始まり4
「あんな姿は初めて見たよ。」
安条さんは嬉しそうに言った。ひさは普段、反発することはない上に、会って間もない人間をあのように守るような行動はしないらしい。何故俺にはそんなことをしたのか不思議ではあるが、今はそれどころではないような気がした。
突然ノックの音がし、安条さんが返事を返すと自分と年が近い少年が入ってきた。彼は俺をちらっと見ると安条さんに「説明はしたのですか?」と問いかけていた。
「大雑把にはね。細かいのは今からするよ。・・・三上も座ればいいんじゃないか? そんな所に突っ立ってないでさ。」
彼は安条さんの誘いには乗らず、俺をずっと観察していた。座っていたら仮に俺が取り乱した時にすぐ抑えることが出来ないからなのだろうか。
「さてヴァルター、話を始めたいのだが・・・」
ああそうか今から俺の生涯が知れてしまうのか。キメラ実験の材料にされてしまうのか。材料とならない部分は捨てられるのか。今になって少し不安になってきた。
「君は楸に何をした?」
意外だった。速攻実験の話に入るのだろうと思ったら全く関係ないであろう質問をしてくるだなんて。先程の少年も呆気に取られているように見える。呆然としている俺を余所に彼は話を続けた。
「あいつは可愛いげがない。可愛げもなければ愛想も悪いしましてや人見知りも激しい。あいつの良いところと言えば容姿くらいだ。今まではあいつは迎えなんざには行かずにゴロゴロとくつろぎ三昧。人の金を我が物顔で使い果たす、まるで寄生虫のようだ。そんなあいつが、君の写真を見た瞬間この人を迎えに行きたいと言い出したもんだ。まあいい機会だし更正ついでに行かせてみたらこの有り様だ。何故君を迎えに行きたいと言ったのか、何故君をキメラにしたがらないのか、その理由を君は知らないか? 」
彼にとって今気になるものはキメラ実験よりもひさのことらしい。研究者の性分か否か、彼は今目の前にある疑問をすぐに解消させてしまいたいらしい。
「そもそもあいつは何故俺が研究材料を取り寄せたことを知っている? どこで知ったんだ? どうせこの施設内の住人だろうが。あいつは何か話さなかったか?」
ひさは俺に何か理由を話したのだろうか?唯一言えることがあるとするなら、
「俺はひさの特別らしいです。」
これしかないような気がした。それで何か納得いったらしい安条さんは「あいつは独占欲が高いから気を付けろよ。」とだけ答えた。その言葉のなかには実験が成功したらと含まれているように聞こえた。