僕じゃないか。

 試し描きが過ぎた……。頭に血が上がっていた僕には、こうなる結果が見えなかった。相変わらずなんて馬鹿なんだ僕は。本当なら朱美がこうなるはずだったのに……。

 崩れ落ちた僕は、地に両手をつけて逡巡する。

 だが、その時、眼帯を付けたモッコス様の激励が聞こえたように感じた。

 ――たて、立つん(以下略

 そうだ、切り札は、この手にある! 

 萎える心を奮い立たせる。へこたれるには早い。僕が有利なのは変わらないのだ。

「うるさいうるさい! ちょっとやってみたかっただけ! 別に笑わせたくてやったんじゃないんだからね!」

 これでツンデレっぽく誤魔化せたはずだ。

「――あんた、とうとう脳にまで精子が廻ってきたんじゃない? 家の窓から貧相な裸披露する暇があったら、女でもつくりな……って。そうだね、無理だよねぇ」

 憐憫の表情でため息をつく朱美。

 それ以上、僕を哀れむんじゃない……。僕は、平気だ。可愛そうな子なんかじゃないぞ。ちゃんと一人でお買い物だって出来るんだ!

「仕方ないね。あんたホーケーだけど、あたしの下僕になると誓うんなら、女紹介してやってもいいよ。ん?」

 え? 本当に紹介してくださるんですか。朱美さん。いや朱美様。

 朱美の声が、仏の声に聞こえていた。

「あ、あのぉ、それってぇ、どんな感じの女性なのかなぁ?」

「うそだよ。馬鹿」

 記憶が三秒ほど断絶した。僕のガラスのハートがウミネコの様な音を上げている。僕は必死の思いで心のリカバリーに着手した。

「だが断る! 断るし! 本当は最初から断るつもりだったしぃ!」

 嘲笑する朱美を見て、涙がちょっとだけこぼれそうになった。

 クソ。朱美め。いたいけな僕の青い性を弄びやがってぇ。自重していたが、こうなれば致し方ござらん。

「ぽちっとな!」

 再度ぴゅうたんを走らせた。

 向こう脛を蹴ろうと足を上げていた朱美が、その姿で停止する。朱美はミニスカである。パンツは黒である。その奥は秘密の花園でござる。だが、そんな事はどうでもよいのだ。僕は、もふもふマシュマロが好きです!

 僕は、両の手を振り上げた。

「この手は、神の意思を借りたゴッドハンドである!」

 そのまま、一直線に朱美のけしからん胸に掌を伸ばす。これはまっこと天罰なのだ。うひひ。

 そして、僕の手は、見事、はちきれんばかりの大きな塊を、鷲づかみにしたのである。

「やったよ! 僕はやったよ!!」

 勝利の雄たけびを上げながら、けしからん双丘を揉みしだいてみる。

「のほほほほ、お代官様。これはなかなか柔ら……」

 ……かくないよ? 

 朱美の胸はすっかり鋼鉄だった。

「かてぇ……。こんなの、おっぱいじゃないやい!」

 あまりのおぞましさに飛び下がり、状況を確認する。

 恐る恐る朱美のほっぺをつんつんしてみるが、カチカチである。それどころか、薄い衣服すらも凝固しているのだ。

 更に、傍にあるバッグを持ち上げようとしてみたが、これも張り付いたように動じなかった。

 時間が止まれば、物理法則も停止する? だから、朱美の顔に落書きできなかったのか……。

 なるほどと、自分の中で結論が出された。

 時間が止まると、おっぱいが気持ちよくない☆

「意味ねぇえええ!」

 僕の中で、ダークサイドがわなないた。モッコス氏ね!

 納得がいかず、朱美のおっぱいを更に力一杯にこね回した。こうなれば、揉みほぐしてやるのみ! それが漢の道よのう、兄弟?

 すると、僕の意思を反映するように、朱美の胸は柔らかさを取り戻した。

「うほ。こりゃ、やらかいのぉ……」

 瞳を閉じて、僕は、味わい尽くす。

 ああ、優しくも身を疼かせる、この感触。これがアガペーとは対極の愛の形なのですね。これが太古から続く女体の神秘、母性のみなもと。僕は、今、大人になりました。この、ずっしりと柔らかい感触――。

 ずっしり?

 ずっしりって、重力かな? 物理的法則ですよねぃ?

 僕は、恐る恐る瞳を開けた。そこには、鬼の形相の朱美様がいらっしゃる。

「おいカス。ナンバーワンのお胸は一揉み百万だ。十回揉んだから、十本だ」

 天を見上げた。そして時空のかなたで微笑む、母上様の幻影に心の中で話しかけた。

 母上様、お元気ですか。今、良いタイミングで、一分終了しました。

 繋がり眉毛、鼻毛と髭の三重苦の筋肉王子が、涙を流しながら他人様のおっぱいを揉む姿は、おもしろいですか?

