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二年生の夏休みの出来事

スマホで読みやすいように編集中しました。

 ――明日から夏休みだ。


 よし、部活に燃えてやるぜ。それから、宿題は7月中に終わらせるぜ。

 ――毎年終わった試しはないけど。

 

 学校からの帰り道、薄暗くなった空に輝く一番星を見上げて、右手のこぶしをぐっと握りながら、僕は明日からの夏休みの誓いを立てた。

 周りの田んぼを通って吹いてくる風が心地よかった。

 

 家に帰って夕食を食べるとすぐに、僕は自分の部屋に籠もった。明日からの部活の計画を立てるためだ。

 

 僕の入っている部活は美術部。部活といっても部員は僕一人だけの部だ。

 

 僕の中学校には部員一人だけの部が3つもある。美術部の他に、卓球部と柔道部だ。

 

 部員一人でも活動できるだろうということで廃部にならなかったそうだが、美術部はいいとしても、卓球部の鹿島先輩は、毎日毎日壁に向かってピンポン玉を打ち続けている。

 ――かわいそうだ。


 柔道部の与田は、毎日受け身の練習で道場を一人で転げ回っている。

 ――かわいそうだ。

 

 でも仕方がないんだ。なにしろ僕の中学校は、年々生徒数が少なくなって、今では全生徒数が十六名しかいない。

 十六名のうち男子五名がバスケット部で、女子六名がバレー部、帰宅部が二名。残った三人が部員一人だけの部だ。


 人数的には多いが、バスケット部の男子連中もバレー部の女子たちもキチキチの人数しかいないから、病気や怪我なんて絶対出来ない。メンバーの誰かが怪我や病気になったら試合にも出られなくなる。

 ――かわいそうだ。

 

 さて、美術部員としての僕が立てた明日からの活動計画はこうだ。中学校の校舎にトロンプルイユを描く。

 トロンプルイユはフランス語で、日本語に訳すとだまし絵のことだ。英語で言うとトリックアート。

 でも、僕はフランス語のトロンプルイユという発音の方が好きだ。

 ――どうでもいいことだけど。

 

 つまり、夏休みを利用して、校舎にトロンプルイユを仕掛けるんだ。

 そして、体育会の時に一〇〇メートル走のゴール直前で、ど派手に転んだ僕を笑い、それ以降、僕のことを『ドテッ』と呼んでいる全校生徒を驚かすんだ。

 後輩の一年生なんかは一応『先輩』という単語をくっつけているが、『ドテ先輩』とはどういうことだ! 

 

 だから彼らを驚かして、腰を抜かして転ぶところを見てやるんだ。

 しょーもない仕返しだと思われるかもしれないが、絵を描く以外に才能がない僕には他に方法はないんだ。


 うう…、自己嫌悪がこみ上げてきた。

 

 それに、夏休みの間は、先生たちは隣町にある宇布津第一中学校(第三中学校の本校みたいなやつ)の方で研修会があってるし、運動部のみんなは夏休み期間中、第一中学校まで、僕の村からは朝夕二往復だけのバスに乗って三十分かけて合同練習に行ってるし。

 

 そう、夏休み中は誰も学校に来ない。僕一人だけだ。だから、計画が実行できる。

 

 僕は校舎の見取り図をまず描いた。そしてその見取り図の中に、どんなトロンプルイユを仕掛けるのかを記入していった。

 次にリュックの中に必要な道具を詰め込む。たいていの物は学校の美術室にある物で事足りるが、無い物もある。例えば、小さくても強力な磁力をもっているネオジム磁石だ。


 これは、絵を描いたベニヤ板を校舎の壁に取り付ける時に使う。まさか直接校舎に描くわけにもいかないから、着脱可能にしておくわけだ。校舎の壁に小さなネオジム磁石が付いていたとしても、すぐにはバレないだろう。

 

 そのベニヤ版は夏休み前に型どおりに切ってある。夏休みになって誰もいないはずの校舎から、電ノコの音がしたらまずいからだ。


「あとは、これかな…」


 僕は呟くと、細密用マイナスドライバーとヘアピンを一本ズボンのポケットに入れた。




 翌日の朝早く、僕は中学校に向かった。

 …失敗だった。

 

