王族会議 失脚
王族会議 二日目 正午
ラムを屈服させたアナたちは、三人+一人で城下町の喫茶店のテラスで四人仲良く紅茶嗜んでいた。
無論、敵に捕獲されたラムは凄まじくムスッとした表情でカフェテラスのテーブルに着いて、まずそうな顔で紅茶をすすっていた。
「紅茶はそんな顔で飲むものじゃありませんよー」
「紅茶のような高飛車な飲料は好きじゃない。人間なんぞ水さえ飲んでいればいいんだ」
「そうやって言い訳して皇帝が美味しいものを食べてるの屋根裏から見続けてたんですかー?」
「あんた人を煽る才能が戦闘能力よりも高そうだな!!」
いちいち煽ってくるアナに切れるラム。地下の奴隷船から喫茶店までの距離およそ20分にして喫茶店で紅茶とケーキを注文して5分、品が出てきてから食べ始めて5分の計30分の間に切れた回数5回である。
「最近の切れやすい若者というのは本当ですねー、暗殺者ならもっと感情を抑えないと」
「こ・の・や・ろ・う………」
そろそろラムがテーブルをひっくり返しそうなので、トルムは本筋の話を進める。
「さてラムさん、そろそろ話を聞かせていただけますか?」
「聞かせてやるからこいつ黙らせてくれる?」
「アナさん一旦からかうのやめて下さい」
「はいー」
さすがアナである。はいと返事をしながらラムに気づかれる事なくラムのケーキをアイの皿に移し替えた。
「ガウー!タベテイイノ!?」
「おい私のケーキは?」
トルムまで切れそうになったがそこは大人の余裕で平静を取り繕う。
「それでラムさん。まずなぜあなたが奴隷船の警護をしていたのか、我々が来ることがわかっていたんですか?」
「セルト陛下は迂闊な発言が多い半面、あれでも注意深い方だ。裏方向きの性格で、ミスを帳消しにする才能だけは天下逸品だ」
かっこいいのか情けないのかわからない評価だが、つまり隠蔽工作がうまいタイプの人間だ。
迂闊というのは「奴隷船に載せてやる」という発言のことだろう。
墓穴を掘りやすいが自分を墓穴に埋めようとする人間を始末するのに優れた才能。才能は活かされているが欠点のせいでプラマイゼロになっている。というか自分の欠点を埋める事にしか才能を使わない。才能の無駄使いである。
「では奴隷船に、というか地下に、誰もいなかったのはどういうことですか?捕まった方たちが何人かいると踏んでいたんですが、まさか一度出航して売って戻ってきたのですか?」
だとしたら最悪だが、
「いや、捕まえた連中は一度別の場所に移したんだ。あんたらが来るかもしれなかったから………」
「ではその人たちは今どこに?」
「さあ?私はあそこで待機してたから、どこに連れて行ったかは知らないな」
「思い当たりそうな場所は?」
「いくつかあるが、まさか助けに行く気か?止めとけ、ダミーの場所を10箇所は用意しているぞ、セルト陛下なら」
「お詳しいですねー。いつも一緒にいただけの事はありますねー」
「なんであんたはいちいち神経を逆撫でしてくるんだ………?」
またもやブチ切れそうになっているが、とにかく次にすべき事は見つかったので、
「では案内してください。全部」
「助けに行きましょうかー」
「場所は全部教えるから私を殺してくれ。捕まって情報を漏らしたなんて陛下に知られたら姉さんが何されるか分かったものじゃない」
「ああー、やっぱりお姉さんを人質にとられているのですねー。大丈夫ですよー、お姉さんも助け出してあげますからー」
「はっ、無駄だね。姉さんは陛下に娶られて、今やこの国の王妃さ。そんな事すれば誘拐犯どころかテロリストとして逮捕されるぞ」
「この国の王妃!?セルト皇帝は人質を王妃に!?いや王妃を人質にしたのですか………」
「どっちも正解だが、そんな事はどうでもいい。とにかく、もう姉さんを酷い目に合わせたくない。だから殺してくれ」
「あなたが死んでも大して変わらない気もしますけどー」
「ウチの主からはあなたを生け捕りにしろ言われていますので殺しません」
「暗殺者ってな、自分で心臓止められるんだぜ?」
「心臓止めても毒飲んでも私がいますのでまず死なせません」
「舌噛んで死のうとしたら私が顎はずしますのでー」
「鬼か!」
