第8話:マルク
それからサファイアは、
「私も池の鯉を見てくるね」
と言って、目を輝かせて笑顔で池に向かって行った。
普段は見せないその子供らしい表情に、ナディーは安心する。
「?」
しかし、池に向かっていたサファイアは突然立ち止まり辺りを見渡した。
「どうしたの?」
紲はサファイアの様子にいち早く気づいた。
「声が…」
「声?」
紲は耳を澄ました。
〔誰か…誰か、来て…〕
「ほら!声が聞こえる」
サファイアは紲を見た。
「…声なんて聞こえないよ?」
紲は首を傾げる。
「え、でも聞こえる…。あっちからだ!」
サファイアは声が聞こえた辺りの木々や草木の中に入っていった。
「?」
紲とナディーは驚きながらも後を追った。
「ここだ…」
サファイアが行き着いた先には、丸く子供が入れる穴の様な木々の隙間があった。
「穴?」
サファイアと紲は中に入った。
するとそこには、小さな男の子がうずくまって泣いていた。
サファイアはうずくまる男の子の傍らにそっと、近づいた。
「どうしたの?」
男の子は無言でサファイアを見上げる。
「…私を呼んだのは君?」
「…?」
男の子は首を傾げた。
「…違う?」
サファイアは男の子を見たまま固まった。
「何、その子…迷子?」
そこへ後からついてきていた紲が来て男の子を見た。
紲は微笑みを浮かべ、男の子に近づいて目の前に座った。
「私は紲よ。あなたの名前は?…教えてくれるかな?」
紲は優しく話しかけた。
「僕…マルク…」
男の子、マルクの声は小さく怯えていた。
「マルクくんね。
…マルクくんのお父さんかお母さんは?」
「ぅ…ぅ…」
「ふぇっ…」
その質問をすると、突然マルクは目に涙を溜めて泣き出した。
「ぅうあ〜ん!!」
「「!?」」
サファイアと紲は目を丸くして驚き、同時に一歩下がった。
「あ…ご、ごめんね!」
反射的に紲はそう言った。
だがマルクは泣き止まない。
いつもは何事にも冷静に対応する紲も、慣れない年下への対応にアタフタとしていた。
「ぅわ〜んわぁ〜んわぁ〜ん!!」
泣きわめくマルク。
サファイアもどうしていいか判らず静かに床に膝をついた。
2人には限界だった。
すると、
モゾモゾ…
サファイアの背負っていたリュックが動き、
「ビー!」
中からアイビーが突然飛び出した。
「え?アイビー??」
サファイアは驚いて捕まえようとしたが、アイビーはサファイアの手をすり抜けてマルクの目の前で止まった。
そして、マルクの周りをクルクルと回った。
「う…?」
マルクはアイビーに気づき、顔を上げた。
「ビー!」
アイビーはマルクを元気付けるかのように、ほっぺにキスした。
「………」
最初は驚いて固まっていたマルクだが、手を伸ばしてアイビーを抱き抱えた。
アイビーはされるがままに、人形の様に静止している。
「…」
その様子を紲とサファイアは不安気に見つめる。
それからアイビーを抱き締めると、マルクからは笑顔がこぼれた。
「…アハ」
マルクは涙を拭い、アイビーを抱き締めた。
泣き止んだマルクを見て、紲とサファイアは心の中でほっ…と息をついた。
「…お父さんやお母さんとははぐれちゃったのかな?」
マルクが落ち着いた頃に紲が尋ねてみると、
「…うん」
とマルクは頷いた。
「最後に一緒にいたのはどこかな?」
紲は更に尋ねた。
するとマルクはじっと紲とサファイアを見つめたので、
「「?」」
2人は不思議そうにマルクを見た。
それからマルクは更に後ろに視線を向けた。
そこには、ここに入ってこれなかったナディーとさくらが外で待機している姿が見える。
「……こっち」
しばらくしてマルクはアイビーを片手に立ち上がり、サファイアの手を取って歩き出した。
サファイアは慌てて立ち上がり引かれるがままマルクについていった。
紲は直ぐに後を追い、ナディーとさくらも子供たちの後を追った。
3人は木々や草木の中を抜け、レベたちのいる池の所に戻った。
「あ、紲ちゃん…」
レベは3人にいち早く気づき、駆け寄った。
「あれ、この子…?」
レベがマルクをじっと見たので、マルクは怖がってサファイアの影に隠れた。
「その子、どこかで…」
レベはマルクに見覚えがあったようだった。
「この子はマルクくん。お父さんやお母さんとはぐれちゃったんだって。
それでね、今から探しに行こって…。
多分観光客の子だから、王宮の本殿に行けば会えると思う。でも班行動は絶対だから、皆には一緒に来て欲しいの…いいかな?」
紲は大雑把に説明し、承諾を求めた。
「…そういう事なら私もこの子の親探し手伝うよ。きっと今頃、マルクくんのお父さんやお母さんは心配してるだろうしね」
レベは快く承諾し、マルクを見た。
マルクはアイビーを抱いてご機嫌だった。
マルクの格好は、蝶ネクタイに半ズボンだ。
まるでどこかの貴族の家の子の様。
ちなみに、サファイアたちは学園の制服。
制服は白色の短い丈のワンピースに、腰に黒ベルト必須。
それから小等部は学年ごとにリボンで色分けされている。
サファイアたちの学年カラーは緑なので、リボンは緑色だ。
「…ん?」
レベはまた"何か"に引っ掛かった。
(この子、どこかで…。…どこで見たんだろう?)
