どこかで見たような風景
Prolog side K
ちょうどその日はやってきた。
─あぁ、やっと終わる。
始まりが終わりを呼んだのか
終わりが始まりを呼んだのか
そんな事はどうだっていい。
やっと…やっと君を救えるかもしれないんだから。
◆
the dove side
──作野千年は親戚の恩情により、大学は理系に進み、特に医療について学んでいる。
本日の学科は既に済ませ、課題研究も済んでいるので研究室に行く必要もないようだ。
──私から見た彼は一言で言えば努力出来る天才だった。ただ性格等はなんとも言えなかった。
友人と呼べる者はなく、恋人等もなし
それもそのはず彼は大学内で笑わない貴公子と呼ばれる孤高の存在だった。
正確に言えば笑わない、怒らない、哀しまない、ただの鉄仮面に過ぎないけれど…いや、彼は付けるべき“仮面”など失っていたのだったな。
さて、そんな彼がサークルなどに入るだろうか、いや無い論外。
自分の生活の邪魔にしかならないと思っているのだろう。
しかしだ。そんな、彼にもつきまとう一人のしつこい男がいた。
「作野くん!」
顔に見覚えがある、確か作野千年と同じ科目をいくつか取っていた。
「…なんだ」
名前は思い出せないようだ。
だが、これはいつものこと、前戯のようなものだった。
「な!天文やっぱり興味無い?」
「ない。」
「即答かよ!そんなこと言わずに見学だけでもおいでよ!イケメンって星を眺めるだけで絵になるでしょ?鉄仮面でも」
「それは俺に何の得がある。というか誰だお前」
「得かぁ~美女が股開いてくれるんじゃない?ってか、名前名乗ったよ~」
「覚えてない」
「道真 太輔~、二回目だよ」
「うるさい、興味もない。」
「アハハそっか!じゃ、また明日ね」
道真と名乗る男は余裕綽々のその軽薄そうな…いや実際軽薄な顔でヒラヒラ手を振ると外の方へ歩みを進めていった。
そもそも明日作野は大学に訪れる予定などないので、約束などする意味が無い。
元々帰ろうとしていた作野はこのまま進めば後を追う形になり再び出くわすかもしれないと思ったのか、そのまま踵を返し、図書館へと向かう。
『相変わらず変化は無しか…』
ぶつぶつひとり言を喋る俺も旗から見れば陰気キャラだろう
見えればだが。
『あ』
──ふと上を見上げると、雪が降り始めた。
◆
side S
23時45分
雪はとうに、やんでいた。
かじかむ手をポケットに突っ込み、なんとなく重苦しい心を引きづって俺は歩みを進める。
どこへと決めて進んでいるわけではない
薬が切れ、眠れない夜はこうして何も考えず彷徨う。
昔からの習慣。
しかし、今日はある意味では都合が悪かった。ほとんど退けられた雪はアスファルトを歩く分にはそれほど苦ではなかった。だが思っていた以上に道の造りは似るものなのか
「…」
意識を離して、歩んでいたせいで見かけない十字路の真ん中に立っていた。そこが近所なのか相当離れた場所なのかは判断がつかない。
「…」
つまりは迷子
しかしここでも不運が重なる。
いそいそと指先に触れている携帯端末を取り出し、マップを出そうとホームボタンを押す──
「…」無反応。
画面は真っ暗なままでそれは充電切れを示している。
「…」
出る前は40パーセントほど残っていたのに…と眉間にシワを寄せる。そういえば、今まで何度か充電が突然無くなり電源が落ちることがあった
多分そのせいだ。
仕方ないと作野は再度ポケットに手を突っ込み、十字路を右へと曲がった。
「…くそ」
右に曲がった。右に曲がったのはいいのだ。いやよくはないが。
果たしてここはどこだ
そこは見かけない団地だった
あたりをキョロキョロ見るが、一体自分がどこまで歩いてきたのか検討もつかない。
「…」
見かけない道を歩むのは嫌いではないが、まさかこの年で迷子とは…
誰かに聞くことも躊躇われるうが、それ以前に俺以外歩いてるやつがいない。
まるで空の闇に全てを吸い込まれたようだ
深いため息をつくが、そうしていたってどうしようもないことを判断し、更に右に曲がると、一際大きなマンションの隣に比べ物にならないほどこじんまりとした木造のアパートが目に留まる
勝ち組と負け組
目に見える格差
というやつだろうか。
「……似てる、な」
思わず小さくこぼれた言葉をすぐさま飲み込み、再び前を向いてアパートを通り過ぎる。
俺は更に右に曲がり、元の道に差し掛かろうとした時だった
「…?」
ナニカガイタ。
さっきまでの視界に違和感がある気がして、逆再生のようにバック歩行をする。
まっすぐな道
二階建てのアパート
そこにある小さな階段
小さな庭に積もる雪
過不足な点は無いはずなのに…払拭出来ない何かがある。
「スゥ……」
深く息を吸い込み、再びぐるりと見渡すと視覚からは、捉えられない若干の鉄の臭気を察知した。
俺は迷わず目を瞑り、匂いの方向に足を向ける。
ここまで近くにあって、しかしほとんどの人間からは認知されない─
──深夜
雪──
──薄い血の匂い
懐かしさ──
違和感の正体はあっさりと見つかった。
「…っ」
雪が不自然に浮いている。
まるで
まるで人が埋まっているかの様に
「…!」
俺は反射的に庭に駆け上ると、雪を払い、こじんまりとした何かを引っぱりあげた。
「…」
片手で持ち上げられる体の軽さ、肩まである長い髪、ダボダボでボロボロなTシャツ
そして足から流れる固まりかけてた赤黒い血の跡。
幸い、死人を拾い上げたわけではなかった。
「脈は…ある」
うっすら手首に脈と残る温かみを感じる。
しかし引っぱり上げたそれを抱き上げると、もうあと数分で死んでいた可能性は否めない。
年齢や性別は正直不明だが、抱き上げたそれは、幼子の領域を出ない子どもだった。
人間はこんなふうに真紫になるものなのかと正直驚きを隠せない
「おい…」
ペチペチと頬を叩くが意識は戻らない。
次に心臓の位置に耳を押し付ける。
動いてはいるが衰弱が進み、心音が弱まっている。
更に、どこか他に外傷は…と服を捲り、俺は目を微かに見開いた
これが、懐かしさの正体かは分からない。
はては因果なのかもしれない。
「このままじゃ、まずい…な」
ただ今はそんな事を考える暇が無いことは明白だ。
時間は刻一刻と流れ、子どもは死にかけ。迷っている暇などなかった。
俺は着ていたダウンを脱ぎ、それを子どもにかけて、ぎゅっと抱きあげると足早に家路の方角へ向った。
迷子などと呑気に考えている場合ではない
五感を研ぎ澄ませ、足早に家へと向かう。
俺はたった一言の言葉を掛け続けた
「死ぬな」
おはこんばんは、初投稿です。
早速主要キャラが死ななくてホッとしています。
色々な要素を入れているので混沌としていないか不安ですが、少しでも優しさに包まれたら幸いです。