 柔道部の与田仁也(よだじんや)がいた。

 仁也は学校の玄関の扉の前で、なぜかにこにこしながら立っていた。


「よう、シュン」


 いつもは僕に話しかけてこない仁也が、なぜか親しげに僕の名前を呼んだ。

 悪い予感がした。


「や、やあ。お、おはよう仁也くん」


 自分の声が若干震えているのがなさけない。

 

 仁也は学校一の暴れん坊なのだ。

 普段は柔道部顧問の古賀先生が、彼ににらみを効かせているから大丈夫だけど、今日はその先生は隣町だ。


「いいところにきたな。ここの鍵開けてくれないかな。おまえ得意だろ、鍵開けるの」


 なんで仁也が僕の特技を知ってるんだ! と考えて、すぐに思い出した。

 

 二週間前に、美術室に忘れ物をした。でも職員室に鍵を取りに行くのが面倒くさくてピンを使って南京錠を開けたのだ。そのたった五秒の作業を仁也に見られてしまったのかもしれない。


「柔道着持って帰るの忘れちまってさ。古賀先生に知れたら怒られちまうよ。柔道家が道着を忘れるとは精神がたるんでいる証拠だなんてな。で、どうしよかなって考えてたらおまえのことを思い出したのよ。シュンが今日学校に来るんじゃないかってな。ビンゴだったぜ。もしかしたら、俺そっち系の能力者かも」

 

 自慢げに仁也が言った。

 ――違うと思う。

 

 仁也のはエスパー系の能力じゃなくて、ただの野生の勘だ。エスパー系の能力者は、全世界に数人しかいないすごくまれな能力者なのだから。

 仁也はどこをどう見ても、エスパーというよりは野人だ。


 こいつの名前、与田仁也(よだじんや)を反対から読むと『やじんだよ』になる。

 名は体を表すというらしいが、まさにこいつは当てはまっている。

 

 それにしても、この仁也までもが自分を能力者かもしれないと考えてしまうとは、能力者検定試験は罪作りな試験だ。

 

 もっとも、一般の高校入試の数日後に行われる能力者検定試験に合格すれば、聖技能学園へ入学が許され、更に学園で能力を磨いて能力認定試験に合格すると、政府公認の『異能力者』の資格が与えられる。

 そうなれば、ほとんどの制約がフリーパスになる。ただし、正義の味方として活躍するという条件付きだが。

 でも、誰もが子供の頃一度は憧れるヒーローになれるんだ。

 ただしヒーローと言っても、子供向けのTVや映画で主人公になって出てくるようなヒーローを想像したら大間違いだ。

 

 ファイター系の能力者なら、土派手なアクションで活躍をするヒーローにもなるのだろうが、ヒーローにも色々ある。活躍の場面は地味だけど、みんなのために活動する立派なヒーローだっている。

 

 ブラックジャック(今では伝記にもなっている、かの手塚治虫先生が生み出された天才外科医の名前だ)系の能力者は、医療の最先端で多くの命を救っている。

 最近では遠隔手術が出来る機械、ダヴィンチを使って多くの遠隔外科手術をこなしているらしい。

 

 アインシュタイン系の能力者が、どんな活躍をしているのか僕は詳しくは知らないけど、最近はエネルギー問題に取り組んでいるらしい。

 

 そして、シャーロック系の能力者が、僕たちに一番親しみのあるヒーローの能力者だ。

 彼らは、その類い希なる推理力を駆使して、多くの犯罪の謎を解決している。

 

 色々な系がある中で、最高の異能力と呼べる系がある。それがエスパー系の能力者だ。

 超能力とも呼ばれている能力は、マジックでも再現が可能だから、特に慎重に検定試験が行われている。

 この系の能力者は世界に数人しかいないらしい。

 

 ところで、マンガやテレビのヒーローは、ほとんどのヒーローが無償、つまりボランティアでやってるが、この政府公認のヒーローはちゃんと給料が支払われる。それも高額の。しかも必要経費は別途支払われる。

 ヒーローとして活躍できるワクワクした毎日を過ごすことができて、給料も高い。

 ――う、羨ましい。

 

 それに、もし能力認定試験に合格できなくても、聖技能学園へ入学できた時点で国立の大学への入学は殆ど保証されてる。

 特にブラックジャック系の能力者は、能力認定試験に合格してもしなくても医学部への入学がすんなり認められるのだから、すごいよねえ。

 もっとも、ブラックジャック系の能力者は専門的な分厚い医学書も二十分程度で理解できるというすご技をもってるんだから、一般の大学入試を受けてもすんなり突破できる実力はもってるんだけど。

