寮と同居人
涼しげな風が木々の葉を揺らし、夏目の黒髪とオズワルドの柔らかな金髪も揺れる。
「あ、あの、オズワルドさん?一体自分はどこに行けばいいのでしょうか?」
「ああ、もう校長とは面会が済んでいるんだよね。だったら次は寮だな」
「寮?」
オズワルドに着いて行っていた夏目の足が止まる。
不安そうに帽子を深く被り直すと、
「エクリオールの寮は、その…えっと…」
「ん?どうしたんだい?」
「誰かと同じ部屋になったりするのでしょうか?自分はあまり人付き合いが上手い方ではないので…その、少し不安で」
うつむき加減で告げると、オズワルドは少し驚いたように目を見開く。
二人の間を風がさわりと吹き抜け、夏目が顔を上げると、オズワルドは優しく微笑んでいた。
「君は何か大きな秘密を隠しているね。ああ、そんなに身構えないでおくれよ。何も追求しようとしているわけではないから。けど、知っていてほしいんだ。この世の中すべての人間が君の敵ではない、少なくとも俺達は君の味方だ」
「………」
「さあ、行こう。寮はすぐそこだよ」
石畳の道を踏みながら、夏目はオズワルドの二歩後ろを着いて行く。
白い肌に黒い髪が影を作り、表情を窺うことは出来ないが、固く結ばれた唇がわずかに動く。
「オズワルドさん、あなた方は一体何なんですか?」
「ほう、そうきたか。んー一言では言えないなぁ。そうだ、君の秘密を教えてくれたら俺達の秘密も全部君に教えよう。もちろん!お互い自分の国のしがらみやら何やら抜きで、あくまで友人として、だ」
寮の扉に手をかけ、油圧式のエレベーターを待つオズワルドは不敵に微笑む。
先ほどまでの万人受けする笑顔とは少し違う微笑み方だ。
夏目は一歩後ろに下がってわずかにうなずいた。
「さあ、残念なことにエクリオールの寮は部屋が少なくてねぇ。君と、君の同居人の部屋がなくて倉庫を急遽改築したんんだ。だからガーネットと李くんにも掃除を手伝ってもらいたいんだけど、あの子たちは一体どこにいったのやら」
オズワルドはため息をつきながら笑ってみせ、夏目とエレベーターに乗り込む。
固い鉄のガタンガタンという音が鳴り、針が最上階である7階を指すと、オズワルドと夏目はエレベーターから降りた。
夜の庭に咲く一輪の薔薇のような真紅の絨毯は、ふかふかとしていて、夏目が固い靴で踏みしめるたびに沈んでいった。
「ここだよ。うーん、まだ少し埃っぽいかな」
「けほっ……そう、みたいですね」
重い鞄を部屋の隅に置き、ひとまず座る椅子を確保して、薄いモスリンのカーテンを開ける。
外の景色は思っていたよりも綺麗で、夏目の目は子供のようにキラキラと輝いていた。
と、
「オズワルドさん、夏目さん。遅くなりました。今日は留学生がたくさんいますからね。手伝いをさせられるこちらの身にもなってほしいものです」
突然響いた李の声に、オズワルドと夏目はびくりと肩を揺らした。
先ほどまでの制服姿と違い、李の祖国の民族衣装なのだろうか、ゆったりとした白の服を着ていた。
腰のあたりの黄色の帯だけが鮮やかな色を放ち、李の落ち着いたイメージとは違った印象をもたらす。
「夏目さん、もうすぐあなたの同居人の方も到着されます」
「あ、うん分かった。どんな人なのかなぁ」
「さぁ、僕もそこまで話し込んだわけではありませんから」
ルニヤの前とは違って少し砕けた話し方と笑顔を見せる李。
夏目には、本当の李がどのような人物なのか分からなくなってきた。もちろんオズワルドやルニヤ達もなのだが。
ため息をついて夏目が帽子を被り直すと、
「失礼します。えーと、本日からエクリオール学園の生徒になった者ですが」
長身で丸眼鏡をした、茶髪の青年が現れた。夏目よりもがっしりと筋肉のついた腕で鞄を持ち、しっかりとした足取りで室内に入ってくる。
コツコツと響く足音に夏目は緊張せざるを得なかった。
「おお、君が夏目か!初めまして、俺はクーラウ、お嬢の付き人として来ていてな。いやぁ東洋人と聞いていたからどんなものかと思ったけど、可愛い顔したガキんちょじゃないか」
「え、ええっと」
「ところで夏目、君は何年だ?ん?ああ、俺と同じじゃあないか。クラスも一緒だといいなぁ、ついでに席も近かったりしたらとても楽しい学園生活になりそうな気が…」
「ゴホンッ!」
李がわざとらしく咳ばらいをして、ぺらぺらと勝手に話す青年―――クーラウを黙らせる。
くるりと半回転して夏目の方を向くと、麻の紐で結われた髪と黄色の帯が、まるで彼の尻尾のようにくっついて回った。
「夏目さん、こちらがあなたと同室になるクーラウさんです。学年は同じで、おそらくクラスも同じではないかと」
「よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
爽やかな笑顔で握手を求めるクーラウの手を遠慮がちに夏目が握り返した瞬間、誰もが「あっ」と息を飲んだ。先ほどまで夏目の頭の上に鎮座していた帽子がクーラウの手によってほうり投げられる。
慌てて手で顔を隠そうとした夏目の両手をがっしりとしたクーラウの大きな掌が捉え、空いた手で夏目の胸倉をつかむ。
「ひぃ」っと夏目から情けない悲鳴が漏れ、オズワルドが止めようと近づく。
が。
「いっ……!!」
「クーラウさん、いくら寮の室内とはいえ、学園の敷地内です。暴力は厳禁ですよ」
いつの間に近づいたのか、李の手刀がクーラウの脇腹に直撃していて、暗い淀んだ目つきでクーラウをにらみ続ける。
「分かった。離せばいいんだろ!ほら、帽子も返すから」
「わっ!」
クーラウの手によって空中に放り出された夏目は、壁に盛大にぶつかった後、しりもちを着いて床に座り込む。
埃が視界を遮ったのちに、今度は顔めがけて帽子が飛んできた。
かろうじてそれを受け取るとしっかりと被り直し、オズワルドに手を引かれて部屋の外に出る。
李がそれを確認して、後ろ手で扉を閉めてからしばらくの間。今後夏目の耳にこびりついて離れないであろう死への恐怖の滲んだ悲鳴が聞こえてくるのであった。
「夏目くん、大丈夫かい?」
「ええ、まあなんとか」
「とんだ災難だったね。ここに来る連中にも、稀にああいった気性の荒い輩がいるんだ。気にしないでやってくれよ」
「はぁ」
差し出された水の入ったコップを受け取りながら、夏目は視線を落とす。
(さっきのあの人は、どうしていきなり自分に危害を加えてきたのだろうか。もしかして、自分が聖エクリオール学園に来た本当の理由を知っているからなんじゃ)
ぐるぐると考え込む夏目の横にオズワルドは腰かけ、ゆっくりと肩に手を置き、話しかけた。
「さて、じゃあ友達同士の身の上話といくか」