第3話:授業~妖力のコントロール~
サファイアは、特別"elfing"がしたくてロバート学園に入学した訳じゃない。
ロバート学園は入学試験でtopになれば、授業料・入学金免除で入学できるの唯一の学園だった。
それは両親がいないサファイアにとって、とても有難い制度だったのだ。
しかし入学してみれば、その歳で創精を従えているのはサファイアのみ。
大人たちから気味悪がられ、今ではほかの生徒もそれを真似するようになったのだ。
――10分後
教室には中庭から掌サイズの石を持ってきた生徒が集まっていた。
全員揃ったのを確認すると、教師は妖力をコントロールする指示を出し始めた。
「それでは石を机の上に置いてください」
指示を素直に聞いて、石を机の上に置く生徒たち。
「まずは目を閉じて、心を落ち着かせましょう…」
教師に習って生徒たちも目を閉じて、ゆっくりと呼吸をした。
その時教室は静寂に包まれた。
「…次に、妖精と心を合わせるのです」
教師の声も静かで囁くようだ。
(ナディーと心を合わせる…)
サファイアがナディーを見ると、ナディーもサファイアを見ていた。
ナディーは優しく微笑む。
(大丈夫です。私の心はサファイアと繋がっていますよ)
「わっ!」
突然ナディーの声が頭の中に聞こえ、サファイアは驚き声を上げた。
決してサファイアの声は大きくはなかったのだが、ただでさえ静かな教室だったのでよく響いた。
「サファイア、心を落ち着かせなさい!」
教師に注意されてしまった。
「はい…」
胸を押さえて上がった動悸を落ち着かせる着サファイア。
そしてゆっくりと着席した。
どこからか笑い声が聞こえてくる。
「…」
サファイアは口を尖らしたが深呼吸をして気を取り直し、心を落ち着かせた。
しばらくして全員の呼吸が整って落ち着いてくると、教師は次の作業を指示した。
「最後に…この石が浮く画を頭の中でイメージするのです」
(イメージ…)
サファイアは石に集中した。
(石が浮く画…石が浮く画…)
…が、石は浮かなかった。
「ムグググ…」
中には力む生徒もいた。
「肩の力を抜きなさい。リラックスです」
教師はその生徒の肩に手を置き、力を抜かせる。
「はい」
その生徒は深呼吸を繰り返し、もう一度石と向き合った。
それを見届けた教師は他の生徒の指導に入る。
「そうよ、その調子です」
次に教師が向かった先にいたのは紲。
紲はニコッと笑みを向けると、無言のまま石に向き合った。
「…」
サファイアは教室全体を見渡す。
生徒たちは皆、石に集中していた。
ここで石に向き合っていないのはサファイアだけだった。
「サファイア、どうしたのです?」
そっとナディーが耳打ちする。
「…」
不安げにナディーを見上げるサファイア。
今サファイアの中にあるのは、妖力のコントロールに対する恐怖なのだろう。
「…何もしなければ、何もできませんよ」とナディーは告げる。
「…」
眉を寄せるサファイア。
見つめ合うサファイアとナディー。
でも結局サファイアは根気負けし、石に向き合うことになった。
(石が浮く…浮く…浮く…浮く………)
サファイアの心の中でそれがエンドレス再生される。
が、石はピクリともしない。
「…」
チラリとナディーを見るサファイア。
するとナディーは、「大丈夫、できます。信じてます」と、また耳元で囁く。
再度石に向き合うサファイア。
その時、授業終了の鐘が鳴った。
「…皆さん、今日の授業はここまで!各自自宅で練習を励むことが、今日の課題です!」
教師はそう言って、そそくさと教室を後にした。
「ああー、疲れた!」
教師がいなくなるといつもの雑談が始まった。
「何かさー、石浮かなかったけどスゲー疲れたよなっ?」
「わかるわかる、めっちゃ疲れた…」
生徒たちは伸びをしたり、肩を回した。
「誰も浮かなかったね」
「うん…」
あるところでは女子が2人で話していた。
「浮けるようになるのかな?」
そこへ、
「しっかり地道に特訓したら、妖力は上達するらしいよ」
そんな声が聞こえてきた。
2人は同時にその声の主を見る。
「「紲ちゃん!」」
会話に入ってきたのは紲だ。
「私のお父さんも沢山練習したから出来るようになったって言ってた」
その紲の言葉に2人は顔を見合わせて元気を取り戻した。
「紲ちゃんが言うなら…」
「頑張れるよねっ」
「ふふ、ありがと」
紲は笑顔を見せて、席についた。
「紲ちゃん、次の授業はなに?」
紲の元に何人かの生徒が集まってきた。
そのくらい自分達で時間割を見ればいいのに…。
「算数よ」
しかし紲は嫌な顔ひとつせずに笑顔で答える。
「ありがとう」
生徒たちは返事に満足したのか、それとも紲の笑顔に満足したのかは知らないが、紲から離れていった。
紲はみんなに好かれていて、信頼されていて、頼られてる。
皆の憧れの存在だった。
その様子を無意識に見ていたサファイア。
「…?」
ふと紲がサファイアの方を向き、目が合った。
すると紲は微笑み、サファイアの元に歩いてきた。
「ねぇ、サファイアさんはどうだった?」
「あ…いや、えっと…」
まさか話しかけられるとは思いもしなかったので、ハッキリしない返答となってしまった。
「ふふ、サファイアさんは面白いのね」
紲は笑顔をまた見せ、手を差し出した。
「…友達になってよ」
「「「え!?」」」
その紲の言葉に、教室にいた誰もが驚いた。
サファイアも驚き立ち上がっていた。
「友達に…?」
聞き違いではないかとサファイアは疑ったが、
「うん。前から仲良くしたいなって思ってたの」
そう紲は笑顔で答える。
しかしサファイアはなかなか返事を返さない。いや、返せない。
どうしていいのか判らないのだ。
「…い、嫌なの?」
黙り込んだサファイアの様子を見て、嫌と勘違いをしたのか、紲は上目遣いで瞬きしながらサファイアの顔を覗き込んだ。
「嫌じゃない…けど…」
その言葉に紲の表情がいっきに明るくなり、喜んだ。
「よかった、嫌われてるのかなって思っちゃった…。仲良くしよ?サファイアさん。…ねぇ、いいでしょ?」
「あ…はい」
少々強引に圧してくる紲に、もうそうとしか答えられなかった。
そんな驚き言葉が出ないサファイアをナディーは微笑みながら見守った。
一方、
「嘘…紲ちゃんが。そんな…」
「違うよ!まさか紲ちゃんがサファイアなんかと友達だなんて…」
教室にいる生徒たちは紲の言葉を疑い、否定しようとしていた。
しかし紲は堂々としている。
「皆何言ってるの?今からサファイアさんは私と友達だよ。皆も、サファイアさんと仲良くしようね?」
その紲のら言葉で生徒たちは固まったのだった。
去年ロバート学園に留学生として編入してきた紲。
出身地は遠く海を越えた島国だそうだ。
編入当時から成績優秀で人当たりがよく、周囲にはいつも人が集まっていた。
笑顔が可愛らしい女の子。というのが、誰でも思う彼女の第一印象だ。
そんな紲の笑顔がサファイアに向けられる。
「よろしくね、サファイアさん」
「…はい」
それ以上の答えを見つけ出せないサファイアなのであった。