 

 でもなあ、何の能力もない僕が(あ、この場合の能力は異能力のことね。僕の名誉のために一言付け加えておくね)、いいなあと憧れても仕方がないことなんだ。


「おい、シュン。おまえ何、ぼーーとしてるんだよ。早く鍵開けようぜ」


 野人、いやもとい、仁也に頭をこづかれた。こいつは何気に人の頭をよくこづく。

 ちょっと前に、一人で受け身の練習をしている仁也のことを、かわいそうだと言ったが訂正する。


 ちぃーともかわいそうじゃない。こいつに頭をこづかれる僕の方がもっとかわいそうだ。

 

 僕は仁也をキッと睨んだ。ゴリラの親戚でもいるんじゃないかとつい思ってしまう顔が、不思議そうに僕を見る。


「どうしたんだ、シュン。ウンコでもしたくなったか? 」


 こいつに表情で自分の気持ちを伝えようとした僕がバカだった。


「ち、ちがうよ…」

「じゃあ、早く開けようぜ」


 仁也がニコニコしながら僕の背を押した。


 扉の前に立った僕は、ズボンのポケットからマイナスドライバーとヘアピンを出した。

 扉の鍵穴にその二つを差し込んで十秒も経たないうちに、カチリと音がした。


「あ、開いたよ、仁也くん」


 仁也の方を向く。


「おお、心の友よぉ」


 仁也が手を広げて大げさに抱きついてきた。どこかのアニメで見たシチュエーションに似ている。

 で、こいつの場合も馬鹿力だ。


「い、痛いよ、仁也くん」


 背骨が折れるかと思った。


「あ、すまん、すまん」


 仁也が手を離した。


「でも、すごいな。あっという間に鍵開けるんだから。おまえも能力者かもな」


 仁也が驚嘆してくれているが、ちっとも嬉しくない。鍵を素早く開けることができるぐらいでは能力とは言わない。

 第一、それではヒーローにはなれなくて、出来るとしたらただの空き巣だ。

 アルセーヌ・ルパンみたいな怪盗紳士ならアンチヒーローとしてカッコイイが、空き巣はダサイ犯罪者だ。僕はため息をついた。


「それじゃ、道着取ってくるから、おまえここで待ってろな」


 仁也が命令口調で言った。


「えっ、ぼ、僕も中に用事があるんだけど」


 言っても無駄だとわかっているが、とりあえず言ってみる。

 ――こづかれた。


「誰か先生が来たらまずいだろ。先生が来たらおまえはすぐに鍵をかけるんだ」

「えっ、せっかく開けたのに」


 また、こづかれた。こいつ人の頭をこづきながらじゃないと喋れないのか?


「鍵をかけて、そして先生が近づいたらこう言うんだ。『先生、忘れ物をしたんで開けてください』ってな。そして、先生が鍵を開けてくれたら、校舎の中に入って大きな声で『先生ありがとう』ってな。それが、俺への合図になる。俺はどっかからこっそり抜け出す」

「な、なぜそんなに、コソコソするの? 」

「だからあ、古賀先生に俺が道着忘れたこと知られちゃまずいだろ」


 ゴツ☆


 四発目だ。こづくと言うよりどつくが正しいような四発目だった。


 僕はもう黙ることにした。黙秘権だ。

 ――意味は違うけど。

 

 仁也は鼻歌を鳴らしながら(こいつの場合、鳴らしながらが正しい日本語の使い方だ)、校舎の中に入っていった。

 そして、十分待っても出てこなかった。




 どちらかというとのんびり屋の僕も、さすがにしびれをきらした。

 校舎の中に入る。

 仁也くんと声をかけようとして思いとどまった。

 

 ……空気が変だ。そう感じた。

 

 かび臭い、湿った土の匂いが漂っている。夏休み前には嗅いだことがなかった匂いだ。

 

 僕は匂いが漂ってくる方へ向かって歩き出した。玄関から左の方向だ。出来るだけ音を立てないように気をつけながら。

 普段なら歩く度に音がする木造校舎の廊下なのに、今日に限って全く音がしない。

 音を立てないようにと気をつけるだけでそうなるのだから、やっぱり僕は空き巣向きか? 


