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うろなで考える

 例えば、の話だ。

 自分の前に「私は不思議を探しています」という人物が現れたとしよう。

 普通、どうするだろうか。昨今の若者なら変人扱いして無視するか、変人扱いして適当にあしらうか、変人扱いしてよそ行きの顔を作り「知りません」と言うだろう。あるいは本当に「不思議」を知っていたとして、果たして答えるだろうか。可能性は限りなく零に近い、と思う。

 僕の雇用主である和倉葉朽葉(わくらばくちは)は、その零に近い可能性に挑戦しているような女性である。僕、もとい六条寺華一郎ろくじょうじはないちろうはそれについていくのが仕事、という事になっている。そういう事にしている。

 まあ、何が言いたいのかと言うと、彼女は追い求める者に付き物のちょっとした運で、その零に近い何かを引く事すらあるのだ。


 そういうわけで、和倉葉朽葉はいつも通り、微笑を浮かべてスマートフォンをいじっていた。彼女は割と変化に対する順応が早く、大学の老人教授連や訳知り顔(多分)の若い学生達の操る二つ折りの携帯から、さっさと乗り換えたのだった。

「これは最早「携帯電話」とはかけ離れた通信機器です。多機能が付随した電話ではなく、電話機能が付随した多機能端末ですね」

 彼女はタッチペンを右手に、火の点いた煙草を左手に持ち、テーブルに置いたスマートフォンをいじりながらそう言った。

「人の技術は、人に身近であろうとするほど物理的に小さくなっていきます。何故なら、生活に溶け込もうとすれば溶け込もうとするほど、それが生活の邪魔にならない事が重要になるからです」

「じゃあ、スマートフォンの最終進化系ってどうなるんですか」

 僕が尋ねると、彼女は画面から目を離して、僕の方を向いた。

「不正解です。現状を「多機能端末」と定義するのであれば、内包物は永遠に膨張していきます。例えば「コーヒーを淹れる事が出来る電話機能内蔵の多機能端末」というのも、現在の定義では「スマートフォン」になります。そして、それは可能でしょう。そうして何もかもを取り込んでいく「多機能端末」という言葉を使うのであれば、定義を立てる事は不可能です」

 ……例に問題があると思うが、まあ、いいか。

「現状を「大容量通信回線に接続可能な情報端末」という定義で言えば、最終進化は「物質的に質量の無い、思考のみで操作出来る機器」となるでしょう。その時はもう、人間の脳がそうなっているのかも知れませんね」

「……それって」

「正解です。現在なら、いわゆるSFの領域です。ですが、決してありえない、とは言えません。何故ならこれは未来の話だからです。未来とは」

「曖昧の彼方である」

「正解です」

 教授は満足げに煙草を吸い切って、ガラスの灰皿に押し付けて消した。

「現在の技術も、過去視点から観測すれば正しくSFです。私たちは、曖昧の先に来てしまったに過ぎないのです」

「なるほど」

 僕が頷くと、彼女はまたスマートフォンを叩く作業に戻った。きっと、多分、恐らく、仕事に関連した何かを行ってくれているのだろう。そう信じたい。

 ……スマートフォンで思い出した。

「そう言えば、この間メールアドレスを交換してた陰陽師の女の子とは連絡を取ってるんですか」

「正解です」

 彼女は静かに首肯した。

 つい先日、僕たちが「不思議」を探しに外に出たときの話なのだが、往来で堂々と妖怪の話をしている中学生くらいの男女を見かけたのだ。普通なら生暖かい目で見守る所なのだろうが、教授が興味を引かれないはずが無く、止める間もなく彼女達の方へ行ってしまった。

 結果的に当たりだったと言って過言ではないだろう。なんとそこにいた女の子は陰陽師、しかも名のある家系、らしい。僕はてんで分からないが、教授が言うのだからよっぽどだろう。男の子(確か稲荷山君だ)の方は何も言っていなかったが、途中から物凄い目で女の子(芦屋さん、とかいったっけ)を見ていたので、多分彼は違うのだろう。なんというか、境遇に同情してしまう。

