表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

うろなで語る

 僕こと六条寺華一郎ろくじょうじはないちろうは、大学教授の助手という、非常に美味しそうな職業に就いている。しかも僕の場合は上司が割ときっちり美女である、というもっと美味しそうな状況にある上、彼女はどこに行くにも僕を手放さないので傍目に見れば、特に健全な男性が見ればものすごく美味しそうに見えるのだろう。実際に大学に一年生が入学してから二週間くらいの間は、廊下ですれ違う男子生徒の目がやばい。

 ただし、彼女の容姿に惹かれて授業を受ける輩の半分は一ヶ月でいなくなり、その半分の半分くらいは授業に着いていけなくなっていなくなり、そのまた半分くらいは努力虚しく単位が取得出来ない。そして、僕を見る周囲の視線がだんだんと同情に変わって行く。僕が彼女のお気に入りである事が、大体「人身御供(ひとみごくう)」と同じ意味である事が分かるからだ。だから、彼女が長期の研究休暇(けんきゅうきゅうか)を取り、しばらくの間戻らないと知った時の学生の顔たるや、砂漠でオアシスを見つけたが如しだった。そこそこどうでも良い話だが、彼女が空けた授業の補講教師(ほこうきょうし)を探して交渉して相談して学校に報告して承認をもらう、という作業は僕の仕事だった。何かおかしい。

 そういうわけで、僕は必要最低限の荷物をまとめて僕が手配したホテルに送り、うろな町に出かける電車に乗り込んだという事だ。ホテルを取った後、荷物に関して彼女に連絡しなかったのは、確かに僕の落ち度だったかも知れない。

 そんな事を考えていたら、静かな声が僕を現実へと引き戻した。

「そろそろ本格的な研究を開始します」

 僕の上司、和倉葉朽葉(わくらばくちは)は涼やかな笑みと共に宣言し、コーヒーの入ったカップを傾けた。ちなみに僕が淹れたコーヒーだ。彼女はカフェイン中毒もかくやと言うほど飲むのだが、まずコーヒーメイカーを扱えない。

 彼女はこの旅行に際し、遊牧民族(ゆうぼくみんぞく)の如く「家財を文字通り一切合財(いっさいがっさい)持って来ました」と多少自慢げに言っていたので、カップもコーヒーメイカーも自前の物だった。まあ、これなら荷物も多くなるだろう。というか、彼女の家財は特大キャリーケース二個に収まるくらいだったらしい。

「こういった状況下に於いて、私の家財が一般に考えられる量より少ないという事は効果的に働いていると言えると思いますが」

 それ以前に、一切合財を持ち歩くのかという事は問題にならないのだろうか。

 しかし、それを聞いた所で僕の労力が減るとは思えないので黙っておいた。そのかわり、ずっと聞きたかった事を聞いてみる事にした。

「で、僕らはここに何を探しに来たんですか」

 僕の質問に対し、彼女は空とぼけたような笑みを浮かべる。

「不正解です。説明の必要は認識されません」

「学校に提出する報告書から研究費の申請まで僕の仕事です。状況を理解していないとそれら全てに悪影響が出ます」

「不正解です」

 どうしろと言うのか。

 彼女は僕の視線も意に介さず、懐から煙草入れを取り出した。何でも姪御(めいご)さんからプレゼントされたという、上等な革製の箱である。中身の煙草は彼女の趣味で、エジプト製の安い紙巻きだ。僕は吸わないので違いなど分からないが、彼女はこれしか吸わない。当然この国で売っているわけも無く、彼女が自分で個人輸入している。

 安いライターで火を点け、数服つけると、ようやく笑みが満足そうになった。

経験則(けいけんそく)で判断出来る事柄だと思いますが?」

 彼女のいう「経験則」とは、つまりこれまでの研究旅行と同じ様に着いて行った先で僕に状況を理解させ、それに応じた書類作成をさせる、という後出しジャンケンのような状況の事だ。