ラムはとりあえず変装して正体隠しておこうと決めた。
人間を隠す、となると場所はかなり限定される。それなりのスペース、騒いでも声が漏れない、人気がない、発見されにくい、などの条件があるが、そういう場所を限定して捜索すると意外と見つかってしまうのだ。故に裏をかく必要がある。
と、そこまで考えてやっと半人前である。では裏の裏をかいて一人前かと言えばそうではなく、裏の裏をかいて表にならなければ一人前だ。
そして勿論、アナは裏の裏に引っかかるような間抜けではない。
発見した隠し場所は、ダミーに見せかけた隠し場所のダミーに見せかけたスイッチを決められた手順で起動すると床がせり上がって地下へ続く階段が現れると言った物だった。
「よく見つけましたねこんなの………」
「一番巧妙に隠されたダミーが一番怪しいと踏んでいたのでー、正解だったようですねー」
地下へ続く階段を降りると、鉄格子に囲まれた個室の並ぶ湿った空間へ出た。その鉄格子の個室の中には囚われた人間たちが手枷足枷口枷三拍子揃って装着され、監禁されていた。案の定、女性や少女が多い。
「見張りはいませんでしたし、さっさと鍵を開けて助けだしましょうか………」
トルムが鍵の捜索を提案すると、金属のひしゃげる重くも甲高い打撃音が地下に響いた。
何事かとトルムが振り返ると、アナが鉄格子の錠前をかかとで蹴落としていた。そしてづかづか個室に侵入し、囚われている女性の枷をその細腕で引きちぎった。
「大丈夫ですかー。鍵、どこにあるかわかりますー?」
「あっ、あの、助けて…?」
「ええー、ここの人全員助けたいのでー、鍵の場所わかりますかー?」
「ありがとうございます!鍵なら奴隷商のボスが腰につけてぶら下げているのを見ました」
「うーん面倒ですねー。仕方ありませんー、私が全部手で取り外しましょうかー」
あまりにもたくましすぎるアナの言葉に助けられた女性までもが苦笑いになった。
そう多くない人数の枷を破壊し、最後の少女の枷を引きちぎる。
「さてー、皆さんを連れて、脱出するとしましょうかー」
「がーうー!」
アイがアナの言葉にノリよく応答する。と、
「え………カタリアちゃん?」
最後に枷をはずした少女がアイに対して疑問の言葉を放った。
「がう?」
「やっぱりカタリアちゃんだ………。どうして戻ってきたの!?キネアさんはどうしたの!?」
「がーうー?」
アイが訳がわからないとばかりに首を傾げる。
「この子を知っているんですかー?」
「知ってるも何もこの子は私と同じ修道院出身の子です!!セルト現皇帝の悪政に耐えかねて、キネアさんが反乱を起こそうとしたんですけど、先手を打たれて捕まりそうになって、キネアさんはカタリアを連れて国から逃げたんです。それなのにどうして戻ってきたの!?」
「キネアさんっていうのはー、もしかして長い黒髪の女性ですかー?」
「そうです!やっぱり貴方カタリアちゃんじゃない!!」
少女はアイに向かって相当怒っているようだが、アイは頭に?マークを浮かべて困惑している。
「まーとにかくここから脱出しましょー、話はそれからという事でー」
アナはマイペースに話しをぶった切って脱出を提案した。
地下を抜けて街に出るとアナは囚われていた人々に対し、家族を連れて国を出ろ、と忠告した。
例の少女とはカタリアと過ごしたという修道院に向かった。その修道院は街のはずれに位置しているのだが、一週間前に火事で全焼したらしく、骨組みしか残っていなかった。
「そんな………」
「知らなかったという事は、一週間以上監禁されていたんですね」
「はい、キネアさんが逃げた後、修道院まで皇帝の手が入りまして、みんなちりじりに逃げたのですが、私だけ油断して捕まってしまって、二ヶ月近くあの場所に監禁されていました」
二ヶ月も監禁されていたとなると、他の修道院の者たちはとっくに国を離れて何処か人気のない山奥かどこかに逃げ延びただろう。
「………監禁された時何人ぐらい捕まっていました?」
「私が捕まった時ですか?あの半分ぐらいでしょうか?」
捕まっていた20人足らずの内の半分となると、二ヶ月で大した人数が捕まったわけでは無いようだ。奴隷業は小遣い稼ぎ程度ということだろうか?
