第56回:はずれの目覚め
目を覚ますと見知らぬ天井があった。
部屋全体が白くて、陰影が薄く、消毒液の臭いが漂っていて、まるで生活感がない。病院の個室だ。それほど大きい病院ではないだろう。はずれは清潔感のあるベッドに寝かされていた。白いシーツが嫌にまぶしい。
どれだけ眠っていたのだろうか。学校の屋上から落とされて、それからは夢の連続。起きたばかりで頭がふらふらする。カレンダーを見つけたが、日付はわからない。
誰か事情を知っている人間を探そうとベッドから起き上がりかけると、ちょうど人が入ってきた。小柄な体型ではずれを見るなり歓声を上げたが、その顔に見覚えはなかった。
「あ、そっか。この顔じゃわかりませんよね」
その少年は後ろを向いて、少し思考するように頭をめぐらし、またぐるりと振り向いた。目鼻立ちのすっきりしたその顔は紛れもない朝香のものだった。
「びっくりしました?」
「ああ、びっくりした。朝香……胸がしぼんだな」
はずれは胸部をまじまじと見つめて言った。
「ああ、胸。朝香先輩って大きかったですよね。えっと、これくらい?」
朝香の顔がそうつぶやいた途端まるで風船にヨーグルトがたまっていくように胸が膨らんだ。伸縮性のないワイシャツの中で、たわわに実った二つの乳房は窮屈だと言わんばかりに自己主張していて、今にもボタンが弾けて外にこぼれてしまいそうだ。
「……女の胸というのは、そんなに膨れるものなのか」
「そうですよ。ほら、はずれ先輩も空気を入れてみてください。胸の先端にある突起から空気を入れるんですよ」
「……ん、試してみよう」
はずれは目の前にある胸の中で一際ぷっくりと浮き上がった乳頭に唇を近づけていき、吐息がかかる距離になって、
「アッ……」
「アホかっ」
大学ノートが二人の頭をはたいて行った。大学ノートの持ち主は顔を紅潮させた朝香であった。はずれが二人の朝霞の顔を見比べていると、
「菊間君。ふざけないでくれる。そんな顔して」
「ははは、すいません。朝香先輩。なんだか最近楽しくて仕方ないんです」
朝香の片方はまたぐるりと一回転すると、胸部はそのままで、食堂のおばちゃんになり、また一回転して用務員の髪の薄いおじさんになり……何度か繰り返してようやく女の子と見間違えるようなかわいらしい顔の少年、菊間正広となった。
「井上君の式神から連絡がきたわ。鹿島君も、ちょうど良かった。今晩午前二時がデッドラインよ」
「デッドラインってなんのだ」
「私たちの世界との決別」
朝香は言った。