記憶を何度も思い返すが、結局引っ掛かる"何か"は取れなかった。
ルイクとイクルはというと、庭園に飽きたのかして直ぐに行こうと言ってきた。
こうしてレベに微かな疑問が残る中、紲たちはマルクの両親を探しに王宮の本殿に行くことになった。
本殿に入ると、ルイクとイクルはとうとう我慢を切らしはしゃぎだした。
「早く行こーぜ!」
「どっちが先に着くか競争な!」
「おぅ!じゃあ…スタート!」
2人は同時に走り出した。
「あ、ちょっと!どこに行くの!?…さくら、お願い」
紲は慌ててさくらを見た。
「はいな」
さくらは頷いて走っていく2人を追った。
「もぉ!あの2人は…」
2人が走っていった方にため息をつくと、気を改めサファイアとレベの方に振り返った。
「さ、あの2人はさくらに任せるとして…。私たちはマルクくんのお母さんやお父さんを探しましょう」
「そうだね」
サファイアとレベは頷いた。
それから一行は、マルクの両親を見つけるために王宮本館に来ていた。
「マルクくんはどうして庭園にいたの?」
ふとサファイアは尋ねた。
するとマルクは「…逃げて来たんだ」と険しい面持ちで言う。
「何から?」
「それは…言えない…」
サファイアがマルクを見ると、マルクは俯き震えていた。
怖い思いをしたのだろうか…。
サファイアはしっかりとマルクの手を握った。
するとマルクは顔を上げてサファイアを見る。
サファイアは微笑み、「大丈夫だよ」とだけ言うと、他には何も尋ねなかった。
「…」
不思議そうにサファイアを見上げるマルク。
そして一行は、いつの間にか一般者立ち入り禁止区域に入っていた。
だがその事に全く気づかないサファイアと紲とレベは、どんどん奥へと入っていく。
そんな3人の数メートル後を、こっそりとついてきている人影がいた。
その事にも3人は気づく気配はない。
「…」
ただ1人、マルクだけが気づいていた。
「…!」
上の階に繋がる階段を上り始めると、意を決したマルクは急に走り出した。
「!?」
手を繋いでいたサファイアも否応なしに走らされる。
「「え!?」」
完全に不意をつかれた紲とレベは出遅れ、サファイア・マルクと距離が開く。
慌てて追いかけるものの、紲とレベが階段を上り終えた時にはもう、サファイア・マルクの後ろ姿が遠くの方に見えた。
「っ…一体どうしたのよ!?」
息を切らした紲とレベは、階段を上がった所で立ち止まった。
すると、
「きゃ!」
紲が息を整えていると、背後からレベの悲鳴が聞こえてきた。
振り返ると、後ろにいたはずのレベがいなくなっている。
「え…レベ?…レベ!?」
紲は慌てて周りを見渡す。
その時、天井から人影がサッと床に着地し、気づかない紲の周りを素早く動き背後に回った。
そして、
「うっ…」
紲はうなじを殴られ、気を失った。
「殺った?」
「殺ったよ!」
その後ろから2人の小さな男の子と女の子が出てきて、倒れた紲の周りを飛び回った。
どうやら2人はその人の妖精のようだ。
「殺ってない。気絶させただけ…」
そう言って気絶させた紲を担ぎ上げ運ぶ。
「なーんだ、殺ってないのか…」
「なーんだ…」
と2体の妖精は後を追いながら残念がった。
「殺しはしない。ターゲットではないからな」と言い、紲をとある部屋に放り込んだ。
そしてその部屋の鍵を掛ける。
「いいから、次行くよ!」
「「はーい」」
2人の妖精は、先に歩いていった主人(人影)についていった。
紲の放り込まれた部屋。
その中にはレベもいた…。