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これだから人生は……っ!

作者: 蕪青年

軽い闇が混じっています。ちょっとだけ暗くなるので、とりあえずごめんなさい。

 電話のコール音をもう十数回聞いた頃、ようやく向こうから騒々しい音が聞こえてきた。

「はい、回転寿司屋トロ三番です」

 こちらの苛立ちなど知らない電話越しの声は暢気なもので、営業用とはいえ、その明るい声色には呆れてしまいそうだ。

「……あの、アルバイトがしたいのですが。求人を見たもので」

 コンビニに置かれているフリーペーパーに書いてあった中で、一番近所で給料もそれなりだったのがこの寿司屋だった。それに「平日だけでもOK!」という文句に心魅かれたのもある。

 金に困っているわけではないが、親が『少しは働け』と言うので、煩わしさから解放されるためにアルバイトを選んだ。

 大学に入ってから二年、慣れと理解によって出来た暇を埋めるために働くには、平日だけ働くのは理想的であった。休日は、既に職に就いている友人と遊ぶために確保したかったのだ。

 電話越しの声は男のものだった。どこで電話に出ているかは想像できないが、とにかく水の音と人の声がうるさかった。

 僕の言葉を受けた男は、少し困ったように声を低くした。

「すいません、今、担当の者に変わりますので、少々お待ちください」

 そう言うと、電話から聞こえる音が変わった。どこかで聞いたことがあるような保留音だ。

 少しの緊張を感じながら待っているも、なかなか受話器を取ってはくれない。

 なんなのだろう、この店は。店員全員が電話嫌いで、馬鹿みたいな譲り合い精神でも発揮しているのだろうか。それとも純粋に、取り次ぎに手間がかかっているだけなのだろうか。それはそれで苛立つけれど。

 フラストレーションの高まりを感じていたが、程なくして声が聞こえてきた。

「もしもし」

「あ、はい?」

 受話器から聞こえてきた声は、先程の男のものだった。

「あのですね。今、店長が出かけているみたいなんですよ。なので一応、連絡事項だけは自分が伝えますね」

 ――ちょっと待て。

 そう言いたい気分にもなろうものだが、それ以上にこの現実を受け止めることに精一杯だった。

 だが理解も終わらないうちに、男は畳み掛けるように口を開く。

「履歴書だけ、持ってきてください。写真は、必要ないそうなので」

「え……あ、はい、分かりました」

「面接は、火曜日に行います。時間は、えっと、二〇時からでよろしいですか?」

「えっと、はい」

「では、失礼しますね」

 電話は切られ、しばしの無音が耳に響く。

 数秒の後に、やっと理解が追いついてきた。理解しないまま返事をするのが悪い癖だと思ってはいても、反射的に出てきてしまうから恨めしい。

 どこか不満の残る電話の後、僕はフリーペーパーに備え付けの履歴書に、記入を始めたのだった。



 そして迎えた火曜日、面接の日。

 道路沿いにちんまりと建っているその寿司屋は、既に人の気配も疎らになってきていた。

 平日の夜というのはこんなものなのか、と思いながら店内に入る。

 入ってすぐのレジ係へと用件を言うと、ここでもまた「少々お待ちください」であった。

 どこかへ行ってしまった店員を追って行くわけにもいかず、店内をぼうっと眺める。

 疎らになってきたとは言っても、まだそれなりに人はいるようだ。レーンは滞りなく回っていて、寿司も多く皿に乗せられている。

 客の一人と目が合って気まずさを感じたとき、レジにいた店員が戻ってきた。

「すみませんが、今日はお客様が多くて面接どころではないそうなので、また後日にさせてもらってもよろしいですか? 金曜日の、午前十時なんですけど……」

 その予想外の一言に、若干体のコントロールが利かなくなる。

 どこか店員も気まずそうにこちらを見据えたままだ。頼むから、少しは目を逸らすくらいしてほしい。

 その空気に耐えられず、やはり僕は「分かりました」と言ってしまうのだった。

 本当に、『じゃあもういいです』と言えたらよかったのに。



 そんなこんなで来ちゃった金曜日、午前十時。

 さすがに営業時間内ではあるため客はいるようだったが、それでも火曜日よりかは歴然だ。

 同じように店内に入り、店員に声をかける。火曜日の人と同じでなかったのはせめてもの救いとなりえるだろう。

 お決まりの「少々お待ちください」から数分もしないうちに、店長らしきノッポの男が出てきた。今回は素早いではないか。僕もある意味客なのだから、少しは尊重してほしいものだ。

 通されたのは、店のファミリー席だった。その席に隣接するレーンは止まっている。応接用というよりかは、節電の意味合いが強いだろうけれど。

 対面に腰かけたノッポへと、持参した履歴書を差し出す。だがノッポは意外だとばかりに驚きを表情にした。

「えっと、ウチは履歴書はいらないよ?」

「……え? でも、電話では、『持ってきてください』と……」

「はは、誰だ? そんないい加減なことを言ったのは」

 ――いい加減なのはこの店自体だろうがっ。

 当然、僕のはらわたは煮えくり返りそうである。ここまで雑な扱いをされたことは、中・高の歴史を振り返っても見当たらない。

 帰りたい。

 そんな思いが胸に去来することは、致し方ないはずだ。

 ここで僕が取る選択は、一つだけだ。

 ――いかにして、この面接で落ちるか。

 もう既に、僕から働く意志は消えていた。

 だがそれすらも打ち消そうとするかのような一言が、その先には待っていた。

「それで、一週間にどれだけ入れるかな?」

「――土・日以外なら、大丈夫です」

 いくら落ちることが目的とはいえ、僕の緊張しいの頭では、咄嗟にいい案など思いつくはずもなかった。ただ無難な答えを言うだけだ。

 ここで『やっぱりやめます』と言えていればよかったのだが、平の店員にさえ言えなかった僕にはとても無理な話だ。

 心の奥で溜め息を吐き出したとき、店長の声音が変わった。

「あのさ君。土日入ってくれないと、雇うわけにはいかないんだけど」

 ここにきて、衝撃の一言。

 これにはチキンの僕も、抵抗せざるをえない。

「でも、求人には『平日だけでいい』って、書いてありましたよ……?」

 かなり控えめな抵抗は、やはり即座に潰される。

「ウチは飲食店だから。それくらい暗黙の了解として、当然のことだから」

 いつの間にか、ノッポの目つきまでが剣呑としたものに変わっていた。

 えも言われぬ威圧感を感じた。

 空気が淀むような幻覚まで見えそうだ。

 険悪そのものの空気の中で、僕の態度までもが変わっていた。

 怯えるでもなく、ましてや考えを改めるでもなく。

 ただ、冷めた目でノッポを見つめていた。


「じゃあ、いいです」


 やっと言えたその言葉に安堵するでもなく、僕はその場から立ち去った。

ごめんなさい、衝動で書いただけです。

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