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紅色の車

作者: OTAM

 雪の降りしきる空を見上げながら、ため息を吐く。 肺を潤した煙がもうもうと天に昇り、瞬きをした瞬間に霧散した。

 黒猫と赤い車輪を一瞥し、破片の数を数えながら拾い上げる。


 曰く、罪人の魂は燃え盛る車に乗せられて地獄に運ばれるという。

 曰く、死者の亡骸を奪う妖の名を火車というそうだ。

 曰く、自転車操業の別称を火の車というらしい。


 もしも人間の魂は小型の宇宙人のような愛くるしいサイズであったならば、死神はきっとヘッドライトのない自転車に跨って枕元に現れたことだろう。

 しかし、果たして人間の魂という奴はファンシーな自転車の前かごに可愛らしく収まってくれるようなものだろうか?

 少なくとも、俺はそうは思わない。


 醜く肥え太った欲望が、火車よりも激しく火を噴く怨念が、死体に鞭打つことを躊躇わない嫉妬が、そんなせせこましいものの筈がない。

 思うに人間の魂ってのは虎のように大きく、おぞましいものに違いない。

 生まれたての猫と変わらない大きさであれば自転車で迎えに行くのもやぶさかではないが、大抵は血に植えた大型の猛獣の如きものであり、前かごに乗せようものなら瞬く間にひっくり返ってしまうだろう。

 はっきり言って普通免許じゃ物足りない。 最低でも大型は必要不可欠だ。

 でなければ、火の車にくべる燃料が瞬く間に枯渇してしまう。

 死神と並んでお迎えとして人気の天使達にとっても地獄の沙汰は金次第らしい。


 果たして地獄が金次第だと言うのであれば、金のいる世界は地獄と言えるのだろうか?

 そう問われれば声を大にして言ってやりたい。 ここが地獄だと。

 金をくべて燃やした欲望の炎で回るこの醜い世界。 これが地獄でないなら何なのか。

 割れた貯金箱とその中身を詰め込んで、赤い車輪が再び回り出す。 火の粉と金切り声を撒き散らし、死神の足が尾を引いて駆け抜ける。

 荷台に横たわる天使と虎と呼べる程に膨れ上がる暇もなく潰えた炎の灰を荷台に積んで火車が道を拓いて進み行く。


 もう一度、煙で肺を潤して空を見上げて、後のことを考える。

 このまま何事もなかったかのようにいつもの場所まで走っていって、いつも通りに呼び止められて。

 少しの間は不自由な思いをする事になるだろうが、どうせすぐに解放される。

 免許を取り上げられることもなく、切符を切られることもなく。

 代わりに一時停止を無視した政治系の記者や、信号無視を犯したゴシップライターが赤い車の燃料になるだろう。 好奇心は虎をも殺す。

 そんな本業の合間の小遣い稼ぎに、両手の指で足りるばかりの代価と引き換えに軽く一仕事。


 要らない天使にもお迎えが来るのなら、果たして死神にもお迎えが来るのだろうか?

 その時、生と死の支配者を気取った罪人の魂はどこに運ばれるのか?

 取り留めのない思案の後に、車窓から紫煙を吐き出す。

 あっという間に視界の外へと流れていったそれを見送りながら呟く。

 せめて、次の人生はここよりマシな世界で幸せに過ごしておくれ、と。

 こんな罪人のその後を気に病む必要なんて微塵もないからな、と。

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