第1話 勇者、ゾンビになる
魔王の城の最奥の間にて。
今、人々に恐怖をもたらした魔王が滅びようとしている。
「はは──はははははははは!!」
たったひとり、魔王の間に飛び込んだ〝勇者〟──俺の剣に貫かれて。
「滅びるのか……この儂が! ここで、こんなところで!」
「そうだ。お前は死ぬ。ここで殺されて死ぬんだ」
俺は魔王に囁きながら、ぎりっと剣を握る手に力を込める。
心臓にブッ刺したはずなんだが、少しでも力を抜けば剣ごと吹っ飛ばされて俺の方が死にそうだ。さすが魔王、心臓を刺したくらいじゃ死なねえなあ……ってほんと勘弁して欲しい。
「──そうか……」
呟きとともに、わずかに魔王の体から力が抜けたようだった。
「──だが、儂だけで死ぬものか!!」
──まだこんな力が残ってたのか!?
魔王の身体からぶわっと魔力が放出されるのを感じて、俺は反射的に吹き飛ばされまいと踏ん張った。だが逆だ。最後の力を振り絞って、魔王は己の心臓を貫く剣、そして俺の腕を掴んでくる。
これでは俺は逃げられない。いや魔王は逃がすつもりなどないだろうが。
「勇者よ──ラグ・シャーウッドよ。この死界の王を討ち取った褒美をくれてやろう!」
愛剣が一瞬にして黒く染まり、闇が柄を伝って俺の身体まで染み込んできた。
魔術──それも呪いだ。喰らえば間違いなく死ぬ類の。
「く……ぐうっ……」
ぞわぞわと、自分の腕が自分のものでなくなっていくような感触。
だが俺は剣を手放せない。俺にも、そして仲間や人間たちにも余力など残っていない。魔王は何が何でもここで仕留めるしかないのだ。
「ふっ、相討ちを選ぶか。それでこそ我が仇敵よな」
「別に、一緒に死ぬつもりはなかったんだけどね……」
「だが、死界の王を殺してまっとうに死ねると思うなよ──人間!」
魔王が高らかに吠えた。
「勇者よ、貴様は屍となって永遠に地上を彷徨い続けるが良い!」
「彷徨う屍……?」
それはもしかして。
「それって、ゾンビのことか?」
「然り! 正しく弔われることもなく、魂の救済もなく、その身を朽ち果てさせながら永遠に死界の王に逆らった愚かさを悔いるが良い!──はは、はははははははははは!!」
魔王は心臓を貫かれてなお哄笑した。
それは地上の人々を絶望に突き落としたモノの断末魔であり、死に際して刻まんとする呪いだ。憎悪がそのまま形を成した邪の王は、滅びゆく瞬間までその在り方を変えることなどない。
だが。
「あ、それでいいの?」
「な、なんだ……と……?」
俺に呪いをかけながら、魔王は目をぱちくりとさせたようだった。
いや魔王の最終形態って牛と熊と蛇を掛け合わせて五十倍にしたような見てくれなんで、目と鼻の区別も正直あまりつかないんだけど、口調からしてたぶん。
「知ってるか? ゾンビって無限コンティニューなんだぜ」
「へ?」
「だって斬られても落ちても死なないし。もともと死んでるからだけど。身体をくっつければ元通りで超便利」
「う……うむ?」
「それに俺、ガキの頃からずっと剣の修行と旅しかしてなかったから稼げそうな資格とか持ってないし、戦いの後どうやって生計立てようか悩んでたんだよ。でもゾンビになったら食費はかからないし、いやー助かるわ」
ゾンビとは何らかの理由で〝起き上がった〟死体のことだ。
要するに死んでるけど死んでない状態。たいてい知能はほとんど失われてるし、のろのろ周囲の声とか命令に反応して、ほっとくとだんだん腐っていくんだけどね。
そんなに役に立つものじゃないんで、普通は死霊術師が墓から死体を掘り起こして使役する程度だ。
「まあ寝るとこはさすがにないとちょっと辛いかもしれないけど、でも別に凍死とかしないだろうし。あ、腐敗防止の魔術で凍った指とかも治せるのかな?」
「儂が知るか!!」
さっきの断末魔よりも大きな声で魔王は叫んだ。
「り、理性や自我を失うかもしれぬのだぞ!」
「人並みの理性とか知性があったら、そもそも魔王の城に突っ込んで来ねえよ」
「うっ、……確かに」
俺程度に論破されて大丈夫かこの魔王。俺はゾンビになっても今までとたいして行動が変わらない自信があるぞ。今もその場の気分で喋ってるだけだし。侵食中の呪いがすげえ気持ち悪いけど。
「き、貴様、それで良いのか……?」
「いや良くないけど食えなくなるより食えない方が良いかなって」
「いや何を言っているのかわからぬぞそれは」
残念ながら、魔王には人間社会の世知辛さは理解してもらえなかったようだ。
まあ、別に理解してもらう必要もないんだけど。
「つーわけでゾンビにしてくれてありがとうよ! いい加減とっとと逝きやがれ、魔王!!」
「ちょっと待ってタンマ、今のなし、せめて呪いだけでもやり直してから……」
「待つかド阿呆!!」
──かくして、恐怖の魔王は滅びた。