 な、なさけない…。

 

 そんなことを考えて歩いているうちに、旧校舎から新校舎に変わる場所に来ていた。

 新校舎は旧校舎があまりにも古くなりすぎたのが理由で増築されたものだ。

 なにしろ旧校舎には、雨が降ったら雨漏りがセットになっている教室が三つもあり、そのうちの一つは、雨漏りではなく雨大盛り一丁とでも言うような豪華セットになっていたので、もうその教室では授業が出来なかった。

 新校舎は去年の冬に完成した。

 

 その新校舎の一階廊下の突き当たり、一番端っこの教室から人の声がした。大人の男の声だ。


「もっと、そっち掘ってみろ」


 耳を澄まして聞くと、そう言っていた。命令しているからには一人ではない。


 僕は抜き足差し足忍び足で、声がした教室に近づいていった。そっと教室の中をのぞき込む。教室の中央のところに男が二人いた。

 いたと言っても、二人の上半身しか見えない。

 なぜなら、教室の中央部分の床板が外され、二人の男はその空いた穴の中にいたからだ。手にはスコップらしきものをもっているようだ。

 

 視線を教室の奥に向けると、仁也がいた。手足を縛られ芋虫みたいに床に転がされている。口には猿ぐつわを咬まされ、モゴモゴうなっているのが遠目でも分かった。

 ……あいつ、柔道を習っているんだよなあ。やっぱり、受け身ばっかりの練習じゃ役に立たないのかな。

 

 僕は教室の中の緊迫した状況を見ながら、そんなことを考えた。

 

 ……どうしようか?

 ……見捨てて帰るか。

 ……でも、助けないとな。

 

 嫌なやつでも、クラスの仲間だ。たとえ野人でも仲間である。

 あそこに捕まっているのが仁也ではなくて、美少女なら迷うことなく助けようとするだろうが、

 ……残念だが仕方がないのだ。

 

 警察に連絡することも考えたが、このど田舎では警察の人が来るまでに時間がかかりすぎる。それに校舎に忍び込んでいたことが先生たちにバレてしまう。

 僕が仁也を助け出すのが一番いい方法だと思った。

 

 僕は、そっとその教室から離れた。

 足音を立てないように気をつけながら旧校舎まで戻る。玄関を通り過ぎて更に奥に進む。突き当たったところにある教室が美術室だ。

 鍵を特技の早業で解錠すると、わずかに戸を開き美術教室の中に身体を滑り込ませた。

 さっきの教室から一番遠くにある美術教室だ。彼らが穴掘りの作業をしている限り、少しぐらいの物音では気付かれる心配はないだろう。

 

 僕は夏休み前に用意していた大小様々なベニア板を机の上に並べた。その内の二枚の裏面の角にリュックの中に入れて持ってきたネオジム磁石を超強力速乾ボンドで付けていく。

 そのうちの一枚は小型の肉食恐竜を描こうと思って切っておいたベニアだが、うまい具合にその形が、これから描こうと考えたものに適していた。


「さてと…」


 今度は水性ペンキを順序よく並べた。これで絵を描く準備は完了だ。


 次に僕は、ネオジム磁石数個をポケットに入れ、手には超強力速乾ボンドを持って美術教室を出た。

 再び足音を立てないようにして校舎の中を動き回る。そしてこれと思った場所にネオジム磁石をボンドで貼り付けた。

 絵が完成する頃には、ネオジム磁石は完全に固定されているだろう。二カ所に同じような作業をした後、僕は再び美術教室に戻った。

 あの男二人があそこで何かを掘り返しているのなら、そして、もしそれが僕が思ったとおりの物なら後二十分くらいは大丈夫だろう。

 なぜなら、彼らが探している物は、僕がもう既に掘り返して手に入れているからだ。

 つまり、彼らは既に無い物を探して地面を掘っていることになる。彼らが諦めるか、他の場所ではなかったかと思い直すまで二十分ぐらいは掘り続けるだろう。


「よし、やるかあ」


 僕は刷毛を手に取ると描き始めた。

 僕が絵を描くスピードは異常に速い。とにかく速い。そして絵の完成度は全校生徒の中でも一番うまい。

 まあ、全校生徒といっても十六人しかいないので、単なる井の中の蛙かもしれないけど。

 

 ところで、今でも井戸というものがあるのだろうか? こんな田舎の僕の村にもないのに。

 そして、その中に蛙がいるとなると、蛙の種類にもよるだろうが、不衛生でセキュリティのずいぶん甘い井戸だと思う。


 蛙の中には、毒をもっている種類もいるはずだ。そんな井戸の水など、僕は絶対飲みたくない。仁也が飲めと命令しても断る!