「今回はそういうわけにはいきません。一年の研究費用ほぼ全部突っ込んでるんですから、下手な報告は出来ません」

 出来る限り冷ややかに言ったつもりだったのだが、彼女には全く効いていないらしい。早速一本吸い終わり、吸い殻を部屋に備え付けてあるガラスの灰皿にこすりつけて火を消すと、その時にはもう次の煙草をくわえていた。早業である。

「不正解です。貴方の書類作成能力は、私が正しく評価しています。それは私の経験則であり、教務(きょうむ)や教授会で一切の問題になった事が無い、という第三者の評価視点からの裏付けもあります」

 それはそうだが、多分「朽葉手当(くちはてあて)」というべき、同情的な観測と扱いによるものなのだと僕は思っている。それを当人が感じ取った事は無い、と思う。下手をすれば教授会すら僕に任せる上、僕個人の経験からいうと多分教務課に顔を出す事は精々一年に三回といったところだろうから。

 ということで、僕は早々に説得を諦めた。

「分かりました。それでは、これからどうなさいますか」

「正解です」

 ゆっくりと二本目の煙草の最後を吸い切り、紫煙(しえん)を吐き出しながら、彼女は僕に向かって微笑む。

「ここの所、ホテルに篭りきりでしたからね。そろそろ実地検分に行っても、問題は無いでしょう。地図を」

 教授は吸い殻をつまんだ指先で書類鞄(しょるいかばん)を指した。僕が手を突っ込み、中から地図を取り出してベッドの上に広げると、彼女は椅子から立ち上がって、今度はベッドの端に座った。僕はその後ろから、地図を覗き込む。

「私たちのいるのが、この町の大体中心です。ここですね」

 彼女はそう言い、吸い殻で地図の真ん中に黒い点をつけた。

「調査予定範囲はこの地図、というよりはこの「うろな町」の全域です。西の山から東の海まで、あらゆる地域が対象です」

 何の調査ですか、と言う質問はさっきしたので無意味だ。僕は頷き、それから何となくポットを手に取り、コーヒーをテーブルに残されていたカップに注いで、彼女に手渡した。

「正解です」

 満足そうに頷いて、彼女はそれを一気に飲み干し(ホットなのだが)、空のカップを僕に差し出した。

「現状の予定では、まず市内で住人に聞き取り調査、その後、情報を整理して状況を開始します。前にも説明しましたが、調査期間は未定です。早く終われば、その時は休暇を楽しみましょう」

 その「休暇」をどうやって学校に説明するのかは考えていないだろう。

「……研究休暇は一年しか取っていません。超過する場合はどうするんですか」

 取りあえず現実から目を背けるため、ポジティブに考える事が出来なくもない疑問を口にした。ひょっとしたら「その時は諦める」とか言ってくれるかも知れない。

「不正解です。私は学校側に「無期限の研究休暇」を申請する様にお願いしたはずですが」

 それが通れば苦労していない。一瞬でも前向きに考えたのがいけなかった。思わず目を閉じると、静かな、透き通った声が響く。

「超過の予定はありません。何故なら「超過する」という事自体がありえないからです。それは、調査内容によって調査期間が定められ得ないからです」

 その(僕にとっては)絶望的な、残酷な調子に釣られる様にゆっくりと(まぶた)を上げると、我らが教授、和倉葉朽葉は慈愛のこもった風な、優しげな笑みを浮かべていた。

「調査内容は『不思議』の研究、対象はこの町全て。あらゆる可能性を元に(あまね)く事象を探求し全ての状況を把握して(ことごと)くそれを調べ尽くす。以上です」

 ……ああ。

「了解です」

 美味しそうじゃないかな、と思う自分が嫌だ。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載二話目の投稿となります。


 はい、こういう事です。

 次話以降、各地にお邪魔して交流して行く事になると思います。


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 どんどん喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