第70回:虐待
檜垣が黒髪切りを壁面に叩きつけた。左手の平には切断された首があって、にたにた笑っていた。黒髪切りの傷口からは闇が流れ出していた。
「残念だったね」
首を元の位置につなぎながら、檜垣が言った。
「あいつはお姫様のところへ行った。立ち向かわずに背を向けたんだ」
「意地を突き通すだけが生き方じゃない。人生は勝負じゃない」
黒髪切りは苦痛に歪んだ顔でにやりと笑った。
「俺は、あいつに生きてもらえれば十分だ」
「しかし、どうやらそれも叶わないようだねぇ」
檜垣は黒髪切りの上半身を蹴りつけ、踏みにじった。黒髪切りの体を構成する闇が大量に流出する。無抵抗な黒髪切りを踏み続ける檜垣の背に制止の声がかかった。
はずれは、壁を背に立っていた。
「……俺一人でも和羽のところへ行くのが、お前らのためだなんて、正直違うと思う。だからって、俺が死んだら全部無駄になるし、和羽を救えない」
はずれは涙を流していた。号泣だった。なんでこんなに涙が出るのか、わからない。
「……考えなんて、まとまらない。自分でもなんで行かないのかわからない。俺は和羽を救うと決めたんじゃなかったのか。もう絶対放さないと決めたんじゃなかったのか。支離滅裂だ。支離滅裂だよ。くそ……だけど、だけどな。このままみんなを置いて行けるわけがないじゃないかっ」
はずれは仲間たち全員に向かって吼えた。しっかり聞こえるように大声で。
「全員で上に行くぞ。死んだって構いやしない」
黒髪切りは「あんでれすけめが」と罵る。折角舞い首を仕留めて足止めしにきてやったのに。はずれの言葉に応えられる者はほとんど皆無だった。生きているか死んでいるかもわからない。黒髪切り自身もそう長くもちそうもない。黒髪切りは出来の悪い子を持った気分だった。
「一丁前に、男のつもりかよ。本当にどうしようもない馬鹿だ」
拍手が鳴った。檜垣は無闇に大きな拍手をした。
「マーヴェラス。最高だ。はずれ」
檜垣は巨体を揺らしながらはずれの元へ走り寄った。
「望み通り、とびきり痛めつけてやるよ」
はずれは檜垣をどうにかビルの外へ落とせないかと考えていた。一度外に出たときにざっと見たが、地面まで二十階以上はあり、ビル周辺に他に高層建築はない。この高さから地面に激突すればいかに強い妖怪といえどもただでは済まないのではないか。
「言っておくが、俺は飛べるぜ」
考えを読んだように檜垣は言った。そもそも、あわよくば落としてやろうと考えられるような軽い相手ではないのだった。対決は一方的だった。檜垣は有無を言わさぬスピードとパワーではずれを捕まえるといたずらに振り回した。はずれの体が人形のように宙を舞って、天井、床、壁に叩きつけられた。血と、吐瀉物が飛び散る。受身もとれずに弄ばれ、はずれは青痣と血の赤にペイントされた。首の骨を折られてはつまらないと思った檜垣ははずれを床に置くと馬乗りになって、触手のように自在に動く巨大な人差し指で全身を潰していく。千切れないよう寸前で離してはまた圧力をかける。檜垣に生えた包丁のように鋭い爪が擦れてはずれの皮膚を切った。
「さぁ、お次はどうして欲しい。要望はあるか」