 

 仁也が、僕に対してそんな命令をしているのを空想した。

 やっぱり仁也を助けるのやめようかと思ってしまった。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。


 とにかく僕は二十分間で二枚の絵を描き上げた。そのうちの一枚は未完成だが、これはそれでも大丈夫だろう。

 

 僕はできあがった絵を一枚一枚運び出し、先ほど取り付けておいたネオジウム磁石の場所にそれぞれ貼り付けていった。その後、階段を上がって、旧校舎の二階への入口を塞いでいた陸上のハードルを脇にどけた。

 

 旧校舎は、老朽化が進みすぎて雨の侵入を防ぐことができず、特に二階の廊下の床板は腐りかけている。宇布津第三中学校の生徒や教師は皆が承知していることだ。

 

 僕は音を立てないようにして階段を下りると、校舎から出て男たちが穴を掘っている教室に近づいた。


 ここでの作業が一番危険な作業になる。

 僕は教室の中の男たちに気付かれないように、彼らの動向に注意しながら、ポスカを使って、サッシの窓にあるものを描いていった。

 

 男たちは最後まで窓の外にいる僕のことに気付かなかったが、仁也だけは野人の感で僕に気付いたらしく、モゴモゴのうなり声が大きくなった。

 僕は人差し指を口に当てて「しー」というジェスチャーをしてみせたが、やっぱり仁也には伝わらなかった。


「はあぁ」とため息をつきながら僕は身を隠した。


 でも、そんな仁也のモゴモゴの音が役に立った。


「おい、やばいぞ」


 男たちの声が聞こえた。

 仁也のモゴモゴの音で、地面を見ていた顔を上げたのだろう。

 その時彼らが見たものは、遠くの農道をこちらに向かって走ってくる、赤色灯を点けたパトカーだった。

 とは言っても、そのパトカーは僕がサッシの窓に描いた絵なのだが。

 

 決して自慢して言っているのだけど、パトカーの絵は彼らの目の位置も考えて、その目線の延長上で、ちょうど農道の上をパトカーが走ってくるように見えるようにしていた。

 近寄ってじっくり見れば、それが絵だということに気が付くかもしれないが、警察が近づいていると思って慌てている彼らには無理だろう。

 

 案の定、彼らは大慌てで穴の中から出てきた。


「おまわりさーん、この教室です」


 僕は、大きな声でそこにはいない警察官を呼んだ。彼らが教室の窓から逃げ出さないようにするためだ。


「おい、逃げるぞ」


 どちらの男が言ったかは分からなかったが、男たちが教室から廊下に出た。


 僕は、男たちに見つからないように身をかがめて、すばやく廊下の横を走り彼らの前に回り込んだ。

 あらかじめ空けておいた旧校舎の廊下の端の出入り口まで猛ダッシュする。

 男たちは玄関の方からは逃げ出さず、教室を出た時に目に付く旧校舎の端の出口の方まで来るに違いないと踏んでいたとおり、彼らはまっすぐにこちらにやってきた。

 その出口を出た所には体育館があり、その体育館を回り込めばトウモロコシ畑があるので、彼らにとって隠れるのには都合がいいのだ。

 

 僕は空けておいた出入り口の扉を閉めた。

 

 彼らは、相当慌てたに違いない。逃げだそうとしていた場所に、急に警官が現れたのだから。


 もちろん、もう賢明なキミはもう気付いているだろうが、その警官も僕が超リアルに描いた絵だったんだ。それを扉に貼り付けておいたんだ。

 おまけにその絵の警官は、日本の警官が絶対にやらないような姿で立っていた。銃を両手で持ち、正面に向けて狙いをつけているんだ。

 

 僕は見たことがないけど、すごく昔のテレビドラマで、『西部警察』とかいうのがあって、そこに出てくる警官は、犯人に向けてばんばん銃を乱射していたそうだが、実際にはそんなことをする警官はいないはずだね。もしいたとしたら処罰もんだ。

 

 しかし、パニックを起こしかけている男たちには、そんな冷静な判断は出来なくなっていたのだろう。「ひえっ」となさけない悲鳴をあげて踵をかえした。

 

 そんな彼らの目に映るのは、僕が描いたもう一つの絵、絵と言うよりマークと言った方が正しい。

 それは赤い矢印だ。

 それが旧校舎の二階に上がる階段の所に取り付けてある。

 きちんと正確に描いたわけではないから、僕から言わせると未完成の作品だが、相手に意味が通じればいいんだ。


 その矢印の方向は二階の方を向いている。

 