「日に一回の割合で「妖怪を目撃しなかったか」という主旨のメールを送ってきてくれます。大変興味深いです」

 ……それは、なんというか、うん。

 しかし、教授はどことなく嬉しそうだ。

「私は陰陽師の存在を知識として知っていますが、彼らが技術を行使している所は見た事がありません。機会があれば、この目で確認したいものです」

「まあ、陰陽師自体が「不思議」みたいなものですしね」

 相づちを打ってみると、教授はまた顔を上げた。

「不正解です」

 え。

「そうですか」

「陰陽術とは技術で、陰陽師とはそれを行使する技術者です。読唇術と一緒で、習得すれば誰にでも可能です。同様に「不思議」とは言えません」

 ……そんなものだろうか。

「でも、ほら、霊力とか、血統とかってあるじゃないですか」

「不正解です。まず、具体的に「霊力」とは何でしょう」

 え。

 ええと。

「……スピリチュアルパワー」

「不正解です。英訳は要求していません」

「……修行で身に付く、能力」

「不正解です。意味合いとして、技術習得と何ら変わりがありません」

「……術を行使する為の力?」

「不正解です。それでは、これの説明がつきません」

 彼女は懐に手を入れて、一枚の紙を取り出した。あの時芦屋さんからもらった護符である。彼女曰く、一時的に妖怪を退ける力があるらしい。

「彼女はこれを私たちに手渡し、緊急時に使用するよう言っていました。つまり、この護符の使用は誰にでも可能で、貴方の言う「霊力」が備わっていない人間でも問題無い、という事です」

「じゃあ、それを使うのに霊力は要らない、とか」

「不正解です。まず、この国に於ける陰陽術とは、陰陽五行説という理論体系を元に事象を予知、対抗する事を主とする術です」

 喋りながら煙草をくわえ、長い足を組み直し、彼女はまた微笑んだ。

「日本の陰陽道には多くの要素、例えば仏教、神道、道教などの宗教論理、あるいは元から陰陽五行説に関わりを見られた天文道、風水説、さらに密教呪法などが加わり、発展してきました。そうですね、これと同じようなものかも知れません」

 彼女はちょっとだけ悪戯っぽそうに瞳を光らせ、スマートフォンを持ち上げてみせた。

「つまり、通信機器の発展と同じ様に、進化の過程で多くの要素を取り込んで肥大化し、それらを自らの用途に合わせて解釈し、利用している、と」

「正解です」

 微笑む彼女は何故か煙草に火を点けず、くわえたままだった。ライターは持っているはずなのだが。

「……で、それが霊力の否定とどう繋がるんですか。逆に、霊力の要素も取り込んでいると思うんですけど」

「不正解です。……そうですか、なるほど」

 彼女はふと動きを止め、数秒黙っていたが、小さく頷くとまた微笑んだ。

「不正解でした。前提を訂正しましょう。彼女、つまり芦屋さんの名乗る「陰陽師」において、という話です」

 ……余計訳が分からなくなった。

「彼女は「陰陽師」です。先ほどの護符も証明になりますし、何より彼女が名乗ったのですからそうでしょう。しかし、一般に定義される「陰陽師」とは違う、ということです」

「……どのへんが、ですか」

「彼女が「妖怪」を探しているからです」

「陰陽師じゃないですか」

「不正解です。先ほど長々と説明した「陰陽師」とは、有り体に言ってしまえば「占い師」です。前に列挙した要素を駆使し、吉凶や未来を予知、対抗するのが彼らです。対して芦屋さんのような「陰陽師」は、言うなれば「対妖怪技術者」です。彼女達は先ほどの理論を妖怪事象の倒滅、根絶に使用し、それを目的としているということです」

「それって、どう違うんですか」

「不正解です。根本は同一かも知れませんが、要素の用い方は文字通り、天と地ほどの差があります」

 教授は胸ポケットにいつも刺さっている万年筆を取り出し、ついでに小型の手帖も取り出すと、まっさらな頁に何か書き付け、それを破り取って僕に示した。何やらミミズがのたくったような文字(だと思う)が並んでいる。

