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うろなで機械 6/27

「教授」

「何でしょう」

「お手上げです」

 正直な感想、というか僕こと六条寺華一郎ろくじょうじはないちろうが出した妥当な結論である。車の機械構造をも『愛』している、ゼミ生にして僕の血縁である四条社麗乃(しじょうやしろれいの)も首を傾げ、教授に至っては車から出る気配もないのだから言わずもがなである。

 そういうわけで、僕の上司である和倉葉朽葉(わくらばくちは)教授の愛車であるシトロエン2CVは故障停車している。


 事の発端が教授である事は、言うまでもあるまい。

 教授は奇跡もしく神の悪戯あるいは非合法(僕の想像だ)的に運転免許、しかもマニュアル車運転可能のものを有しており、何にせよ車の運転を法的に許可されてしまっている。それがどういう意味かは言わずもがなであるが、とにかく僕は教授が運転しているところだけは想像がつかない。ただ、車を持っている事もまた事実で、その車がこの出来損ないのカマボコみたいなフランス車(貶める意味ではない)なのだ。

 教授はこの一年ばかり動かしていなかった車が気になってきたようで、足回りを慣らしておく意味でこのうろな町への回送を提案した。それが物事を『愛』してやまない四条社の太くて多い琴線のどれかに触れたらしく、諸手を挙げて賛成したので、民主的多数決でシトロエンの回送が決定した。教授が強固に主張したため、うろな町での屋根とシャッター付きガレージの手配をしたのは僕である。

 教授はそれが決まった夜のうちに出かけ、朝にはホテル前に黄色いチーズの固まりみたいな車体を乗り付けていた。つまり結局運転している姿は見ていないが、まあ、いい。

 一旦ホテルの駐車場に預けて、興奮気味(常にだが)の四条社と微かに眠そうな教授にコーヒーを出して朝食を摂り、それが終わるとすぐさま四条社がドライブを提案した。四条社は薄い胸を突き出して「ひかえおろう!」と運転免許を見せびらかし、運転手をかって出た。というか、最初から自分が運転したかったらしい。僕はこの車にいい思い出が無いので一も二もなく了承し、オーナーたる教授も微笑んで許可を出した。

 最初のうちは老シトロエンも順調で、四条社も「やっべえすっげえボンドの気分!」と訳の分からないハイテンションを保ちながら訳の分からない位置にあるシフトレバーを訳が分からないくらい華麗に操作(本当に初見だったのか甚だ疑問である)して運転していたのだが、なんだかエンジン音がおかしいな、と思っていたらガクンガクンと揺れだし、四条社が慌てて路肩に寄せるなり沈黙して、それきりうんともすんとも言わなくなったのだった。

 それで、今がある。


 四条社はぶつぶつ言っていた。

「故障しないのがシトロエンのいいとこなのに……クラリスの時なんか骨組みとエンジンとタイヤだけで走ってたのに……」

「分かったから手と脚を動かしてくれるかな」

「そりゃもう馬車馬のごとくっす、はい」

 栗色の小柄な馬車馬はそう言いながら、車の後部へ重い足を引きずって行った。

 とにかく帰らなくてはならない。経験上この車は割に軽いので、二人で押していく分には大丈夫なのだ。僕は車の右側で前を見ながら押し、四条社は後ろからひいひい言いながら押していくことになった。運動能力が絶無に近い教授には、煙草とコーヒーを与えておとなしく運転席に座っていてもらう事にする。

 屋根のルーフと窓を全開にしているとはいえ、この車にはエアコンなんて高尚なものは一切無いので車内は地獄の釜になっているはずなのだが、教授は微笑んだまま、いつものスーツ姿にソフト帽のスタイルを崩していないし、汗をかいている様子も無い。彼女の身体が何で出来ているのか、僕には想像もつかない。