「がうー」
「もう!なんでさっきから動物みたいに喋るのカタリアちゃん!!」
「がうっ!?」
「あー、申し訳ありません。ちょっといろいろありまして」
さすがに魔獣になったなどと説明できない。
「何があったらこうなるの………、いつもバカみたいに元気でバカみたいに素直でバカみたいに頭のいい子だったのに………」
そんなに変わっていない気がするがバカバカ言い過ぎである。
「がうー……、バカッテナニ?」
「あっ、そうだ」
少女がアイを無視して焼け落ちた修道院の中に足を踏み入れた。
「ちょ、危ないですよ!」
「ちょっと待って。このあたりに確か………」
少女はおそらく元は書斎だったであろう部屋の床を捜索し始め、焼け焦げた机の下に床下倉庫を発見した。少女は倉庫を開いて中から何かを取り出した。
「あったこれだ。カタリアちゃんこれ」
「が?」
「グルアガッハ先生がカタリアちゃんのためにとっておいたらしいの。何に使うのか知らないけどね」
少女がアイに緋色の宝石が埋め込まれた指輪と、瓶詰めにされた蒼い葉のペンダントを手渡した。
「それ何ですかー?」
「さあ?グルアガッハ先生………私たちの育ての親なんですけど、先生がカタリアちゃんに何かあったら渡せって言っていたの思い出したんです。私もすぐに国外へ逃げようかと思うので、今の内に渡しておきます」
少女がアイにペンダントを掛け、アイの左手の中指に指輪をつけてあげた。
アナが見た限り、宝石はルビーだが蒼い葉っぱは見たことがない。新種か着色したのかはわからないが不思議な葉だ。
「それであの、キネアさんは何処にいるかわかりますか?」
アナが蒼い葉について考察をしていると、少女が肝心な所を訪ねてきた。
そう、その黒髪のキネアという、アイにそっくりなカタリアという少女と共に皇国から逃げた女性だが、アナの推測からすると
「もうすでに亡くなっていますー」
「ええっ!!?」
アイが本当にカタリアだとすれば、いや恐らくはその通りなのだろう。時期的にも容姿の特徴から言っても合致する。
そのキネアという女性はエルト王国を襲撃したあのサソリ女だ。長い黒髪という特徴が一致するし、アイに関しても、この少女がここまで確信を持って断言するのならアイは元々カタリアという人間の少女だったということになる。
推測だが、恐らくエルトの森にあったあの宝具は人間を異形の怪物『魔獣』に変化させる力を持っているのだろう。
だがあの『白い靴』にはアルノ陛下やアリン女王、アイにアリス・カイテラーも触ったがなんとも無かった。魔獣になる人間にはなんらかの条件があるのだろう。
ただカタリア時のアイは魔獣化したが、アイになったカタリアには何も影響が無かった所を見るとカタリアにはその条件があり、アイには無かった、ということだろうか。すでに魔獣化していたためという可能性もあるが。
キネア女史が何故宝具に関わったのかわからないが、偶然という事はないだろう。ミーミアスから追われているとなるとヨーロッパ諸国は敵だらけだ、公共の交通手段は使えなかったはずだし、街中を堂々と通行できるとも思えない。ルーマニアからスウェーデンまでは山と海があるので馬もほとんど使えなかったはずだ。そのことを踏まえると、二ヶ月前に出立し、約3週間前にエルトに到着し魔獣化した、ということだろう。
「どうしてキネアさんが!?」
「うーん、少し説明しづらいですねー」
「お願いです!教えて下さい!!あの人も修道院で育った、私や他の子たちにとって姉のような人なんです!」
そこまで言われては説明するしかなかった。
二人が魔獣化したことや、サソリ女となったキネアを討伐したのはエルト王国である事を、少女に全て説明した。
「………」
「大丈夫ですか?」
全てを知って黙りこんでしまった少女の背をトルムがさする。少女は口元を押さえて嗚咽も上げずに涙していた。
「………カタリアちゃんが私の事がわからないのは、魔獣化したから…ということでしょうか…」
「ええー、キネアさんに至っては獣のようでしたからー、魔獣化すると記憶や知能が獣のようになってしまうのでしょうー」
あの凶悪さはどこから芽生えたのかは謎だが、魔獣化すると性格や生態がランダムに構成されるという可能性もある。
「………ありがとうございました。キネアさんを、姉を救って下さって………」
「いいえー、私たちは自分たちのためにキネアさんを殺したんですー。恨まれはすれどお礼を言われる筋合いはありませんよー」
「いいえ、キネアさんも人を殺すなんて事、不本意だったはずです。その上カタリアちゃ……アイちゃんを助けてくれたんです。恨む筋合いがないのはこっちの方です」
「………強い方ですねー、あなたは。そういえばお名前を聞いていませんでしたねー」