 そうですか。いとおかしですか。それはよかった。

 僕は、星になります。挫けたので人間やめます……。辛くなったら、また会いに行きますね……いつか多分。それではまた、逃避します。潮十九歳。

「おい、チンカス。三十本になったぞ。下僕になるか?」

 人生オワタ\(^o^)/

 立ち上がり、朱美に背を向けると素早くぴゅうたんに入力する。


 while(1) {

  EMOS(0, 65536);

 }


 そうだ。これは禁断の無限ループ。六十五秒停止を無限に繰り返すものだ。

 僕は、理不尽な朱美様の下僕に成り下がるのが怖くて怖くて、しかたがなかった。とりあえず、現状から逃れたかったのだ。

「下僕はいやぁ!」

 即座に実行すると、朱美はまた固まった。僕は、安堵して部屋の隅に腰を下ろした。

 しっかり機能する無限ループ。体感、数十分を経過しても、音のない空間、動かない朱美、黒いパンツ、硬いおっぱいは健在である。

 確かに、僕は、最悪の状況からは逃避する事は出来たのだ。

 だが――この部屋は密室で、時間が停止している限り扉が開かない。精神的に逃避できても、物理的に逃れる事が出来ない訳だ。

 それに気が付いてしまった僕は、絶望した。

 何、この生き地獄?

 結局、僕に残された道は、ここに留まるか、無限ループを止めて現実の地獄に飛び込むしかないのである。

 僕は、天を仰いだ。この状況から脱する事が出来るなら、後は何でも良いと神に祈った。

「お願いします。モッコス様!」

 僕の切実な鼻水がぴゅうたんの上に落ちた。

 すると突然、ぴゅうたんのファンが異音を立て出す。そして更に光が弾けた。僕は驚き、ぴゅうたんに手を伸ばす。

 だが、手が届く前に僕の意識は、ブラックアウトした。

 よく分からないが、邪神モッコス様に願いが聞き入れられたようだった。



 気が付くと僕は、砂漠の真ん中に立っていた。

 いや、真ん中かどうかはわからないけど、そんな気がした。

 一体、何が起きたのか? とりあえず地獄から逃れられたのは間違いない。

 意味も分からず暑くもないこの砂漠を歩き続けた。妙な事にかなりの時間歩いていたが、疲れはなかった。その上、尿意もなく。腹が減る事もない。

 これは夢なのだろうなと、おぼろげに思えた。

 更に歩き続けると、不意に、とある商店街へとたどり着いた。人っ子一人いない様は異様で、ここが近所の商店街である事に気が付くのに少し時間を要した。

 僕の大好きな、コロッケの玉ちゃん本店ののぼりがなければ、気が付かなかっただろう。

 そして、くすねたコロッケを片手に歩き続けた先に見えたのは、僕の田舎である久米平の糸瀬河内の実家だった。そこでふと気になって、振り返るとすでに商店街はなく、僕の記憶にある実家の田園風景が広がっている。

 辺りは何時の間にか暮れ、落陽が空を赤く染めていた。僕は、何の気なしに実家へと足を踏み入れた。

 玄関の靴箱の上には、桜色をした珊瑚の置物があり、その横には、陶器で出来たネコの置物がポツンと佇む。

 土間にはキャラクターのプリントされた子供用の赤い靴、紳士用の革靴、女性用サンダルが揃えられていた。その傍でミュールが一足脱ぎ捨てられている。

 懐かしさが込み上がる。

 壁に掛けられた日めくりカレンダーは、二千六年八月十五日を指していた。ここは、両親と妹が事故に遭う直前の我が家に違いなかった。僕が七歳だった頃の夏。平穏な最後の年の実家なのだ。

 僕は、靴を脱ぎ捨て駆け上がり、居間の障子を開け、台所に走りこむ。

「お母さん?」

 庭側の廊下を抜け、書斎の扉を開けた。

「父さん?」

 更には二階へ上がり、妹の美津子の部屋の引き戸を開けた。

「みっちゃん!?」

 部屋の窓に掛けられた、ガラスの風鈴が寂しげにちりんと鳴った。それは僕が、美津子の誕生日に夜店で買い与えたものだった。

 結局、その何処にも、家族の姿は無かった。ただ家の中には、斜陽の赤味だけが差し込むだけで、あるのは哀愁の残片でしかなかったのだ。

 自分の中で膨らんだ淡い希望が、弾けて消える。しかたなく、自分の部屋に足を向けた。

 だが、そこで思いがけなく声を掛けられた。

「誰?」

 この個性的な鼻声……。

 もしやと振り向くと、そこにはねえさん、三二美ねえさんがいた。

「……もしかして、ねえさん?」

 いぶかしそうに首を傾いだ後、ねえさんは自信なさげに僕の名を呼んだ。

「うしお……なの?」

 僕は、一瞬どうして良いか分からず、戸惑った後にうなずいて返した。

 この夢とも幻ともつかない世界で、十九の僕は、生前のうら若いねえさんに出会ったのだ。


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