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うろなで問答 11/22

 大学教授であり、多分研究者でもある和倉葉朽葉(わくらばくちは)の専門分野は、と問われた時、学術分類的に答えられる者はあまりいないし、答えたとしても涼しい「不正解です」が返って来る事が大半である。それは助手であり、多分どっちかというと従僕に近い僕、つまり六条寺華一郎ろくじょうじはないちろうも同様で、僕自身は文学を専攻して学位を取得しているのだが、教授の下にいる間、それがあまり役に立った事は無いし、名乗る機会を得た事も無い。

 ただ、これだけは言える。もし教授の専門を挙げるとしたら。

 それは、ずばり『不思議』である。


「大体昼間っから若い男女がこんなところでぶらぶらしてていいのかな!」

 それが自分にも適用される事を、多分発言者たる彼女は理解しているのだろう。

 僕の前には制服を着て仁王立ちする少女と、その横で謎のポーズをとる少年、さらにその後ろで佇み生暖かい視線で彼女を見つめる少年の三人組。前は二人だったが、今日は一人増えているにしても、この風景が二度目だと言う事実が、何とも言えない。

 やけに強気な少女と妙な動きをする少年の名前は未だ知らないが、恐ろしいほど境遇が似ている(と推察出来る)後ろの少年は、綾瀬浩二(あやせこうじ)君という。前回はスーパーで出会い、何をしていたかは良く分からないが、多分コーヒーについて散々やり込めたのだったと思う。

 少女は腰に両手を当て、ふんぞり返って教授をねめつける。

「まったく、またぞろ往来で煙草は吸っているようだし、これだから分別の無い大人と言うのは困る」

 それに関しては同感である。

 教授は素直に煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消し、黙って懐に戻した。

「ふふん、それでいいのだそれで」

「流石は高城、いとも簡単に地獄の蛍火ファイヤフライ・フロムヘルを消させてしまうとはな!」

 ……彼は多分煙草の話をしているのだろう。

 テンションの上がって来たらしい少女(多分、高城(たかしろ)さんと言うのだろう)は、余計にふんぞり返って高笑いしている。

「はーっはっはっは! この私にかかればあんなもんちょちょいのぱ、だ!」

 自信を持つのは良い事だ。うん。

 彼女はさらにびしり、と人差し指を教授に突きつける。

「今日こそ貴様に常識と言う奴を叩き込んでやる! まず人と話す時は帽子を取る!」

「何でだ、高城」

 何故かレザーの指抜きグローブをしている少年の問いにも、少女、もとい高城さんはハイテンションである。

「知らんのか、帽子と言うのはだな」

 そこまで言いかけて、彼女は動きを止めた。教授の腕が上に動いて、いつも被っている黒のソフト帽を掴むのが見えたからだろう。

 教授はソフト帽を脱ぎ、胸に構えて、そして黙ったままだった。

「すごいぞ高城! 奴の闇なる兜(ダークネス・ヘルム)まで脱ぎ捨てさせるとは!」

 はしゃぐ少年の言動はともかく、高城さんはさらに調子に乗る。

「ふっふふーん! どーだ綾瀬!」

 綾瀬君はと言うと、微妙な視線を前の二人に向け、そしてため息をついた。

「部長、あの」

 高城さんは口ごもる綾瀬君にくるりと向き直って、笑顔と共に親指を立てた。

「まあそこで見ていたまえ! 今日の私は絶好調だぞぅ!」

 もう半回転して、黙って微笑む教授の方に向き直り、小さな指で小さな顎を撫でながらじろじろと睥睨した高城さんは、教授に向かって腕をぶんぶん振り回した。

「今の私なら出来る! こやつめに究極の行動であるところの『三回廻ってワン!』をさせる事がっ!」

 …………。

 究極の行動、ね。

「凄すぎるぞ高城! 貴様傀儡真言マリオネータ・マントラを会得しているのか!」

 もう何を言いたいのか理解する事は放棄したが、とにかく興奮している少年はまあ置いておいて、ついでに慌て出した綾瀬君には視線で杞憂である事を伝え(シンパシーを感じすぎてアイコンタクトまで習得してしまったようだ)、僕は教授を盗み見る。

