序章
ジメジメとした深い森の中に、白い馬が駆けていた。
「ゼフ、このあたりでいいぞ」
ゼフと呼ばれた白馬はこの森で最も大きい大樹の前で立ち止まった。
ゼフの背に乗っていた男は周囲を見渡すと、長弓を背に担いでゼフから飛び降りる。
「おとなしく待ってろよ」
男は愛馬を置いて茂みの中へ入っていった。
公務をサボって森まで狩りをしに来たはいいが、よくよく考えたら今日は隣国のアリン女王が来訪する日じゃなかったか?と愛馬ゼフと共に森へやって来た男、エルト王国第501代目国王アルノは思い出した。
「ヤベぇ、またバカ女王がプンスカうるさそうだ…」
女王は15歳になったばかりの新米女王だ。18歳にして国王家業9年の自分がしっかり指導しなければいけないところだが、国王と言う仕事が性に合っていないのか、いつも仕事をサボって森までハンティングにやってくる。
「ま、到着は夕方の予定だし、それまでには帰れるだろ」
アルノはそう決めつけて狩りに戻った。
7匹目の獲物を狩ったところで、王国の日没を告げる鐘が聞こえてきた。
「ん?もうそんな時間か、そろそろ戻るか」
アルノが愛馬のところへ戻ろうとした時、
「エルト王国のアルノ陛下とお見受けする」
「っ!?」
突然後ろに現れた男に、アルノは驚愕の表情を浮かべ、後ろに飛び退いた。
この深く、足元も険しい森の中で、武器も持たず、つま先まで覆い隠す黒いローブを被っていることにも驚きだが、何より驚いたのは自分の背後に音も気配もなくここまで接近してきたことだ。
狩猟を始めて11年。今や羽音だけで羽虫が何匹いるかも聞き分けられる聴力と、ウサギの殺気さえ感じられるようになった第六感を軽々と、やすやすと越えてきた。
「お前タダモンじゃないな、この辺の人間でもないようだし…、俺に何の用だ?」
「いえ、ただ依頼をしたかったもので』
「依頼?」
「はい。最近このあたりで変な噂や、妙な事件でもありませんでしたか?」
「………、そういえば森から不穏な気配がすると城下町の連中が噂していたな。曖昧な話だから気にも止めなかったが…」
「ええ、それが事実でして。」
「は?」
「魔獣とでもいいますか…、最近森でなにやら起きたようで、異形の生き物が徘徊しているのですよ」
「悪いが俺はそういった話は信じないんだ。他を当たれ」
「これがその証拠です」
ローブの男が懐から出してきたのは紐に巻かれた一枚の手紙だった。
「これは?」
「教皇からの書簡です」
「きょっ…!?教皇だと!?」
その手紙には隣の大陸で勢力を伸ばしている唯一神教、サン・テレサ教の教皇の印が押してあった。
「……その魔獣を討伐してくれと書いてあるんだが?」
「お願いします」
「ふざけるな。我が王国はサン・テレサ教ではないし、教会には騎士団がいるだろうが。何故うちみたいな小国に頼む」
「教会が魔獣の存在を確認し、このままでは魔獣は教会と教国の脅威になる。だが真っ先にその脅威にさらされるのはおたくの国です」
「…っ」
「騎士団は南方の大陸へ派遣されていましてね、とても動かせる状況ではないのです。ですからおたくの国から兵を出して討伐していただけないかと……、小耳に挟んだのですが、ゼリーン王国のアリン王女が今日来訪されるのでしょう?ふたつの国家の力を持って魔獣を討伐していただけませんか?」
「………しかしな」
「陛下ーーーーーーーっ!!」
「いらっしゃいますかーーーっ!!」
森の中から二人の男の声が響いた。
「………将軍か」
王国の全ての軍隊を指揮する王国の重鎮トロン将軍と、恐らくお付きの兵士だ。
「忠告しましたよ、陛下」
「おいちょっと待……」
振り返るとローブの男はいなかった。
「!?」
周囲を見渡しても誰もいない。足音すらしない。
「………胡散臭い奴だな」
しかし書簡は本物だ。どうしたものかと考えていると………
「あっ!陛下!こんなところに!」
「げっ」
将軍に見つかったアルノはあっと言う間に連行されていった