秘密の仲間
ルニヤは棚に置いてあった籠からチョコレートを一粒取り出すと、揺り椅子にちょこんと腰かけた。こげ茶色のチョコレートが桜色の唇に吸い込まれて、陶器のような肌の中に消えていく。
ぼぅっと立っていると、李が椅子を持ってきて夏目に勧める。
ぎしりと嫌な音を立てて夏目が腰かけると、ルニヤがチョコレートをもぐもぐと咀嚼しながら振り向いた。
「さて、改めて。自己紹介をしていただけるかね?」
「東洋からの留学生の夏目です。孤児院の出です」
「……それだけか?」
この質問には答えずにゆっくりと首を縦に振って、夏目は帽子をさらに深くかぶろうとする。顔を隠そうとするその動作にルニヤと李は怪訝そうだったが、特に追求もせずに口を開いた。
「僕は先ほど言った通り、李です。あなたと同じ留学生ですね」
「私はルニヤだ。それから我々にはあともう二人仲間がいる。『ルニヤ・ディオダーティ』という秘密を共有する仲間だ」
「秘密?」
「ああ、私という人間が存在していることこそが、我々の共有する秘密だ。して夏目」
ルニヤは夏目のすぐ近くまで歩み寄り、あわてて引き留めようとする李の手を振りほどいて
「貴様、何を隠している?」
夏目に問いかけた。
夏目はただうつむいたままで何も答えず、室内には思い沈黙が渦巻く。
彼が小さく口を動かした瞬間、ゴーンゴーンと鐘の音が響いた。
李とルニヤはむっとした表情で扉をしばらく見つめる。
すると、
「ルニヤちゃーん!待ちに待ったお兄様の登場だよーっ!!李くんもこんにちはー」
「お姉様っ!李様っ!ご機嫌麗しゅう」
金髪の美青年と、長い桃髪を二つにまとめた少女が部屋に飛び込んできた。
二人とも制服ではないが、エクリオール学園の校章をつけている。エクリオール学園では、ごく一部の限られた生徒にのみ制服以外の衣服の着用が許されている。特別高貴な者、優れた能力を持ったもの、その理由は様々ではあるが、必ず校章をつけることが義務づけられている。
これはエクリオール学園の厳しい管理のもとに配布されるかなり貴重なバッチだ。
青年と少女はひとしきり騒いだ後に、夏目を見てきょとんとした顔をした。
夏目が軽く会釈するとぱぁっと顔を輝かせて口々にまくしたてる。
「ルルル、ルニヤちゃん!どうしてここに李くん以外の男がいるんだい!?まさか君にもボーイフレンドがっ!?そんな……そんなまさか俺の大事なルニヤちゃんが…」
「オズワルドったら全く落ち着きがありませんわね。ってあら!東洋の方かしら?髪も瞳も黒ですのね。お姉さまこちらの方は?」
紅茶を淹れながら、我関せずの態度をとっていた李がくるりと振り向いて二人に叱りつけるように言い放つ。
「二人ともお静かに。秘密の部屋で騒いでいたのでは秘密もばれてしまいますよ?まずはお二人から自己紹介をなさってはどうです?」
李はそれだけ言うと、お菓子と紅茶をきちんとお盆に乗せて運んでくる。
ルニヤは退屈そうにあくびをしてからすぐにお菓子と紅茶にご執心、といった感じだ。
「初めまして。俺はルニヤちゃんの従兄のオズワルドだ。先ほどは取り乱してしまって悪かったね(ルニヤちゃんの部屋に男がいたから驚いてしまったよ)」
「お初にお目にかかりますわ。ガーネットと申します。ルニヤお姉様には、私が殿方に絡まれているところを助けていただいたのですわ。あなたは?」
ガーネットは楽しそうな顔で聞いたが、夏目の微妙な顔を見て不安になったようだ。
明らかに目が泳いでいる。
「夏目さん!自己紹介ですよ自己紹介」
「わっ…え、えっと夏目です。ここには何でか分かりませんが李くんに連れられてきました」
しどろもどろになりながら夏目が答えると、ふんふん頷いていたガーネットが、夏目の帽子を指差した。
「どうしてお部屋の中で帽子を被っているんですの?必要ありませんわ」
「…………」
「……夏目様?」
「ガーネット、まあ良いではないか。人には誰しも触れて欲しくない秘密があるものだ。私など存在まるごと秘密なのだぞ」
ルニヤがそう言って目配せすると、夏目はほっとした表情を浮かべ、また帽子を深く被り直した。
この顔を隠すような動作や、常に俯きがちなことから何かあるに違いない。だが、ルニヤが探るなと言うなら、彼らはその場では身を引くしかなかった。
ガーネットやオズワルド達が、李のお茶とお菓子を楽しんでいる間、夏目は困ったような顔で彼らからの質問をはぐらかし続けた。
時計塔の鐘が16時を告げる頃、ガーネットとオズワルドは夏目を引き連れて部屋を後にした。
ルニヤは二つあるうちの小さな窓から外を眺める。
李は洗い終えた食器を拭きながら、ぽつりと言った。
「ルニヤ、本当に良かったのですか?」
「何がだ」
「夏目さんのことですよ」
食器棚に食器を戻して、李がゆっくりとルニヤに近づく。李からすれば、留学生で素性も知らない夏目のことは信じられない。
それに彼の目つき。それが一番気に入らない。
「不服そうだな。夏目のことは気に入らんか?」
「気に入るも何も。何故あのような素性も知れぬ人間をこの部屋に入れるのです」
「お前と似ているからだよ、李。」
「似てる?僕と彼がですか?」
「ああ、そうだ。出会った頃のお前は、周りにいる者すべてが敵のような目をしていた。奴も李ほどでは無いが、同じような危なさを持っている気がしてな」
「………」
「まあ良いではないか。きっとあいつもいつか心を開いてくれるだろうよ。お前も寮に戻れ。長居はよくないと言ったのはお前だろう?」
「はい」
李は、まだ不満そうな顔をしながらも時計塔から降りていった。