「そうでしたね。私は名前はネルハと言います」
ネルハはそのまま国を出ると言って、アイたちと別れた。もう二度と会う事はないだろう。
「さてー、奴隷船も発見してー、捕まっていた人たちも逃しましたしー、この辺で切り上げましょうかー」
日が傾き始め空が真っ赤に染まり始めた頃、アナが夕日に向かって清々しくそう言うので、静かだったラムがまたイラッとした顔を見せた。
「………それで?私はいつ解放してくれるんだ?」
「解放したらどうせ自殺するじゃないですかー。当分は私たちと一緒にいて貰いますよー」
「……ああぁぁ、任務ミスって敵と一緒に奴隷ども逃したなんて皇帝に知られたら……」
ラムが頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですよー、バレさせませんからー。それに任務に失敗した時点であなたが死んでいようが生きていようがあんまり変わらないかとー」
「じゃあもっとダメじゃん!!ううぅ……姉さん………」
ラムが悔しそうに唇を噛む。よっぽど姉を愛しているようだ。
「まあ、開催国の王なら相当多忙でしょうし、そんな暇なんてないかと。当分は大丈夫だと思いますが」
「その当分の間に皇帝が心変わりするとでも?」
「いえー。でもうちの陛下がなんとかしそうな気がするんですよねー」
「はぁ?」
「がぅ?」
ミーミアス城 ダンスホール
日が沈み、ようやく仮装舞踏会が開催された。
アルノは狼男の仮装。アリンは透明人間の仮装だ。透明人間の仮装というのは、人の頭の形に折り曲げ組み上げた針金を頭上に乗せ、巨大なフードを頭上の針金と一緒に被せる、というものだ。すると、人の頭の形をしているのにフードの中は空洞、という状況が生まれるのだ。周りの人間より頭一つ分小さいがために頭部のハリボテのおかげで背丈がかさ増しされているため余計にリアリティが出ている。
「確認するぞ。会議の開始は一番盛り上がる有名ピアニストの演奏時だ。始まったらすぐに抜け出して外の近衛兵にバッジを見せて会議室に案内してもらう。いいな?」
「どおおぉぉぉしてあの人の演奏の時なんですのおおぉぉぉ………。私大ファンですのにいいぃぃぃ……」
透明人間が首元(頭)を押さえてものすごくがっかりしているが決まったことだ。諦めてもらうしかない。
そんなやりとりをしていると、開会の挨拶が始まった。
「皆様、長らくおまたせいたしました。本日はミーミアス皇国主催 第999回王族会議祭にご参加いただき、誠にありがとうございます。ここでミーミアス皇国 前皇帝イネミス公より、ご挨拶をいただきたいと思います」
イネミス前皇帝が舞台袖からその巨体を現す。こうして見るとやはりデカイ。司会者と頭三つ分は身長差がある。イネミスを初めて目にする者もいるようで、会場から驚きの声が上がる。
「紹介に与りました、ミーミアス皇国前皇帝イネミスです。本日は第999回王族会議祭に参加いただき、私からもお礼申し上げます。さて、先月より出現した未知の生命体『魔獣』によって、世界各国で甚大な被害が出ており、中には大切なご家族や友人を亡くした方もいらっしゃるかと思います。このような理不尽な脅威に対抗すべく協議を行う為、今回王族会議を開催するに至った所存でございます」
王族会議において、一番難しいのがこの挨拶である。世界で大勢の人間が亡くなっている非常事態でありながら、今しているのは楽しいダンスパーティの挨拶なのだ。不謹慎な発言はもっての他、だがそれでいて興が冷めるような発言をするわけにはいかない。だからといって話さないという訳にもいかない。実に神経を使う挨拶なのだが、イネミスの口からはすらすらと言葉が出てくる。現在の状況説明、被害者への哀悼、舞踏会の場を盛り上げ、絶妙なバランスを保ちつつ見事な挨拶。これが年の功というやつだろうか。
あれこれ関心している内にイネミスが挨拶を終わらせて舞台袖に引っ込んでいった。
始めにミーミアスの有名な劇団によるオープニングセレモニー。
それが終わってやっと参加者が思い思いに踊る事が出来る。
「陛下、まだ時間がありますし、私と一曲お願いしますわ」
「踊りにくいだろ絶対………」
透明人間の頭を基準に踊るとまずこけるだろうし、アリンの頭を基準にすると透明人間の動きが気持ち悪いことになるのでお断りだ。
「アルノよ、たまには妾と踊らんか?」
ギリシャ神話のメデューサの仮装をしたステファニーが踊りに誘ってきた。
「待つアル、アルノ。私と踊るアル。この間の借りを返してやるアル」
馬だかミミズだかライオンだか鷹だかイルカだかわからない仮装をした婦好が仁王立ちでアルノの前に現れた。