 人はパニックに陥ると簡単に誘導されやすい。詐欺なんかもそうだ。詐欺を行う者は、狙う相手に不安感を与え、軽いパニックを起こさせて、自分の有利な状況に誘導していくのだそうだ。

 男たちは、その赤い矢印に誘導されてしまった。

 あまりにも簡単なトリックに見事に引っかかってくれたので、僕はかえって心配になった。

 日本の未来は大丈夫なのかなと。


「うわぁー」という叫び声と、バリバリバリという音が同時に聞こえた。

 僕は階段を駆け上がり、そっと二階の廊下をのぞき込んだ。


 二階の廊下の中程付近で、二人の男が、踏み抜いた廊下の床の中にいた。胸の近くまで床の中に埋まり身動きがとれないでいた。

 やがて、「おまわりさーん。助けて下さーい」と情けない声で助けを呼び始めたんだ。




 以上が、僕が二年生の時の話だよ。

 

 えっ? 説明が足りないって?

 

 あ、そうか。じゃあ、付け加えておくね。

 

 その後、僕は仁也を助けに行って、彼の縄をほどいてやったんだ。

 その日は、仁也の「おお、心の友よぉ」を二回訊く羽目になったよ。

 

 あ、仁也のことじゃなくって、二人組の男たちのこと?

 

 あの二人の男が探していた物は、やっぱり僕が以前に掘り出していた物だったんだ。

 僕が一年生の時の夏休みに、二人組の男が校庭に一本立っていた杉の木の根元に何かを埋めているのを校舎かの中から見たんだ。その時も、夏休みで学校には誰もいなかったから、隠し場所には最適だと思ったんだろうね。

 そこで、僕は彼らがいなくなってから、そこを掘ってみたんだ。


 中から何が出てきたと思う?

 

 そう、宝石。こーんなに大きなブルーダイヤモンド。でも、なぜ、宝石と分かったの?

 

 ああ、なるほど。


 僕らが中学一年の時に宝石盗難事件の報道があったのを記憶していたのか。

 やっぱりすごいね、きみは。さすがにシャーロック系の能力者だ。

 

 でも、彼らが盗んだその宝石は、本物じゃなかったんだ。良く出来た偽物。


 僕はその時宝石の知識なんか何も持ってなかったけど、それを手にした途端、それが偽物だと分かったんだ。

 

 なぜ、偽物って分かったのかって? 


 うーん、不思議なことだけど何となくね。

 

 彼らは、その偽物を本物とずっと信じていたんだ。悲しい人たちだね。

 

 えっ、泥棒に同情する必要はないだろうって? 


 きみはもう分かっているんだろう? 彼らが僕の中学校をほとぼりが冷めるまでの宝石の隠し場所に選んだわけを。

 

 そう、そのとおり。

 

 彼らは、僕の中学校の卒業生、つまり僕の大先輩になるんだ。

 

 彼らは僕の中学校では、ハリウッドにメイクアップ技術を学びに行ったと言うことで有名人だった。

 そして、本当はそんな事実はなかったのだが、大ヒットした映画のスタッフとして活躍しているという噂もあった。

 

 彼らは久しぶりに帰省した体を装って、宝石を隠しに来たんだ。杉の木の根本には、彼らの代の卒業生が埋めたタイムカプセルもあったらしいので、その近くに埋めておこうと思ったのかもね。

 彼らはよっぽどの小心者だったのだろうね。他にも隠す場所はあっただろうに、そんなところしか思いつかないなんて。

 

 ま、そんなことどうでもいいや。

 

 彼らにとって不幸だったのは、僕に宝石を隠している現場を見られたこと。そして、翌年新校舎が建てられることを知らなかったこと。その建てられる理由が、旧校舎の二階の廊下が腐るほど老朽化していたということを知らなかったこと。そして、何より一番不幸だったのは、彼らがもっと悪い奴らにだまされて利用されていたことなんだ。

 

 そしてそのことが、僕にもう一つの能力を開花させるきっかけになったんだ。

 

 えっ? ボクはそのことが訊きたいって。

 

 分かったよ。さっきより話しが長くなるけどいい?


 笑顔でうんうんって首振って、訊く気満々だね。分かったよ、じゃあ、話すよ。

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