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第62回:そうなんだろうな

 はずれは初めて攻勢に出る。飛びかかって手首を押さえ、腰を浮かしてベッドの上に倒す。いささか短絡ではあったが、はずれは力に任せて制圧するつもりだった。

 しかし、朝香はそれを敏感に察知し、機先を制して左手に持っていた催涙スプレーを噴射する。催涙ガスは直線的に広がり、はずれの顔面を捉えた。ガスは強烈だ。目を、鼻を、口を、皮膚を焼き、痛みと熱を感じさせる。朝香は、弱ったところにスタンガンを突き刺した。

チェックメイトだ。

 朝香が勝利を確信した瞬間に、スタンガンは朝香の右手を離れていた。はずれは催涙ガスの霧の中を突っ切り、朝香に向かってきていた。激痛に苛まれながらも、目ははっきり見開かれ、朝香の動きを確かに捉えていた。はずれは顔面の焼けるような痛みに耐えて、朝香をベッドに押し倒し馬乗りの体勢に持ち込んだ。朝香の筋力では振りほどけない。スプレー缶が床に落ちる音を合図に、勝敗は決した。

「なぜだ?」とはずれは問うた。だが、すぐに気持ちがしぼんでいくのを感じた。朝香の顔ははずれが良く知る、戸惑いだらけのものに戻っていたからだった。

「無理なのよ」

 朝香は言った。

「鹿島君がどれだけがんばっても、彼女は救えない。聖書の力は絶対。未来は変えることはできない。神は三度目の過ちを許さない。もう違うんだよ。君が思っているような、生易しい次元の話じゃないんだよ。下手をすれば、鹿島君まで死んじゃう。そんなの、絶対イヤ。 イヤ、イヤだ。絶対にイヤなの……いいじゃん。鹿島君まで行くことないよ。みんなに任せよ? 菊間君たちなら、きっとなんとかしてくれるから……きっと」

 自分の言葉の矛盾に気づきながら、朝香ははずれに言わずにはいられなかった。はずれが説得されはしないということはわかっていたが、それでも聞いて欲しかった。そして、はずれの答えは予想通りだった。

「比良町が言うなら、そうなんだろうな」

 決意は微塵も揺らがない。

「……だが、俺が行かなければ駄目なんだ」

 はずれの真っ赤に充血した瞳は、まっすぐに朝香を見ていた。朝香は大事なものを失ったかのように大粒の涙を流した。

「俺は和羽のためになんでもしてやると誓った。あいつを戦いの中から救う。あいつを身を切る苦しみから救う。あいつを溺れる涙から救う。聖書なんて知らない。そんなもの知らない。そんなもの打ち破ってやる。俺は俺のできる最大限の努力をしてあいつを救う。二度と失うことのないように」

 はずれはベッドから降りて洗面所に向かおうとする。背中越しに嗚咽が聞こえてきた。

「……和羽を助け出したら、夏休み中に俺の家に遊びにくるといい。誠司と、与一と一緒に。なんにもないところだが、きっと気に入ると思う。歓迎する」

 嗚咽は止まない。はずれは部屋を後にした。顔面が火傷した様に痛んだ。洗顔すれば少しはましになるかと思ったが、いつまで経っても痛みはひかなかった。

 作戦開始間際になって、朝香の参加辞退が伝えられた。リーダー代行であり、朝香とはずれ両方の知己である菊間は編成と作戦に修正を加えると共に、朝香からの伝言役を担わなければならなかった。

「朝香先輩、体調不良だそうです……泣いてました。なにかあったんですか?」

 菊間の心配そうな表情は誠司たちとつるんでいた頃を思い出させた。ほんの数日前のことのはずなのに、遥か過去の出来事のようにも思える。

「『もう悪魔になっちゃいけない。次が最後。予言は成就する』だそうです」

 はずれは菊間に礼を言ってメンバーたちのもとへ向かった。

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