第65回:本陣突入
そうしている内に今度は妖怪バスの前方から下方から左右から緑だか黒だかの色をした人型の異形が湧いてくる。
「いけね。ヒョウズンボだ。空とぶ河童だよ。そうか天神の眷属だもんな。太郎とは別系統か。よし、化け火、全部出せるか? 車屋、スピード上げろ」
黒髪切りはまたもやテキパキと指示を出した。やはり微妙になまっている。だが、はずれにとっては驚くべきことに、他のメンバーはそれに素直に応じるのである。不謹慎だがおかしみを覚えた。
「出てこい。悪路神の火。油返し。カワボタル。古戦場火。心火。タマセ。提灯火。利根川の火の玉。竜灯。火前坊。ジャンジャン火!」
化け火使いが聞きなれない名前を呼ぶ度に、赤いのやら青いのやらぼんやりしたのやらちっとも熱くないのやらビュウビュウ音を立てるのやら、多種多様な火の玉が化け火使いの体の中から飛び出して窓から出ていく。それらは妖怪バスの周囲を回ってヒョウズンボを撃墜していく。
「しっかり捕まっていろ。今から俺たちぁ、ロックンロールだ」
快適だったバスが急にジェットコースターのようにうねりだした。左右に揺れて、急降下と急上昇を繰り返し、はずれは胃の中をかき回されるような感覚を味わう。だが、次第にバスに張り付いて振り落としきれない河童の数は増えていく。車体は頑丈でガラス窓にはヒビさえ入っていない。だが、窓の向こうから中をのぞくいくつもの黄色く濁った瞳とべったりとはりついた手形は、見るもののに憔悴感を募らせる。
「ビルは目の前だ。もうちっとの辛抱よ……あ、ちきしょう。舞い首の野郎だ。あん、でれすけめらが、やっぱり向こうにつきやがった。こったんねえやつらめ」
バスの正面に回転しながら炎を吐く巨大な三つの首があった。さんばら髪を振り回すその妖怪は顔が変形するほどにんまりと笑うと、そのままバスに突っ込んできた。バスは急ハンドルを切ったが、避けきれず激しく揺れた。舞い首は旋回すると気炎を吐きながら二度三度と体当たりをかましてきた。中にいる乗客は、天地がひっくり返り、右も左もわからない状態となった。誰かの悲鳴と罵詈が混じる。バスはぐるぐると回転して、やがて世界が崩れたかのような衝撃が走って、静かになった。
バスの中はおもちゃ箱をぶちまけたような散々な様子だったが、見る見るうちに妖怪バスはハンドルの辺りに吸い込まれるようにして消えていき、代わりに車屋の姿がそこにあった。意識を失っているようだ。はずれはいつの間にか、冷たいタイルの上に横になっていた。フロアはは一切しきりが見当たらず、がらんとして爆撃があったかのように瓦礫が散乱していた。
「ぼけっとすんな」
黒髪切りの叱責が降ってきた。周囲には河童たちが起き上がろうとしていた。ここから突っ込んできたんだろう壁の大穴の向こうでは、舞い首が憎たらしげな笑みを浮かべて飛び回っていた。
「荒っぽいことになっちまったが、ビルには着いた。屋上に行け。おめえは、そのためにきたんだろう。もちろん、俺たちもな」
黒髪切りの肘から先が陽炎のように揺らめく。体を拘束していた無数のベルトが勝手に弾けて飛んだ。黒髪切りは大きくて真っ黒なハサミになった右手を振りかざすと「そんじゃな」と言い、長い黒髪を風に舞わせて夜空に消えた。
間もなく、壁の穴からは河童たちがぞろぞろと飛来し、あるいはにじり登ってきた。