第5回:悪友たちの高見なチャット
はずれがなぜ一度もしたことのないナンパをしているのかというと、原因は、はずれがナンパしている場所から少し離れた喫茶店に潜む悪友のたくらみによる。悪友とは、背の低い与一と眼鏡の誠司のことだ。与一は喫茶店のガラス越しに、困っているはずれを見て幼児のように無邪気に笑っている。誠司はちらりと周囲を確認して、店内でいくらかの注目を集めていることを知ると与一に対して落ち着くように諭した。
「だって、見ろよ。あの、はずれのつら。あんなにオタオタうろたえて、まるで馬鹿じゃないか。いや、むしろ、馬鹿だ。馬鹿ということで一つよろしく」
「その、馬鹿なことをやらせているのはお前だろうに」
呆れたように言いつつも、誠司の顔だって、さも愉快であると言わんばかりの笑みを必死に我慢しているのが明らかだ。
というのも、はずれは学校生活、寮生活ともに常に無感動で、リアクションに乏しく、このように途方に暮れて困っているところを公然とさらすのが珍しいからだ。いや、本当は、はずれの奇行は突拍子もなく独特の雰囲気があるので、誠司は密かに日常的にそれを楽しんでいるのだが、一般的にはずれは少し変なところのある無愛想な優等生で通っているのである。周囲の彼に対する評価とのギャップが、どうも誠司のツボをついているらしかった。
「でも、いいのか。こんな事させてると知れたら、お前、また嫌われるぞ」
「ま、またとはなんだ。またとは。俺は、はずれに約束を破るとどういう目にあうか、社会の厳しさを教えているだけだ。本当だぞ。だいたい、嫌われるって誰にだよ。言ってみろよ」
「近頃、妙にかわいらしくなったと思っているだろう。他の組にも狙っているやつがいるみたいだぜ」
「だ、誰が、あんなはねっかえりを。朝香がかわいいなんて、そんなこと思っているやつがいたら見てみたいよ。きっと極度の乱視か、他に女を見たことがないんだ。そうに違いない」
誠司にとっては、この小学生のような感情表現をする与一をからかうのも楽しみの一つだった。だから、本来馴れ合うのが嫌いであり、他人との距離をとる誠司であるが、この二人とは特別に、よく行動をともにしている。つまり、よくつるむ仲間なのだ。
誠司は狼狽する与一に言ってやった。
「俺は、比良町朝香の話なんかしてないが?」
その言葉を理解した瞬間、与一は言葉を失くし、パクパクと鯉のように口を動かしたかと思うと、十分赤かった顔が熟れきったリンゴみたいに真っ赤になった。
本当にわかりやすいやつだと誠司は思った。今時、ここまで真っ赤になれるのはある種の才能だと思う。
与一本人はまだ隠しているつもりらしいのだが、彼はクラスメイトであり幼馴染である比良町朝香に特別な感情を抱いている。率直に言えば惚れている。だが、比良町朝香はそのことに気づいておらず、彼女ははずれに惹かれているようであった。
確かに、はずれは表面上優等生だし、終始寝ぼけているような態度を直して身なりを整えれば、それなりに端正な顔立ちをしているので、いわゆる好物件と言えなくもない。だが、はずれの正体を知ってからも熱を上げ続けるのは朝香くらいのものだった。そのことが与一の恨みを買い……つまりは逆恨みだ……何かと因縁をつけられては、はずれは罰ゲームの標的になったりする。今回のナンパも、ジャンケンで負けたはずれが、寮からイツマンまで制限時間以内に買出しに行って戻ってくるという賭けに負けたペナルティであるのだった。
八つ当たりをしている暇があるのだったら、さっさと気持ちを伝えればいいのに。
そう思う誠司であるが、与一の小学生並みの恋愛の未熟さを考えると期待はできない。せめて、はずれか朝香が自分に対する好意に気づくくらいには鈍感でなかったら、もう少しは状況も変わっていたのだろうが、誠司としては、不謹慎なことにこの三人の挙動をひどく面白がっているので、むしろ歓迎すべき三角関係なのであった。
(身近な分だけ映画より面白いね)
友達甲斐のない誠司はそこではずれに動きがあったのに気づく。今の今までお年寄りに道案内をしていたはずれが男たちに取り囲まれていた。剣呑な態度の三人の若者たちはいかにも柄の悪い人相をしていて、ナンパが成功したのでも、「四人でどう」と逆にナンパされたのではないのは明らかだ。
(いや、でも、はずれだし。それはそれで面白いかも。新宿二丁目に通い始めたりしてな)
などと考えている間に、与一が動いていた。はずれに対してなんのかんのと言ったりしたりするが、基本的にはお人好しの熱血漢なのである。誠司は与一のそういったところも嫌いではない。
歩き出したはずれたちを追うために与一は喫茶店を飛び出た。
「釣りはいらないよ」
誠司はレジ係に微笑みながら一万円札を渡し、虎視眈々と使う機会を狙っていた気障なせりふをなんの違和感もなく言い放つと、従業員の声を背に受けて与一に次いで店を出た。