「借り?」
「前回の会議の舞踏会で私に恥をかかせたあれアル!」
「ああ、あの時の。あれはお前が下手くそで俺に手玉に取られただけじゃないか」
「うっさいわね!!あんな初心な乙女みたいな醜態さらしておいて引き下がれる訳ないでしょ!?………ア、ル」
キャラが崩れるぐらい怒っているようだが訳のわからない仮装のせいで迫力がない。
「なんだなんの修羅場だ?いいかげんにしろよアルノ?なんでお前ばっかモテるんだ?」
女装に失敗したみたいになっているモーハンがアルノに突っかかって来た。
「気持ち悪っ!」
「うるさいな!?いいんだよわかってるわそんなこと!?」
「全く見苦しいよモーハン。女にモテないのは自分のせいだよ」
クトゥルフ神話のクトゥルフの仮装をした、今度はマジで気持ち悪い格好をしたジョセルが割って入ってきた。なんか若干臭いまである。くっさい。
「なんだ?お前はモテるってのか?」
「僕?妻が4人いますけど何か?」
「4人もいますの!?」
「そういえば一夫多妻制多夫一妻制があるんだったか」
「インダスも一夫多妻制なんだけど?俺モテてないぜ?」
「お前に問題があるんだろうよ」
ジョセルの年齢からいくとまだ結婚はしていないだろうが、成人したら真っ先にすることは結婚式だろう。
モーハンがモテないのは知らん。
「俺ちょっとなんか飲んでくる」
「お酒はダメですわよー」
アルノはわかってるというように背中越しに手を振って答えた。
「ウォッカをくれ」
アリンとの約束を堂々と破ってバーでウォッカをストレートで注文するアルノ。
「えっ、あっ。アルノ様、この後会議では………」
バーテンダーも事情を知っているのか、狼男の仮装をしているのにアルノだと看破してきた。
「いいからよこせ。ウォッカなんぞ水だ」
極寒の地域に暮らす人間らしい理由をつけてウォッカを催促した。
「おい、アルノよ。あまり飲みすぎるでないぞ?」
「ん?シャーヒーン、いたのか。何飲んでるんだ?」
バーに肘をついて酒を呷っているツギハギだらけのゾンビ、恐らくフランケンシュタインの怪物に扮したシャーヒーンがアルノに注意した。
「テキーラだ」
「ああ、ライムと塩でか」
「それはいいだろう。ところで」
シャーヒーンがやけに真面目な顔で壇上を眺める。
「どうもサイン王妃が戻っていないと聞いたのだが、何か聞いたか?」
「何?」
すでに日が沈んで随分経つが、まだ一人でフラフラしていると言うのだろうか?それにサイン妃がいなければセルトを王座から引きずり下ろす計画が実行できない。
「まぁ、最悪いなくても進めちまおうぜぇ?あの野郎を踏ん反り返らせとくのも癇に触るしなぁ」
シャーヒーンとは反対側の席に甲冑姿のリチャードが大好物のウィスキーをロックでちびちび飲んでいた。
「いつの間に!?」
「テメェら気づかなかっただけだろぅがよぉ」
「リチャード、もう少し心配したらどうだ?今日からこの国の未来を背負う事になる初の女性皇帝に何かあったら大変ではないか」
「俺はあの野郎が降りてくれれば次の皇帝が誰だろぅが気にしねぇしな。イネミスがもう一度就こうが王妃のガキが就こうが対して変わんねぇよ。どうせ仕事すんのはイネミスだろぅが」
まあ少なくとも王妃が王座に就いても、最初のうちはイネミス前皇帝が仕事する事になるだろう。
この国はイネミスと教皇がいなくなればおしまいだ。
「んなことよりもよぉ、さっきから気になってる事があんだけど」
「ん?」
リチャードが肉料理の並べられたスペースを指差す。そこには個性的な仮装をした者たちが肉料理を食べ尽くす勢いでガッツいている姿があった。貴族風の格好をした者は比較的に優雅に、なんの仮装だかわからないような者達、特に子供がありえないぐらいの量を頬張っていた。次から次へと肉料理を出してくる料理人も目を見張るものがあるが……
「あいつらさっきからあそこから動かねぇんだ。踊ってる様子も無ぇし、飯食いに来たのかと思えばどこか待ってるような素振りをしてんだよなぁ」
確かに美味しそうに肉を頬張っているのは子供たちばかりで、大人、特に貴族風の者たちは料理を食べながらもチラチラと時計を気にしている。
「というか、あれは仮装なのか?貴族の仮装というにはやけに使い古した感があるぞ?」
そのとおり、彼ら彼女らが目立っているのはあまりのクオリティの高さにリアリティが出過ぎている事だ。
まるでいつも着ているかのような使用感が、仮装ではなく普段着で来たかのような錯覚を引き起こす。
「何かの劇団、っていうことか?」
「だったらもっと派手な格好してくるのではないか?」
妙な不気味さを感じていると、その集団にアリンが肉料理を求めて近寄って行くのが見えた。