「これを行使出来ないのが、一般に知られる「陰陽師」です」

 彼女はそれを細くこより状にねじって、くわえた煙草の先端に当てる。

 ……まさか。

「そ、それ使えるんですか。こう、火がポッと」

「不正解です」

 え。

「私には扱えません。ですが、私の知る論理が合っていると仮定するならば、芦屋さんには扱えるでしょう」

 彼女はこよりを胸ポケットに差し込んで、結局懐からライターを取り出して火を点けた。深く煙を吸い込み、細く吐き出すと、散っていく紫煙の向こうで教授は笑っていた。

「これを使用するにはまず霊力が必要です。そして、霊力を行使するにはそれなりの技術が必要です。霊力行使の技術を持つ「陰陽師」ならば、可能でしょう」

「……結局「霊力」ってあるんじゃないですか」

「正解です」

 また訳が分からなくなり、僕は思わず立ち上がってコーヒーメイカーに向かった。熱いコーヒーをカップに注いでぐっと飲み干す。喉を火傷しそうになったが、代わりに少し落ち着いた。人間、お腹が暖まれば落ち着くものだ。

 もう一杯注いで、今度は教授に渡した。彼女は短くなった煙草を灰皿に捨て、受け取ったコーヒーを一口飲んだ。

「論理展開の齟齬ですね。端的に言ってしまえば、霊力はあります。ただし、限られた人間にしか無い、という事はありません。総量の差はあれど、人間が人間である以上、必ず霊力を保持しています」

「なるほど」

 要するに、彼女は霊力を否定したかったのではなく、陰陽術は極論すれば誰にでも扱える「技術」であると言いたかったわけだ。

 確かに、少し主題から逸れていたかも知れない。

「お分かり頂けたようですね」

 僕が得心いった顔をしているのが見て取れたらしく、教授はもう一口コーヒーを飲んで微笑んだ。

「遠回りしましたが、万人が持つモノを扱う、というのは等しく習得の機会を与えられた「技術」です。貴方は血統という言葉を使いましたが、あれも半分正解で半分不正解です。血統によって能力に差が出る、といった事は殆どありません。ただ、家系制度に組み込まれた技術体系は家中秘伝である事が多いのもまた事実で、そういった意味では「血統」も技術習得に対する要素になりえます」

「つまり、芦屋さんしか出来ない術もある、と?」

「可能性としてはありますが、それを確認するには視認するしかありません。ただ、問題も発生します」

 問題? どんな問題だろう。

「単純です。彼女は妖怪を滅しようとしています。私はそれに口を挟める立場ではありませんが、妖怪という「不思議」を調べたいというのも事実です。つまり、私たちと彼女の利害は必ずしも一致しない、という事です」

「じゃあ、教授は妖怪に会った時、芦屋さんに連絡するんですか? それともしないんですか?」

 教授は目を閉じ、静かに答えた。

「解答不能、です。正直に申し上げて、迷っています」

 ……ひどく珍しい。彼女が何かに悩む姿など、滅多に見られない。最後に悩んでいたのは今使っているコーヒーミルを買うかどうか、という至ってどうしようもない逡巡で、しかも買うのは確定していてそれをどうやって「経費」扱いで落とすか、というとてつもなくインモラルな悩みだったのだ。それから比べたら、義理を果たすかどうか、などという悩みは些末だろう。いや、ほんとに。

「ですが、現状私達が把握している妖怪情報は一件のみで、しかもまだ未確認です。この問題は保留します」

 彼女が呟いたのとほぼ同時に、机の上でスマートフォンが震えた。教授はそれをタッチペンで叩き、一瞥して、小さく微笑むと指先で僕の方に押し出した。

 画面に映るメールの文面は至って単純、シンプルで且つ分かりやすかった。

『こんにちは! 妖怪見ませんでしたか?』

 彼女の活力にあふれた顔と、横にいた少年の眉間の皺を同時に思い起こし、僕も思わず微笑んだ。

 まあ、また会えるだろう。


 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載六話目の投稿となります。


 本作の執筆に際し、寺町朱穂様の稲荷山君と芦屋さんをお借りしました。

 何だか教授も妖怪を捜しているような雰囲気ですが、さて。


 また、今作には「陰陽師」に関する独自解釈が含まれています。

 私個人の解釈ですので、あしからず。


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

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