第71回:奪うもの
はずれは黙してあくまで反抗的な目で檜垣を睨みつけた。檜垣は唇をなぞるように顎に右手を当てて黙り込んで、なにやら考えているようだったが、唐突に口を開く。
「井上君は残念だったねぇ」
「……誠司になにをした」
はずれが食いついてきて、檜垣はにまりと笑った。
「なにって、決まっているだろ? 俺たちを裏切った上に、人の女を取ったんだぜ。爪を剥がして指先から順に切り刻んでやったよ。いつもすかした顔しているくせして、死ぬときはギャーギャーうるさかったから、切り取ったあいつのチンコを口につっこんでやったらゲロまみれよ。やんなっちまうよな。あいつフェラの才能ねえよ。ああ、そんな怖い顔すんなって。大丈夫。死体はミンチにして、ちゃんと豚に食わせたから。それって、すっげえ、エコロジーじゃねえ?」
「……このクソ野郎」
「なぁ、それより冬実が今どこにいるか知らねえ? 一緒にいたんだろ? あいつマジ名器でさ。千本なんとかっていうの? 指導室呼び出して襲ってやったんだけど、バックがもうサイコー。でも途中で井上に邪魔されちゃったから、もう一回ヤリたいんだよね」
はずれは頭がクラクラするのを感じた。怒り狂うとはこういうことかと思った。さぞ苦しかっただろう。さぞ無念だったろう。
(今、お前らの仇をとってやる……いや、こいつに苦しめられた全員の。俺がどうなろうと知ったことか。こいつを殺せるなら悪魔にでもなんでもなってやる)
はずれの意識が暗い憎悪に染まって行く。視界が炎の中のように真っ赤だ。体の痛みが遠くなって代わりにもっと耐え難い痛みが責める。今ならすべて忘れて怪物になれる気がした。
(……ダメ、ダメだよ。そんなのイヤだよ)
一瞬で我に返った。
(そうだ。俺はそんなことをしにきたんじゃない。それは本末転倒じゃないか。俺は)
はずれの怒りが引いていく。檜垣は顔色を変えて、凶行をした。
「これでどうだぁっ」
はずれの右腕を二の腕から食い千切った。鮮血が勢い良く噴き出した。腕が熱い。熱くて堪らない。感覚はあるのに、肝心の腕はもうなかった。千切れた筋肉の断面とそれに埋もれた白い骨が見える。熱が引くと、激痛がやってきた。苦悶を紛らわせようにも押さえつけられて、転げ回ることはできない。歯がかち鳴り、意味のない引きつった言葉が漏れた。
「早く怒れ。憎め。呪え。悪魔になれ。早くしないと奪ってしまうぞ。体も、命も、友も。お前の周りは死体の山だ。毎日毎日繰り返し繰り返しお前を罵り、殴り、煙草を押しつけて、唾を吐きはける」
当たり前に与えられる者を与えられなかった者は、奪うための戦いをしなければならない。
「お前も奪う者だ」
欠損した者だ。不条理の星の下に生まれた者だ。まともになるために、生きるために、他人から奪い続けなければならない。
「悪魔に堕ちろ」
檜垣は憎悪たっぷりの言葉を吐いた。