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黒翼のキメラ  作者: 也八
4/5

始まり3

するとまた彼は何かに怯えているような表情に戻った。目的地に恐怖を感じるものがあるのだろう、俺はそう悟った。

「その場所に怖いものでもあるのか?」

彼はバッと顔をあげ、そしてじっと俺を見詰めた。何かを諦めたようなそれと同じくらい何かを決心したような表情でただ俺を見詰めていた。

「・・・あの、最初に『 長い間になるか短い間になるか分からない』って言ったでしょ。あれにはちゃんとした意味があるんだ。」

確かに言っていた。俺の疑問の中の1つだ。

「ヴァルは今からある施設に向かいます。そこはキメラを造る研究施設で目的地に着いたらヴァルは・・・研究材料としてキメラにされてしまいます。」

なるほど、つまり長い間というのは実験が成功して生きていたらの話で、短い間は失敗して死んだらという事か。

「実験の確率はほぼ失敗の方が多くて、だから、一緒に逃げようよ? 折角仲良くなれたのに、こんなのあんまりだ!」

彼がこんなに引き止めようとするのは無垢だからだ。ただ純粋に、目の前に死にそうな人がいるから助けよう、それだけなのだろう。

現在、研究材料として使用される人間は研究施設側が高値で買い、そして材料が運ばれてくるという先払い制というやつだ。とどのつまり、俺は売られたということになる。

「その研究施設はもう研究材料として俺を買ったんだろう? じゃあ俺は研究材料になった訳だ。もう人間じゃなくて材料なんだから逃げるなんて無意味な気がするよ。」

売られた人間はもう人間らしく暮らすことは出来なくなる、それが現在の常識だ。ひさの純粋な優しさがそれを阻止しようとしていたのだろう。さっき会ったばかりの相手だというのに。

「早く行こうか? もう随分と時間を費やしたような気がするんだ。」

俺はひさの固く握りしめている拳をそっと包んだ。すると彼は崩れるように泣き出した。俺には彼の泣き声が悲痛の叫びのように聞こえた。

しばらくして、彼は落ち着いたようで目的地まで案内してくれた。俺と彼との間には一切会話はなく、ただ黙々と歩いているだけだった。途中、彼から嗚咽が漏れることがあったが、俺は慰めることはしなかった。


目的地は思っていたより小規模だった。キメラの研究施設というのだから、もっと大きなものを想像していたのだが。

「光太郎さん・・・えっと、担当の人なんだけど呼んでくるから待っててね。」

空元気と丸分かりな笑みを浮かべ、彼は担当者を呼びに向かった。内装は思ったより広々としていて、何より殺風景だった。殺風景な部屋を眺めているのにも飽きた頃、ひさは先程言っていた担当者であろう一人の白衣の男を連れてきた。

「初めまして、安条光太郎だ。自分は研究者ではあるが、まあ名前で分かる通りここの創設者でもある。君は研究材料であり自分が研究を担当するわけだが・・・、君はあれだな、自分がこの施設を創設して以来初めてのタイプだな。至極冷静じゃないか。確率的に99.9%は失敗するというのに。」

失敗する確率が高いと聞いたが、そんなに高いとは思いもよらなかった。

「大変そうですね。」

「まあそうだな。しかも普段は研究材料は話を聞くと逃げ出そうとするからそれを押さえるのも大変でな。君は逃げ出そうとしないんだな。」

「材料ですからね、逃げ出すなんておこがましいような気がして。」

「なるほど。」

白衣の男、安条光太郎と話している間、ひさはずっと俺の裾を握って下を向いていた。それ故に、彼の表情は読み取れなかった。

「そろそろ込み入った話をしたいから、悪いが楸は別な部屋に移ってくれるか?ついでに三上を呼んできてくれると助かる。」

そう言われるとひさは酷く辛そうな表情で俺を見た。これから何を聞かされ、何をされるのか分かっているようなそんな表情だった。

「・・・やだ。」

「・・・・。」

「あと少ししか一緒にいれないんでしょ? じゃあ一緒にいさせてよ。」

「大事な話だ、席を外せ。お前の我が儘に付き合う気はない。」

「・・・でも!!」

安条さんはひさの反抗に淡々と、だが何か珍しいものを見たような表情で答えている。退室しないひさに困っているらしい安条さんはなんとかしとくれとでも言いたげな視線を俺に送ってきた。

「・・・ひさ、俺は大丈夫だから、席を外してくれないか。話聞いたらちゃんとひさの元に行くから。」

「でも、話が終わったらすぐ・・・」

「大丈夫、心配ないし、そんなすぐには死なないから。」

幼い子供に言い聞かせるようにひさに言い聞かせてみる。ひさが俺を心配して側にいたいと言ってくれているは分かっている。その気持ちは嬉しいが、俺は研究材料だ。研究材料ということは、俺は安条さんの指示に従わなければならないのだ。

「自分のことだからよく分かるよ。大丈夫。」

「・・・分かった。じゃあ席を外すね。」

渋々だが分かってくれて、そしてひさは出ていった。

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