 案外、ロボットなのかも知れない。

「不正解です」

 教授の声は、こんな夏の日でも涼やかだ。

「考え事をする時に唇が動くのは、貴方の『不思議』な癖ですね」

「すいません」

「不正解です。謝罪を要求した覚えはありません」

 …………。

 こういう時、何を言えばいいのだろうか。

「……でも教授。人型のロボットってなかなか作られませんよね。技術は進歩したのに」

 割に安直な話題作りだ。

「不正解です。人型とされるロボットはかなりの数が作られています。現状では産業に至る段階に到達していないだけです。そして、当分は現状のままでしょう」

「なんでですか」

「そりゃ決まってるっすよ」

 四条社が後部から擦れた声で割り込んでくる。

「愛が足りないんす」

 ほっとこう。


 しかし、暑い。

 車を押すのに疲れた僕たちは、街路樹の陰に車を止めて休憩していた。

「あっづいっすぅ……」

 今にも溶けそうな声の四条社は車の後部に寄りかかり、手をばたつかせて涼む努力をしていた。実際は生温い微かな気流を作っているだけなので、さして涼しくはならないだろう。

 直上から降り注ぐ太陽光と熱波、足下から這い上がってくるコンクリートの反射熱、肌に染み付く不快指数、入道雲は太陽の周りを避けるように湧き、遥か向こうの道は陽炎で揺らめいている。

 暑い。

  しかし、教授はへっちゃらのようである。微笑みを浮かべながら煙草を吹かし、ソフト帽はおろか黒いスーツのジャケットを脱ぐ気配すらない。心配を通り越して呆れるばかりだ。

 唐突に四条社がルーフのふちに手をかけて小さな身体を思い切り伸ばし、解放された天井から教授を見下ろす。サスペンションがやたらと緩い車体が大きく揺れ、ギシギシと軋む。危なっかしい。

「ねえセンセ、車はここに置いといて、とりあえずアイスでも探しに」

「不正解です」

 即答だった。

「窃盗の危険性があります」

「センパイに待っててもらえばいいっす。泥棒なんかバリツで一撃っすよ」

 僕はいつイギリスの探偵になったのだろうか。

「不正解です」

 教授は微笑みを浮かべ、梃でも動く様子が無かった。教授を置いていく選択肢はあるにはあるが、それは僕らが怖い。まあ、まだコーヒーは残っている。ホットだけど。

 この後また冷房も無い借りたばかりのガレージまでこの車を押していき、多分解体修理をしなくてはならない。いや、最早修理業者を探すべきだろう。この近在に二十五年も前に生産中止になった外国産旧車の修理が出来る業者が存在するだろうか。いなければ呼び寄せるしか無いし、するとまた面倒だ。

 色々考えていたが、暑いので止める。結局のところ今は出来ないし、どうせやるのは僕である。はあ。無情を感じて縁石に座ってみたが、木陰は思いのほか涼しくなかった。蒸すだけだ。

 何となく足下に目を落とすと、僕の上に陰が出来たのが分かった。

「失礼致します」

 僕が顔を上げると、そこにはセーラー服を着た少女が静かに立っていた。そしてその後ろにも、笑みを浮かべる女性が一人。

 少女の妙に表情の無い、仮面めいた顔には汗の雫一つ無い。教授の同類が存在するとは思わなかった。

「お困りの様子とお見受けしますが、どうなさったのですか」

「び、美少女」

 僕は咄嗟にコーヒーの入った水筒を声の方向に投げつけ、黙らせる。

「いえ、ちょっと車が故障しまして」

「走行が不可能になった、ということですか」

「まあ、そうですね」

「少々お時間を頂ければ、私の妹が修理出来ると判断します」

「ほ、本当ですか」

「はい」

 無表情のまま頷く少女の後ろで、女性がにこにこと会釈してくる。むしろあちらの方が姉に見えるのだが、その辺は何か事情があるのだろう。よく見たら、向こうも汗一つかいていない。人類は暑さを克服出来るらしい。

 とにもかくにも、渡りに船とはこの事だ。

 そういうわけで、僕と頭をさすっている四条社、そして教授も帽子を取ってお辞儀する。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いするっす」