食事中の子供達に声をかけ、スペースを貰い皿に肉料理を載せていく。すぐに子供たちと打ち解けたようで、調子に乗って貴族風の男にも声をかけている。男も人当たりの良い顔でアリンからは遠い位置にあった料理を勧めていた。
「悪い連中でも無さそうだが…」
「なぁに、子供連れで悪い事しねぇだろ」
「まあそうだ、なっ!?」
アルノが急に素っ頓狂な声を上げ、彼らと、彼らとは中央のダンススペースを挟んで反対側に立てられている鏡を交互に見た。
「どうしたのだ急に。注目されておるぞ」
「ビビらせんじゃねぇよ敵襲かと思ったじゃぁねぇか」
「い、いや、悪い、気のせいだ………」
今一瞬、反対側に立てられた巨大な鏡の中にありえない光景が映った気がしたのだ。
正確には映っていなかったが正しいのだが、鏡の正面に位置する肉料理スペースでアリンが一人で料理を食べている光景が見えたのだ。手前のダンススペースで踊っている参加者は見えたので、恐らく絶妙のタイミングでアリン以外の全員が踊っている者たちとかぶって見えたのだろう。
「………。それではここで、ピアニスト アラディア氏によるピアノの演奏をお願いしたいと思います」
「ん、やっと時間か」
予定通り宴もたけなわな最高のタイミングで始まった。有名ピアニスト アラディア、壇上に上がってきたのは15、6の少女。色素が薄く紫掛かった白髪、色白で表情が無く、袖口を切り落としたバイオレットの服にバイオレットのミニスカート、バイオレットのニーハイブーツにバイオレットの肘上まで隠す手袋に身を包んだ神秘的な少女である。服の間から覗く二の腕や肩や腋、太ももの艶かしさに、遠くでモーハンが騒いでいた。ガーターベルトがどうだこうだと聞こえた。
アラディアが短いスカートの裾をつまみ上げて一礼し、ピアノの演奏を始めた。
「じゃあ、先に行ってるぞ。わかってると思うが一斉に来るなよ」
「わかってらぁ」
「残念だ。もう少し聴いて行きたかったのだがな………」
アルノたちがひそひそと小声で会話し、こそこそと会場を抜け出していった。
ダンスホールを出ると、入り口付近で待機していた衛兵に案内され、今回の会議場に到着した。
ミーミアス城からミーミアス大聖堂に続く地下通路(床から天井まで水晶に囲まれた明るすぎるぐらいの通路)の本道より少しそれた場所に隠されていた扉に入る。
そこは巨大な空間だった。城下町の教会ぐらいならすっぽりと収まりそうなほどの広さと高さがあった。
すでに教皇と数人の王たちが巨大な円卓に着席していた。そのほとんどがサン・テレサの信仰国の王たちだ。
「アルノ殿、いらっしゃいましたか」
イネミスが巨大な円卓の一角に座って、手元の資料から頭を上げ、アルノに挨拶してきた。
「ああ、イネミス殿。腰はもう大丈夫か?」
「はっは、ぎっくり腰ごときで寝てる訳にも参りませんわ」
「元気だなあ」
アルノが入り口に最も近い席に着く。上座下座を無くすための円卓だ。どこに座ろうと関係無い。
だというのにまるで上座に座っているのは自分だとでも言いたげに入り口から最も遠い位置に座って見下すような視線を向けてくるセルトに、さすがのアルノもイラッとした。
「ところでイネミス殿、どうもお宅のサイン王妃が出かけたっきり帰って来ていないという噂を耳にしたんだが、何かあったのか?」
「ええ、王妃なら先ほど戻ってきましたよ」
ならよかった、王妃がいないとセルトの王権剥奪計画がうまく行かない。
「なんだ余の妻に目を付けたのか?」
「無理やり娶ったと聞いたぞー」
アルノはセルトと目を合わせずに棒読みで言ってやった。
「それでは、第999回王族会議二日目の会議を始めます」
エルル三世が真ん中を大きく切り抜かれた巨大な円卓の中央に立ち、開始の挨拶をした。
つい昨日、イマイチまとめきれていなかった司会者エルル三世が今日も司会を務めるようだ。
円卓にはアルノ、アリン、教皇、セルト、イネミス、六大文明の王6人と、今日到着したヨーロッパ諸国の王たち、合わせて40人足らずの王たちが集結していた。
ちなみにアルノの隣に座るアリンはアラディア氏の演奏を途中退席した事に罪悪感を抱いているらしく、これではファン失格ですわ……と、さっきからボソボソとうるさい。
「それでは本日出席される方、お手元の資料に昨日の会議の内容と決定事項をまとめて記載しております。お目を通していただけますようお願い申し上げます」
さきほどイネミスが読んでいたものだが、確かに昨日の会議の内容が細かく記載されていた。
「一通り目を通させていただいたが、いくつか質問がある。発言よろしいか?」
軽く手を挙げて発言したのは威厳のある老人、ローマ帝国皇帝だった。エルル三世は「どうぞ」と発言の許可を出す。
