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第6回:路地裏の火花

 まだ十二時過ぎであるのに、背の高いビルに囲まれたここは昼なお暗い。

 車の駆動音や街の喧騒は遠くに聞こえ、通りからは死角となって様子が見えない。日陰にあるおかげで日差しにさらされることなく、むしろ肌寒いほどの空気が横たわっている。

 はずれは小突かれながら、街の一画の駐車場に連れ込まれていた。狭い駐車場だ。三台しか車はないが、既に満車である。壁やアスファルトの地面のいたるところにチューインガムがこびりつき、なにかのグループ名らしい英語かもしくは下世話な文句が落書きされていた。

 湿り気を帯びた閉鎖感が場を満たしていた。

 自分を囲む顔に、はずれは見覚えがある。昨日、少年一人に対して三人で金銭の強要をしていた不良少年たちである。ビニール袋は、はずれの期待した役割を果たしてはくれなかったようだ。といっても、声をかけられたときには、はずれは相手の顔がわからず、

「あー……一緒にお茶と大福とあんみつはいかがですか」

 と言って全員に睨まれ、「はじめまして」と言って激昂され、サングラスをかけた男にきっちりと説明されてようやく思い出したのであるが、リーダー格の少年のたらこ唇には確かに見覚えがあるのだった。うろ覚えであるが。

「てめえ、いい加減にしろよ」

 たらこ唇の少年は危険な目つきではずれにすごんだ。

「俺は嫌いなことが三つある。なにかわかるか」

「食う寝る遊ぶ」

「タコ。それが嫌いなわけあるか。俺が嫌いなのはな、なめられること、邪魔されること、それと」

 たらこ唇の少年は、はずれの腹を殴りつけた。鳩尾に入って、はずれの長身が崩れ落ちる。

「……てめえみたいなやつだよ、ボケ」

 はずれが得体の知れない液体に塗れた地面に手をついたのを合図に、残り二人の不良少年たちもはずれに攻撃を開始する。容赦ない蹴りが襲い、はずれの体は横にしたサンドバッグのようにごろごろと転がった。スポーツキャップをかぶった少年がはずれの顔めがけて蹴る。はずれの頭は勢いよくはねて石のブロックにぶつかり鈍い音をたてた。

 ケラケラと笑いが起こった。

 はずれに暴行を加えることで、はずれの存在を自分たちで思い通りにできる玩具に貶めることができたからだ。弱いものをいたぶることで嗜虐心を満たしているからだ。世知辛い世の中を暴行している間は忘れることができるからだ。

 はずれをいたずらに傷つけることで、彼らは今この瞬間を生きている。はずれの傷の分だけ意味を得ている。

 はずれはぴくりとも動かない。死んでしまったかのように、横たわっている。

 本当に死んでしまったのではないか、という不安が不良少年たちの脳裏をよぎる。

 彼らとて、はずれを殺したいわけではない。ただ、欲求を満たし、他人になめられないことで自尊心を保護したいだけだ。彼らは自分を軽く見られることは致命的な問題であると考えている。見ず知らずの他人ばかりでなく、気心の知れた仲間に対してさえ、威嚇し、自分が少しでも大きく見えるように警戒する。

 今回もその自己防衛をする意思が働いた。

 既に十分なほどはずれを傷つけているが、たらこ唇ははずれに更に危害を加えようとした。仲間たちに「自分をなめると痛い目にあう」と知らしめるための過剰な自己顕示である。

「……も、もういいんじゃねえの」

 と、怖気づいたサングラスの少年に対し、

「なんだよ。びびってんのか。こんなやつ死んでも構いやしねえよ。むしろ、住みよい社会になって喜ぶぜ。ハエとカラスがな」

 と、たらこ唇の少年はすごみをきかせ、はずれの顔をめがけて思い切り踵を落とす。

 その瞬間、はずれは目を見張るような速さでたらこ唇の男の足元に転がって踵をよけると、スポーツキャップをかぶった少年の足の間接を蹴りつけた。

 少年たちは驚いてはずれを見ている。はずれは身を反らした反動で立ち上がると、素早く間合いを詰めてサングラスの少年の胸を強く押した。少年はよろめいて背中から倒れる。逆上したたらこ唇の少年が背後から殴りかかってきた。はずれは少年の側面に回り込むように攻撃をかわすと、たらこ唇の少年の右腕をとり、肩に担いで投げ飛ばした。

 はずれは倒した少年たちを見下ろすと、うろんげに服についたゴミを払う。

 実際のところ、少年たちはそれほどダメージを負っていなかったが、あまりに予想外で鮮やかな手並みに理解がついていかないのか、呆然と自分たちがやられた事実を眺めているようだった。

「……帰るわ。これ以上殴られると、これ以上痛くなるし」

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