第8回:人形女
空に一瞬、黒点のようなものが見えた気がした。
だが、それは見間違いでなく、どんどん大きく、確かなものになっていく。
黒点の正体がわかったと思ったときには、それは地上へと落下していた。
バギャン
車のガラスが四散する。飛び散るガラス片とともに衝撃が頬を切る。大きな音で時間が止まり、静けさを呼び込む。
はずれも怪物たちもへこんだ車上を見ていた。巻き上がる粉塵の中に、たった今落ちてきたもの……人間がいた。すべてのものがその美しさに心奪われた。
色素の薄いクリーム色のサラサラとしたボブカット。子供のように華奢な体。
スパンコールの刺繍がされた黒のキャミソール。チェック柄のミニスカート。
瞳の大きな女の子だった。人形のようにプロポーションから顔からすべてが整っていた。年齢は中学生とも高校生とも見えるが、あどけない顔立ちと低い身長のせいで、小学生と言っても通ってしまいそうだ。右手に目に鮮やかな赤いグローブをはめて、肩に静脈のように暗くて赤い短い槍状のものを乗せていて、それらがとても異様だった。
サク
女の子が槍を投げる。槍は直線的に飛んで、はずれを捕まえていた怪物の顔面を貫いた。
静寂の内に、怪物は仰向けに倒れた。
突然の敵の襲来に驚いた怪物たちだったが、すぐに状況を認識すると、女の子に殺到した。はずれにしたのと同じ縦一列のフォーメーション。獲物が左右どちらに避けても咄嗟に反応できるためのものだったが、その意図は失敗する。女の子は人間には考えられない跳躍力で軽々と二人の怪物を跳び越えた。身をひねって着地したときには、一体どこから取り出したのか、女の子の手に彼女の身長ほどもある赤い白木の刀が握られている。女の子はすべるような足運びで怪物の一人に詰め寄ると横薙ぎの斬撃を放った。襲いかかってきた最後の一人を返す刀で両断すると、あっけなく戦闘は終了した。
女の子はその場に残ったもう一人の存在を見定めた。
「不運だね」
呆然としているはずれに、女の子は歩み寄ってくる。
「君はただ、偶然こいつら……妖怪に触れ合ってしまっただけなんだろう。おそらくは。そして、僕はそこにたまたま通りがかり、君を助けた。結果的に」
赤い切っ先がゆらゆら揺らめいている。その白木の刀は、柄と刃の境目がわからないほど全体が真っ赤に染まっていて、女の子の歩みにあわせて揺れているというよりは、陽炎かもしくはその刀自体が蠢いているような印象を受けた。
「君は被害者だ。けれど、今、僕は君から潜在的な妖気を感じてしまっている」
はずれの目前で歩みが止まった。すらりと伸びたカモシカのような足。太ももの半ばまである黒いハイソックスを含めて、服装はなに一つ乱れていない。
「言っておくが、僕に泣き落としは効かない。僕自身、涙はとうに忘れたから。いずれ訪れる不幸を未然に防ぐため、君には被害者のまま死んでもらう……たまたまだ。君は不運だ」
くる、とはずれは思った。
不良少年たちから感じた、殺気というものはない。極めて事務的な殺傷行為。けれど、だからこそ、はずれはもう死が逃れられないものなのだろうと思った。ならばせめて、自分も使命を果たそう。
女の子の目と目が合った。無感情な瞳にわずかに色が宿る。
「……もしかして、君は……」
驚きという感情が人形の、どこかにある人間に戻るスイッチを押したようだった。女の子がなんと続けようとしたのか、それはわからない。はずれが、女の子の表情の変化に気づかず、今日何度も繰り返した言葉を彼女に捧げたからだった。
「俺と一緒にお茶と大福とあんみつと……きなこはいかがですか。かわいいお嬢さん」
時が止まった。