「魔獣の発生原因が宝具だというのはわかったが、その宝具がなぜ魔獣を生み出す力を得たのかについては?」
「俺が答えよぅ、答えは『ノー』だ」
リチャードがきっぱりと、何もわかっていないと明言した。
「何もわかっていないのに廃棄する事を決定したのか?少し早計ではないか?もう少し研究してからの方が………」
「研究している間に宝具が力を発揮して、魔獣が増産される何てことになったらどうするんだょ。被害が増えるだけだろうが」
「だが宝具の力が宝具本来の力では無く、外部から与えられた力だったとしたら?」
「どういぅ意味だ?」
「例えば宝具のその力が、実はこの『偽ウィッカ』や、それとは別の超常の存在によって細工されたものだった、とか。もしくは何か超自然的な何かが偶然にも生み出してしまったとかだ」
「それはつまり大元の原因が宝具では無い場合、宝具を廃棄しても無意味ではないか?ということかえ?」
「たかが物にそんなバカみたいな力が偶然宿るとは思えないだろう」
さすがはローマ帝国皇帝の座に50年君臨する男。素晴らしい着眼点だ。
「だとしたらまたその元凶を潰しゃぁいいだけの事だ。資料には載っていないが、メソポタミアの燭台は無人島の山の麓にあった。だというのに生まれた魔獣は水棲の魔獣だけ。つまり少なくとも燭台は対象に触れることなく魔獣を生み出す力を持ってるっつぅ事だ」
!?そんな話は聞いていない。と言わんばかりに昨日出席していた王たちは燭台を持ってきたシャーヒーンに視線をやる。
「すまない、説明不足だった」
「燭台だけの特性なのか、他の宝具もいづれ同じ力を持つのかわからねぇ以上、手元に置いとくのは危ねぇ。今こうしている間にも燭台が魔獣を生み出している可能性はあんだろ?今度は水棲生物だけじゃなく、犬猫や道端の蟻んこにも影響を与えるかもしれねぇ」
このリチャードの言葉に全員がゾッとした。
「ま、待て。今宝具はどこに!?」
「今は俺の乗ってきた乗り物ん中だ。ヒマラヤよりも高い遥か上空に飛ばしてっからぁ、今ん所は大丈夫だ」
「そ、そうか」
ローマ帝国皇帝のあんなに慌てふためいた顔は初めて見た。他の王たちも珍しいものを見たような顔をしている。
「だが一理はあるな、もし太陽に捨てたとして、太陽が魔獣化しないとも限らんしなぁ?」
「リチャード、ふざけるな」
「あぁ、さすがに冗談だ」
アルノはリチャードの悪ふざけを諌めたが、実際の所それが冗談にならない可能性もあるから口にするなと言いたかったのだ。太陽が魔獣になるとはさすがに思っていないが、宝具が宇宙でどんな悪さをするか想像もつかない。
「まぁこんな超常の力、調べて何がわかるとも思えねぇし、『偽ウィッカ』の連中なら何か知ってっかもしれねぇが、どこで会えるかもわかんねぇしなぁ。とりあえずとっとと捨てちまう事にするぜ」
不安は残るが、八方塞がりではどうしようもない。一番安全だと思われる案を採用するしかないだろう。不測の事態など避けようがないのだから、これで何かあれば素直に受け止めなくてはならない。
「他に意見のある方はいらっしゃいますか?」
その後、色んな質問が飛び交ったが、特に有力な情報が出るわけでもなく、どことなくアルノが疲れた顔をし始めた頃だった……
「このミーミアスに現れたルスヴン卿という男だけれど、聞き覚えがあるわ」
「!!」
その言葉にアルノの疲れは一瞬で吹き飛んだ。
発言したのはフランク王国の女王。三十路手前の女性、独身。なんてアルノがプロフィールを思い出していると女王が思いっきり睨んできた。とりあえず目で謝った。
「確か、19世紀に書かれた小説の主人公よ。タイトルなんだったっけ、ホラー系の話だったと思うけど………、本好きの父が聞かせてくれたんだけど、いつも聞き流していたから………」
小説のタイトルが思い出せずにウンウン唸るフランク王国女王。
「思い出したら教えてくれ、兎に角本の登場人物で間違いないんだな?」
「ええ」
「一部の魔女達と同じか………」
この小さな情報だけでも十分だ。情報は組み立てて行くものだから。ピースは揃うだけでいい。
「では、意見は出尽くしたようなので、本題の『各国の協力体制』についての綿密な打ち合わせを行いたいと思います。本当はヨーロッパ諸国の詳しい被害状況を確認したかったのですが、長くなりそうなので後ほどお配りする紙に書いて、私エルルにご提出くだされば幸いです」
数刻に渡って、各国の協力体制の綿密な調整を行い、話し合いが終わる頃には夜も更けていた。もう街では夜店も店じまいをしている頃だろう。
「ふん、全く、やっと終わったか。余はもう眠い。先に休ませてもらうぞ」
セルトが我関せずと席を立って退室しようとした。が
