第13話:プロガリー王国国王
「申し遅れました。私はマルク坊っちゃまの母君にお仕えするメイドの"カタヤ"でございます。この度は坊っちゃまを助けて頂き、本当に感謝しております」
「あ、いえ…」
しばらくサリーの後ろ姿を見送っていたサファイアに、突如固い挨拶をするカタヤ。
「カタヤ!」
そこへマルクが飛び込んできた。
マルクはカタヤに抱きつき、離れなかった。
すると無表情だったカタヤに笑みが浮かび、優しい眼差しでマルクを見つめた。
「マルク坊っちゃま…。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」
するとマルクは顔を上げた。
「うん、怖かった…。だけどね、サファイアがいたから大丈夫。サファイアはとっても強いんだよ!」
マルクは笑顔を見せた。
「そうでしたか…」
カタヤはまた微笑んだ。
そしてサファイアを見た。
「貴女にはお礼をしなくてはいけませんね」
「いいえ。お礼されたくて助けたんじゃありませんから…」
サファイアは直ぐに断った。
するとそこへ、タキシード姿の老人がやってきた。
「あ、田中!」
マルクはその老人を見た。
「マルク坊っちゃん、御無事で何よりです。そちらの方は、坊っちゃんを助けてくださった方でしょうか?」
「うん」
マルクは頷いた。
すると田中という老人は、サファイアの前まできた。
「私は王宮内を取り仕切きらせて頂いております、執事の"田中"と申します。
奥様と旦那様が是非お会いしたいと申され、奥でお待ちになっております。こちらへどうぞ…」
そう言って田中は奥に手を向けた。
「は、はい…」
サファイアは流れに呑まれ、田中のエスコートに従った。
流石は田中。
永年執事を勤めている事がありサファイアに有無を言わさず自然に連れていく事に成功した。
そして、サファイアの後についていこうとしたマルクとカタヤを止めた。
「マルク坊っちゃん、坊っちゃんは先にしなければならない事があるでしょう?」
「?」
マルクは首を傾げた。
田中はカタヤを見た。
「カタヤは坊っちゃんのお怪我を見てあげなさい。それからお風呂に…奥様と旦那様に御会いになるのはそのあとです」
「…かしこまりました」
カタヤは頭を下げた。
執事の田中はサファイアをとある広間に案内した。
「旦那様、奥様。マルク坊っちゃんをお助け頂いた方をお連れ致しました」
田中はそう言って、扉を開けた。
重みのある音がする。
その先の広間は廊下よりも明るかった。
部屋の光も明るいのだが、廊下にないきらびやかな物が沢山並べられていて、どれも光を反射していた。
「お入りになって?」
優しい声が聞こえた方を見ると、そこには国王の妻がいた。
マルクの母でもある。
「あら、可愛らしい…」
ジョセフィリーはサファイアを見て、口元で指先をちょんと合わせた。
「私は国王の妻、ジョセフィリー・ボスパラです。
あなたのお名前は?」
「サ、サファイア…。サファイア・エキュレートです」
「サファイアさん…ね」
ジョセフィリーは微笑んだ。
そして田中を見た。
「田中、サファイアさんに飲み物を。…何がいいかしら?紅茶は飲める?」
「あ、はいっ」
「じゃあ紅茶をお願い」
「かしこまりました」
田中は一礼をすると、部屋を後にした。
「サファイアさん、こっちよ」
ジョセフィリーは、サファイアを国王の元まで案内した。
「…」
サファイアはとても緊張していて、歩く時同時に右足と右手が動いた。
どこを見ても落ち着かず、キョロキョロと周りを見る。
その広間は明るい赤色と暗い赤色の絨毯が交互に敷かれていた。
天井や壁は白一色で、所々に金箔が使われていて、中心の大きなシャンデリアがひとつ、部屋を灯している。
壁沿いには高そうな壺や絵画、芸術品が数多く飾られていた。
その広間の奥には更に大きな扉があった。
ジョセフィリーはその奥へ入っていったので、サファイアも次いで入った。
その奥の部屋は更に大きな空間で、今までの広間と違いやけに静かな雰囲気だった。
天井も更に高くなっている。
両壁がステンドグラスで、教会の中にいるようだった。
灯りは全てロウソク。
家具や飾りの物はなく、真ん中に敷かれたレッドカーペット以外は大理石だった。
レッドカーペットを進むと、大きな背もたれのある玉座があった。
そしてそこには現在の国王、リーチャド・ベン・ボスパラ王が座っていた。
「私はプロガリー王国国王、リチャード・ベン・ボスパラ。…そなたか?私の息子を救ってくれたのは」