 教授はいつも通りの静かな微笑みをたたえて、じっと高城さんを見つめていた。

 問題など、一つしか存在しない。教授がやるのか、やらないのかだ。

「さあさあ、その場で三回廻ってワンと鳴くのだ!」

 高城さんは鼻息荒く言って、そして、何となく違和感に気づいたらしく、微かに後ずさりした。

 教授は微笑んでいた。いつも通りだ。ただ、それだけだ。問題はそれ以外の行動が無い事、具体的には無言なところである。その無言の圧力は、僕ですら感じた事が無い。はっきり言って、怖い。

 教授は、ただ高城さんを見ている。じっと。胸に構えたソフト帽を掴んでいる手も、煙草をくわえていない口元も、少しだけ細めた青い目も、全く動く気配が無い。さしもの高城さんも、少し怯んでいるようだ。

「む、むむぅ、や、やってくれてもいいんだぞ?」

 前言撤回、すでに及び腰である。

 しかし、教授は動かない。瞬きをしたかも良く覚えていない。喋らない教授は、まるで氷で出来た彫像にでもなったかのようだ。わくわくして見ている(ように見える)少年とはらはらしている綾瀬君も、じっと二人を見つめている。

 高城さんと教授のにらめっこは、たっぷり三分はかかった。ただ、蛇と蛙のそれである。どっちがどっちかは言うまでもあるまい。不安気にそわそわしだした高城さんは、何やら援護を求めるような手招きを綾瀬君に向かってやっているが、彼が応じる気配は無い。

 ふいに教授が一歩前に出た。冷えきった笑みのまま。

 それで、高城さんの緊張の糸が切れたようだ。

「ひぃいいぃー!? ごっ、ごめんなさいぃーっ!」

 泡を食って逆方向に走り出した彼女と、それを慌てて追う少年を尻目に、綾瀬君は僕に軽く会釈して、それから二人を追っていった。

 教授はソフト帽を頭に載せ直して、懐から煙草入れを取り出し、そしてあっという間に煙草をくわえて火を点けていた。深く煙を吸い込んで吐き出し、それでようやく落ち着いたようだった。微笑みには、満足そうなものが混じっている。

「良かったんですか、教授」

 面白かったかも知れないが、ひょっとして貴重な研究対象を失う羽目になった可能性だってある。彼女が研究対象かどうかは別にして。

 と言いながら、同時にそれは無い、という事も分かっているわけなのだが。なんというか、高城さんの場合はそんな気がする。

 教授は答えず、僕の方を肩越しに見ると、ちょっとだけ口角を吊り上げて、それからよたよたと拙い足取りで、その場で廻り出した。言っておくが、教授の運動神経は並ではない。低い意味で。

 よたよた、ふらふらとどうにか三回廻って、彼女はもう半回転して僕と相対する。

 最後に、煙草から立ち上る煙の後ろで、目を細めて微笑むのが見えた。

「わん」

 ……ええと、うん。見なかった事にした。

 教授は微笑みながら、ソフト帽を片手で押さえて目線を隠す。

「不正解です」

「……でしょうね」

 何もかも不正解である。

「で、教授。なんで高城さんの言葉に従ったんです?」

「実験です。彼女は非常に口がうまい。ですが、それ以外のポテンシャルもまた観測してみたかったのです」

 好奇心です、と教授は微笑んで、短くなった煙草を地面に落とし、丁寧に踏みつけて火を消した。

「行動力と状況対応力は一級品です。状況を把握した上でそれを有効に使う力は、大切です」

「具体的には?」

「私が『言いなりになる』状態に於いて、彼女はそれを有効活用すべく『命令』を追加しました。彼女の楽しもうとする努力は、本物ですね」

 あるいは嘘もその一環なのでしょう、と言って、教授は微笑みながら次の煙草をつまみ出す。

 彼女達とは、また会う事になるだろう。いや、これは確実だ。僕には分かる。

 たなびいて来た煙の匂いで、僕は何となくそう思った。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載11話目の投稿です。


 シュウ様の高城部長と香月君、綾瀬君をお借りしました。

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