「正解です」

 …………。

 教授のはちょっと違う気がする。


 ぺらぺらのボンネットが開け放たれ、少女の妹と紹介された女性がそこに首と腕を突っ込んでいる間、邪魔をする体力も能力も精神力の余地すらもない僕達は各ドアとルーフを全開にし、待機させてもらう事にした。僕は後部座席、教授は運転席、四条社は狭い車内を諦め、僕が座っていた歩道の縁石に腰掛ける。

 さて、話を戻そうか。

「で、教授」

「何でしょう」

 教授は、車の故障後四本目の煙草に火を点けながら微笑んだ。

「さっきの話です。人型のロボットが、何故発展しないのか」

 緩いサスペンションの所為か、車が微かに揺れる。先ほどの女性がエンジンをいじっているからだろう。

「必要性の認識が希薄だからです」

 教授は薄い笑みをフロントガラスに映して、後方の僕を見ていた。

「もっと言えば、ロボットが人型である必要が見いだされていないからです。今の技術では、二足歩行に割かれるリソースと要求されるスペックが噛み合いません」

「じゃあ認識が希薄、っていうのは?」

「単純な話です。ロボットが人型でなくてはならない理由が見つからないからです」

 教授の咥えた煙草からたなびく紫煙は、開け放たれたルーフから暑い空へと伸びていく。教授はソフト帽の鍔を指で押上げ、それを目で追っていた。

「ヒトの身体構造で、ヒトの行動原則で、ヒトの挙動限界で何かをする理由が無いからです。そして、それを無視してまで製造するに足る『理由』が今現在、一つしか存在しないからです」

「いわゆる『ロマン』って奴っすね」

 四条社が楽しげに言い、教授は首肯した。

「正解です。追い求める者にそれは必ず訪れますが、追い求めるだけでは越える事が難しい障害が存在するのもまた事実です」

「だからロマンなんすねぇ」

 うんうん、と感慨深げに頷く四条社の先で、教授は煙草を携帯灰皿に押し付けて消し、助手席に転がっていた水筒を取り上げる。

「『ロボット産業』の観点で見れば、世界は限りなく前進しています。工場の全自動化運用すら可能になりました。しかし、それが人間のカタチである必要は存在しません。むしろ無駄でしかない。この車も、あるいはそうです」

 教授は片手にコーヒーの入った水筒の蓋を持ち、もう片方の手で、細いハンドルをトントン、と叩く。

「この車のデザインコンセプトは『蝙蝠傘に車輪を四つ付ける』だったそうです。とことん無駄を省き、コストを抑えて安価にするのが目的だったようですね」

 斬新な話である。丸っこいカタチといい、確かに傘っぽく見えなくもない。

 いや、見えない。

「以上です。世界が人型ロボットを希求するに足る理由を見つければ、発展は飛躍的加速を遂げるでしょう」

「じゃあセンセは、人型のロボット欲しいなーって思った事無いっすか? ドロッセルお嬢様みたいな」

 四条社の例えは意味不明だが、多分そういうロボット物の何かがあるのだろう。彼女は森羅万象を『愛』しているのだが、サブカルチャーも当然例外ではない。

「正解です」

 え。

 教授はコーヒーを呷り、四条社をバックミラーで確認しながら微笑んだ。

「しかし不正解でもあります。ヒトガタを模しただけでは人型ロボットとは言えないでしょう。ヒトである理由が無くてはいけません。私はヒトのカタチのみに『ロマン』を感じる訳ではありません」

 まあ、そうだろう。ヒトのカタチを作るだけなら、今の技術で十分だ。多分。

 教授は微かに首を傾げる。

「私が望むのは、ヒトとしてヒトの思考を行う事が可能であるヒトガタです。外見(ハード)だけではなく中身(ソフト)も、私が求めるモノです」

「なんでしたっけ、人工知能?」

「正解です」

 おおうHAL2000、と謎の感嘆詞を口ずさむ四条社は無視。

「ヒトをヒト足らしめているモノをヒトが作る。人間は教育や学習という行動で人間の中身を形成しますが、それを詰め込む器を機械的に作り出した事は未だありません。それがもし完成したら、欲しいですね」