「…」
サファイアは緊張して何も話せなかった。
すると王は、ニカッと白い歯を見せるように笑顔を作った。
「緊張せんでも良い。私がそんなに怖いか?」
「い、いいえ!」
サファイアは首を横に振った。
「そうかそうか」
王は満面の笑みになった。
「ベン…」
ジョセフィリーはベンの傍らに立ち、肩に手をのせた。
「……サファイアさん、マルクを助けてくださった事、感謝いたします」
ジョセフィリーは本来の話を切り出した。
「そうだったそうだった」
ベンは思い出したように、本来の話を始めた。
「そなたに何か礼をだな…」
「いえ、礼は…」
「まぁ、そう言わずに…」
断るサファイアに、ベンは強く勧めた。
「そうだ。"無条件進級"というのはどうだろうか?」
「それはいいお考えね」とジョセフィリーは賛成したが、サファイアはあまり良く思わなかった。
「それは…頑張ってる他の子に悪い…から頂けないです」
サファイアは言いにくそうに言葉をつまらせながら言った。
「うむ、それもそうか…」
ベンは直ぐに理解した。
「それなら何がいいかしら…」とジョセフィリーが新しい案を考えている時だった。
「!?」
サファイアはふと、紲とレベを思い出した。
色んな事があり忘れていたが、2人も一緒にマルクの両親を探していたはずなのだ。
「いつから…」
サファイアは2人がいつからいなくなったのかを考えた。
「ん、何の事かな?」
サファイアの独り言を聞き、ベンは尋ねた。
「…他にマルクくんの両親を一緒に探してた友達がいたんです」
「ああ、海野 紲さんとレベッカ・プリオさんだね。大丈夫だよ。既に保護して今は別室でくつろいでもらっている。2人とも大した怪我は無かったそうだよ」
「そう…よかった…です」
サファイアは安心した。
「そうだわ!」とここでジョセフィリーが何かを思い着いた。
「サファイアをマルクちゃんのお嫁さんにするのはどうかしら?」
まさかの突飛な思い付きに、サファイアは言葉をなくした。
「サファイアさんは誰にも屈しない根性、物腰を身に付けているわ。それは王の妃には必要。
それにサファイアさんは可愛いから、将来はきっと美人さんになると思うの」とジョセフィリーは言う。
前半は兎も角、後半の見た目は必要ないだろうとサファイアは思う。
「そうだね。だがジョセフィリー、マルクに結婚は早くないかい?」とベンが言うと、「…そうねぇ。じゃあ婚約というのはどう?」とジョセフィリーは言った。
「そうだなぁ、それなら…」
それにベンは納得した様だ。
サファイア本人を置いて、2人の大人は話を勝手に進められた。
「ちょ…あの!!」
2人の間で婚約が決まった頃に、サファイアはやっと話に入る事ができた。
「なぁに?マルクちゃんじゃ不満?」
ジョセフィリーは首を傾げた。
圧力を感じる。
だが屈している場合ではないと、サファイアは重い口を開く。
「不満とかじゃないですけど、勝手に話を進めないでください!まだ結婚とか婚約とか…考えた事ないし。まだまだな話だし…。そもそもお礼は…」
そこにきてサファイアは、無礼過ぎた自分の言動に気づいて止まった。
「えっと…」
恐る恐る国王を見た。
「それもそうだな。勝手に話を進めてしまった…すまない」
国王は本当にすまなさそうに、サファイアを見て謝った。
「いえ…」
「ごめんね、つい楽しくて…」
ジョセフィリーも眉を下げて謝った。
「…ならばサファイアよ、何か欲しいものはあるか?何でも言っておくれ」
今のベンに始めの様な王の気迫は感じられなかった。
接しやすい近所のおじさんだ。
「本当に私は何もいらないです」
サファイアは再度断った。
「しかし…」
ベンは困った様子でジョセフィリーを見た。
「…ではサファイア。困ったことがあれば、何でも私たちにおっしゃってくださいな。どんな時でも必ず時間を作り、あなたにお会いしましょう」
そう話すジョセフィリーに、今までの呑気な様子はなく、真剣な様子だった。
流石は王の妻なのだろうか。
「はい、わかりました」
サファイアもしっかりと受け答えした。
話がまとまったところで、シャワーを終えたマルクがやって来た。
「お母様〜」
マルクは無邪気な笑顔でジョセフィリーに抱きついた。
「マルク…」
ジョセフィリーもマルクをしっかり抱きしめた。
「無事でよかった…」
「怪我はないかい?」
我が子を心配する2人の親。
その様子をサファイアは羨ましいそうに見つめるのだった。