「ああ、待てセルトよ。今からもう一つだけ大切な話がある。お前に居てもらわねば困る」
「何?余は疲れたと言っている。我が父と言えども余の決定を覆す事は………」
「たかが眠いだけで何を言っておる。それにもう貴様にそんな権限は無いのだぞ」
「…?何を言っている?」
セルトは訳がわからないという顔で「ついに耄碌したか?」と冷たい視線を送る。
「先代の皇帝にのみ許された特権を行使し、お前を、セルト現皇帝の王位を剥奪する」
侍女にお茶を頼むかのようなトーンで、イネミス公は『現皇帝の王位剥奪の決定権』という、先代皇帝の特権の発動を宣言した。
無論、そんな話を聞かされていなかった王たちの間でどよめきが上がった。
「なっ、にぃ!?」
飄々とした様子だったセルトがさすがに取り乱したように声を張り上げた。
「ふざけるな父よ!!そのような権利、余は知らぬぞ!?」
「当然であろう。皇帝の位につく者が知っていたら先代の皇帝を暗殺しかねんだろう?」
一応は自分の息子であるセルトに対し、イネミスはバカを見るような顔で睨めつける。
「おいエルト王共!冷静な顔をしているが貴様ら知っていたのか!?」
「むしろ俺がお前は王の器に相応しくないみたいな事言ったから実行されたことだ」
「き、貴様!!」
今日、俺がイネミス殿の私室でそう発言したからこそ実行に移された計画だ。でなければセルトは明日もまた、王座に座ることが出来ただろう。
「教皇!さては貴様も知っていたな!!」
「はい、むしろ先代皇帝が持つ特権はそもそも教皇が管理するものですし」
「何故余にそれを黙っていた!!」
「聞かれませんでしたので。聞かれてもお答えしませんが」
つい先ほど現皇帝には教えられないという話をイネミスがしていたのにエルル三世に同じことを聞くセルト。混乱して支離滅裂になっているのだろう。
「余が皇帝の座を退いたら他に誰が王位を継ぐというのだ!!」
混乱していてもやはりそこを突いてくるか。前皇帝が現皇帝の王位を剥奪して王座についても印象が悪いしな。さて、秘密兵器を呼ぼうか。
「サイン王妃、こちらへ」
会議室の扉を申し訳無さげに開けて、静かに入ってくる銀髪の女性。初めて目にするが彼女がサイン王妃だろう。
「サイン!?まさか貴様が王位を継ぐとでも言うつもりか!?」
「……………」
どこか寂しそうな顔で沈黙を貫くサイン王妃。否、サイン皇帝。調子でも悪いのか、会議が長引いて待ち疲れただけなのか。
「ふざけるな!!その女は何の血統も無い汚らわしい女だぞ!そんな女を王座に就かせるつもりか!!」
「汚れてるかどうかはともかくどっちにしろあなたの後継者は結局はサイン妃の子供じゃありませんの」
「お前より100倍マシだろ」
「貴様らあああぁぁぁぁ!!」
とうとうセルトがブチ切れた。が、イネミスはまだ追い討ちをかける。
「それにセルト、お前は監獄行きだ」
「何!?どういう意味だ父よ!!」
「当然だろう。お前の人身売買臓器売買、麻薬取引、密猟動物の取引、少女に対する売春の強要や拉致監禁に略取、不当な地上げ、私怨による殺人、犯罪組織に対する協力、ほとんど証拠が上がっている」
「………お前そこまで腐っていたのか……」
「見下げたクズ野郎ですわ」
これはもう処刑じゃすまない。拷問されても文句は言えないだろう。
「連れて行け」
外に控えていた衛兵たちがセルトを拘束し、無理やり連行していった。
喚き散らしていたセルトの声が、扉が閉まると同時に消え去り、会議室が静寂に戻ってきた。
「………もしかして我々は凄まじい場面に遭遇したのかな?」
「そのようね………」
ローマ帝国皇帝とフランク王国女王が唖然とした顔で状況を再確認している。他の王たちも同様だ。
「さて皆様、大変お見苦しい所をお見せしました」
「それは別に構わないのだがね」
「サイン皇帝、ご就任お祝い申し上げます」
「頑張ってくれ」
「期待していますわ」
「僕のとこから特産品でもお祝いさせていただくよ」
「俺の所からもな?」
「………ありがとうございます……」
王たちが次々にお祝いの言葉を上げていく。だが当の本人は複雑そうな顔で小さく礼を告げた後、フラフラと会議室を後にした。
「……サイン殿はどこか調子が悪いのか?」
「どうも戻ってからあの調子でしてな、急な事で事態をうまく飲み込めていないのかもしれませんな。なあに、すぐに落ち着くでしょう。以外とタフな方ですからな」
ならばいいのだが。
ともかく全て終わった。
明日はサイン皇帝の就任式になるだろう。
王たちは会議の内容をテキパキとまとめてから、一人一人会議室から退室していき、最後にアルノとアリンも、イネミスとエルル三世を残して会議室を後にした。
つづく