 教授は水筒を助手席に戻して、次の煙草を咥えた。

「……なんで欲しいんですか?」

「『不思議』だからです」

 即答だった。

 ライターが小さな火を灯して、有害物質の固まりみたいな枯れ葉の集合を燃焼させる。

「人間の情報処理能力は、少なくとも地球上に於いて他生物を凌駕している事になっています。人間は生物的にそれを増産します。こんなモノが、この惑星を支配しています」

 教授は煙草を挟んだ二本の指で、自らの額を小突き、微笑む。

「機械知能は今、急速に発達しています。人語を解し、抑揚のついた同言語で応答を行う事すら出来るようになりました。創作物の中にあったセカイは、手が届きそうになっています。ただし、機械が自我を持つようには至っていません。我々は未だ足りていないのです。そして、そこに至った時『不思議』が生まれます」

「至った時、ですか」

「正解です」

 教授は左手を挙げ、指を三つ立てた。

「アイザック=アシモフの『ロボット工学三原則』をご存知ですか?」

 …………。

 知らない。

「ゆーめいっすよ、知らないんすかセンパイ」

 四条社のからかうような声。

「一、ロボットは人間に危害を加えてはならない。

 二、一に反しない限りロボットは人間の命令に服従しなくてはならない。

 三、一と二に反しない限り、ロボットは自己を守らなくてはならない。これがいわゆるロボット三原則っす。基本のキっす」

 何の基本なのか知らないが、四条社は憤然と鼻を鳴らす。教授は「正解です」と微笑み、フロントガラスの反射の中で僕にも微笑みを送る。

「この三原則は多くの創作物、また現実のロボット工学の発展にも影響を及ぼしました。ただし、この三原則は万能ではありません」

「万能じゃないって、例えば?」

「そうですね、貴方が三原則をインプットされたロボットだったとしましょう。川で溺れている子供がそこにいます」

 教授は四条社を指差す。彼女は「あー溺れるっすーロボセンパイ助けてー」と楽しげに手をばたつかせ出す。

「私があなたに救助を命令した時、貴方はどうすると思いますか」

 行きたくない。

「……救助に行くでしょう」

「流石ロボセンパイ! そこに痺れる憧れるぅ!」

「正解です。しかし、貴方が電動式のロボットだったらどうしますか」

 え。

「……いや、行くでしょう」

「すると、子供は感電します。それは三原則の一つ目に反しています」

 あばばばばー、としびれる演技をしている四条社は視界に入れず、僕は考える。

「じゃあ、行かないんですか?」

「不正解です。三原則の二つめに反します」

「……なら、何か探します。ボートとか」

「正解です。それが『不思議』です」

 ……分からない。

 演技を止めた四条社はうんうん、と頷いている。どうもこの問題の事は理解しているらしい。ちょっと悔しい。

「貴方は『ボートを探す』という代替案を考案しました。しかし、それはボートの存在に関する知識、ボートに乗っていればショートが防げる理由などを知っていなくては成り立ちません」

