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うろなで推理 1 4/27

 何度も言っていると思うのだが、和倉葉朽葉(わくらばくちは)の職業は大学教授である。それは僕、六条寺華一郎ろくじょうじはないちろうの職業が教授助手である事とも関わっているし、僕の後輩として大学生の身分を持ち、且つ血縁である四条社麗乃(しじょうやしろれいの)もゼミナール受講生として関わっている。

 何が言いたいのかというと、教授はあまり『大学教授』っぽくないのが彼女の一番困るところだ。彼女は学業や研究にもある意味熱心だし、名乗るところではちゃんと大学の名刺を使うし、ある学識界隈では有名人であるにも関わらず、である。それは、彼女が熱心に研究し大学のコネをフル活用し『奇人』として有名である理由でもある。

 彼女は『不思議』を研究しているのだ。


「ああ、あの、その、ええと」

 ひどく怯えた調子で狼狽える目の前の女性は、教授の(教授なりの)やんわりした視線が応えているのかいないのか不明瞭だ。何故なら、現れた時点でこんな感じだったのだから。

 彼女は僕達が珍しくホテルのカフェでコーヒーを堪能していたところ、死にそうな勢いで駆けて来て、涙を浮かべた目で助けを求めたのだった。もう寒くはないのにコートのボタンは全部留め、手には薄い手袋が嵌めてあって、なんと言うか、つっついたらその場で壊れてしまうのではないかという雰囲気の、小柄な女性である。

「コ、コーヒーメイカーを研究費で落とした事のある和倉葉朽葉先生、ですよね?」

 なんでそんな事を知っていたのかは疑問だし、是非とも問題にはしないでほしいのだが、とにかく彼女は焦っていた。

「わ、私は雑誌記者の、澤鐘日花里(さわかねひかり)と、いいます」

 ひどく震える手で差し出された名刺は上下がひっくり返っていたが、教授はいつもの微笑みを浮かべたまま受け取り、一瞥してテーブルに置いた。

「正解です」

 それが自分の身分についてなのか、コーヒーメイカーの事なのかは判然としなかったが、とにかく彼女は会釈して、コーヒーを啜る作業に戻った。

「あ、あの、先生に、お願いしたい事が」

「不正解です」

 教授は煙草を取り出して咥え、涼やかに微笑む。若干怖かったのか、ひぃっ、と澤鐘さんが息を飲む音が聞こえた。

「私は、取材等を無許可に受けられる立場ではありません。大学の方へ連絡をして、許可を取って下さい」

「あ、それは、も、もらいました……」

 消え入りそうな声で澤鐘さんは言い、教授は微笑んだまま僕を見た。いや、困る。

「ええと、どういった取材でしょうか」

「そ、その、取材というか、依頼というか」

 おどおどして目が泳ぎまくっている彼女は、服装も相まって、ともすれば危険人物である。教授は現状興味がなさそうなので、僕が間を取り持つしか無い。

「原稿依頼ですか?」

「ち、違います、その」

「あー!」

 場違いな大きい声が聞こえて、栗色の豪速球がテーブルに戻って来た。四条社だ。

「お手洗いに行ってる間にラブリーなお仲間が増えてるっす! これはひょっとして愛のためにセンセかセンパイがご用意下さったんすか!」

「違う」

「じゃああれっすか、合席? 相席か愛席か微妙なところっすね」

 怯えきってがっくんがっくん震え、挙動不審極まる澤鐘さんと、常に振り切れてはしゃぐ四条社の取り合わせは最悪と言っても過言ではあるまい。傍目から見ても、僕としても。

 そういうわけで、僕は会計用の請求書を手元に引き寄せた。


 教授の部屋までびくびくしている澤鐘さんを連れて行くのは大変だったが、どうにか成し遂げ、教授はいつもの椅子へ、澤鐘さんをソファに座らせて、四条社はベッドの方に避けさせ、僕自身は窓際に立って、出来るだけ静かに話を始める事にした。

「で、澤鐘さんのお願いというのは?」

「はい、両目視力1.2の六条寺華一郎さん」

 良く知っているものだ。

 澤鐘さんの視線は自分の膝に置かれた拳と教授の涼しい青い目の間を行ったり来たりした挙げ句、僕に戻って来た。

「じっ実は、これを、ご覧頂きたくて」

 彼女はコートのポケットに手を突っ込んで、一通の手紙を取りだした。教授が腕を伸ばしてそれを受け取り、僕と四条社は後ろから覗き込む。

 それには綺麗な書体で、謎の言葉が書いてあった。


『【不意ながら、他意などと呼べるものは、辞典の語彙から消えさせてもらう】

 【ぎいこと鳴る、他社からの代謝産物、愛はもうこの世から消え失せる】

 #青くなる前に解け。           怪盗YSより』


 …………。

 何だこれ。

 澤鐘さんは涙を溜めた目で、話し始める。

「じ、実は、私の、取材用の手帳が盗まれて、これが置いてあって、それで」

「不正解です」

 教授が静かに言って、澤鐘さんはびくん、と飛び上がった。

「窃盗であるならば警察へ相談するのが正解です」

「そ、そうなんですけど、その、て、手帳には色々、書いてあって」

「色々ですか」

「は、はい。このうろな町の人々の色々で、私の、大事な手帳なんです。それで、警察には、い、行きたくなくて」

 澤鐘さんは必死でそう言い、また顔を伏せた。

「お、お願いします。これを、解いて」

「不正解です」

 教授は微笑みを絶やす事無く言い放ち、また煙草を取りだして、今度は火を点けた。

「私は探偵ではなく、貴方の依頼は『不思議』でもありません。私がこの件を受諾する理由はありません」

 流石に言い過ぎな気がして、僕は思わず口を出す。

「でも教授、困ってらっしゃるみたいですし、せっかく頼って来てくださったんですから」

「不正解です」

 教授はにべもなく言って、煙草を吹かして紫煙を吐き、顔を隠してしまった。機嫌が悪そうだが、理由がてんで分からない。教授の事はいつだってよく分からないのだが。澤鐘さんは沈黙したままで、部屋には重い空気と沈黙だけがある。

 まあまあ、と言って静寂を破ったのは、四条社だった。いつの間にかベッドから降り、そしていつの間にかコーヒーを用意していたらしく、お盆代わりのノートパソコン(彼女の私物だ)に小さなカップが四つ並んで湯気を立てていた。

「エスプレッソは愛し甲斐のある淹れ方っす。どーぞどーぞ」

 彼女はにこやかにカップを配膳し、それから意気消沈している澤鐘さんに向かってガッツポーズしてみせた。

「センセは口べただからああ言ったっすけど、愛をもってすれば意図は明らかっす」

 無い胸を張り、彼女は鼻息を荒げた。

「自分の出る幕ではない、とセンセは言いたいんす。つまり簡単過ぎて不思議じゃぁ無い、と、こういうワケっすね。センセのこういうお茶目なとこ、やっぱりラブっす」

 教授は特に何も言わずに、微笑みながらコーヒーカップを傾けている。僕はと言えば、何故か不安を覚えていた。

 そんな僕の不安をよそに四条社は、ぐっと親指を突き立てた。

「ご安心下さいっす。センセの弟子たるこの四条社麗乃と六条寺華一郎が、きっちりばっちりこの事件、解決してみせるっす!」

 …………。

 え。

アッキさんの澤鐘日花里さんをお借りしました。

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