 ……そうか。教授の話が何となく分かった。

「じゃあ、僕が防水加工を施された電動式ロボットだったらどうです? それなら、何かを理解する必要なんて無いでしょう」

「不正解です」

 ……だめか。

「だめですか」

 唐突に後ろから声をかけられる。先ほどの少女が、音も無く背後に立っていた。

「防水コーティングが為されていれば、水中での活動に支障は起こりません。安全な救助が可能です」

「正解です」

 教授は微笑む。

「それは前提条件の問題です。もし貴方が仮にロボットだったとして」

 ガチャン! と音がして車が揺れ、話が中断された。多分エンジンの部品を外した音だろう。少女の妹であるあの女性は、意外とエンジニアだったりするのかも知れない。

 教授は次の煙草に火を点ける。

「もし貴方が仮にロボットだったとして、防水加工が施されていない事を知っていたら、ロボット三原則に基づいた行動をとるために何をしますか?」

「……飛び込み、ました」

 妙な日本語である。しかし、教授が気にしている様子は無い。

「先ほども言いましたが、その場合人間に危害が及ぶ可能性があります。それを阻止するための行動は、どのようなものが挙げられるでしょうか」

 少女は目だけを俯かせて考えているようだったが、言葉は出て来ない。

「あるいは防水加工が施されていて、それを知らなかったとしても、貴方は飛び込んだでしょうか」

 教授がそう言うと、少女はまた微かに頷いた。教授も頷き、微笑む。

「正解です。それもまた『不思議』です」

 ……分からない。少女も無表情のまま、固まっている。

 教授は吸い切った煙草をどこにやるか目で探し、結局ダッシュボードに押し付けて、火を消した。携帯灰皿は既に満杯のようだ。

「我々人間は自らに可能な事を、知識として知っています。そしてそれらから最適解を見つけます。例えば私が先ほどの状況に居合わせた場合は、速やかに消防と救急への連絡を行います。それは私が泳げない事、泳げない為に救助活動に著しい危険が伴う事が分かっているからです。しかしロボットはそれが出来ません。何が必要であるか、何が必要でないかを思考しなくては先に進めないのです。泳げないのでボートに乗らなくてはいけないが、ボートは荷重に耐えうるのか、ボートの持ち主は誰なのか、ボートをそこから動かした場合景観を損ねるのではないか、等の無限の可能性に対して、全て対処しようとしてしまいます。これをフレーム問題と言います」

 そうそう、と溺れっ放しだった四条社が頷いた。

「最近は将棋を打てるロボットが出来たっすけど、あれは駒を動かしても、将棋競技以外の事象を考慮しないから打てるっす。つまり『将棋』っていう(フレーム)の中で動いてるっす」

 お利口だけどお利口じゃないっす、と四条社は肩をすくめる。

「正解です。ですが、人間がこのフレーム問題を解決出来ている理由は未だ分かっていません」

「それは」

 まったくもって。

「『不思議』です」

 教授は黙ったままの少女に微笑みかける。

「ロボットにこれらの『不思議』が『不思議』として認識された時、私はそれがロボットではないロボットであると思います。人間が生み出した言葉で、最も確かで最も曖昧であるモノを有したロボットです」

「それは、何でしょうか」

 少女が、静かに問う。

「『心』といいます」

 教授は、静かに答えた。


 四条社が鍵を回すと、シトロエンの空冷エンジンは不機嫌そうな排気音と共に動き出した。

「よっしゃ! これでまたボンドごっこが」

「やめてくれるかな」

「言われてみれば追っ手がいないと寂しいっすね」

 なんというか。

 何故か汚れた形跡が無い少女の大きな妹がどうやって修理したのかは分からないが、車は完璧に治ったようだ。

「ありがとうございました」

 僕が頭を下げると、彼女はにこやかに手を振った。

「とんでもないです。お姉様とお話しして下さって、ありがとうございました」

 ああ、本当に姉なのか。これも『不思議』である。

 教授は特に感謝の言葉もなく、助手席に収まると少女に涼やかな微笑みを送った。

「それでは」

「……待って下さい」

 少女は教授を、まっすぐに見つめた。

「お名前を、聞いていませんでした」

「和倉葉朽葉です」

 教授は名刺を差し出したが、少女が受け取る気配はなく、慌てた様子の妹がそれを受け取る。

「そーいえば、そちらのお名前は?」

 運転席から四条社が首を伸ばした。少女は教授を見ている。

大和奏(やまとかなで)といいます」

「正解です」

 教授はいつも通り、意味の理解出来ない返答をして、実際に奏さんは無表情のままだった。

 四条社が車をスタートさせる。教授はソフト帽の鍔に手をやって会釈し、満足げな微笑みを浮かべて目を閉じた。

 奏さんと妹さんは、こちらをずっと見送っていた。

 うろな町は割と広くて、やっぱり狭い。

 また会えるだろう。

 枯竹四手です。よろしくお願いします。

 連載16話目の投稿となります。


 執筆に当たり、綺羅ケンイチ様の『ユーザーネームを入力して下さい。』より大和奏さんと静さんをお借りしました。

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