第41回:続く夢
夢の世界だ。これは夢の中の出来事だ。暗闇の中ではずれは声を聞いた。
「なんで、なんでなの」
怒っているのか。
「ずっと、隠してたんだ。信じていたのに。そんなことして、あたしが喜ぶとでも思ったの」
どうか怒らないで。俺は君がそんな風になるのが見ていられない。
「嘘つき、嘘つき嘘つき、嘘つき」
人は常に幸せではいられない。涙も怒りも人生につきものだ。そんなことは知っているつもりだけれど、できることなら君には苦しんで欲しくはない。
大切な人だから。
大切な人は彼の首を絞める。息苦しい。絞めているのは彼女で、絞められているのは彼だ。目の前で繰り広げられるのは誰か知らない人たちの光景なのに、はずれは自分が首を絞められているかのような錯覚を覚えた。
だが、ちっとも止める気にはなれない。それだけのことを彼はしたのだから。
せめて、最期は苦しんでいこう。
そう思ったとき、不意に苦痛はやんで、はずれの頭を温かな手がなでた。はずれのよりも小さな手だった。
はずれが東雲荘にきたばかりの頃、怖い夢を見ると眠るまでなでてくれた、あの手だった。
「怖くないよ」
あたしがいるから。
彼女は、大切に、優しく、はずれの頭を抱く。愛しいものに温もりと鼓動を伝える。自分というあなたを見守る存在がそばにいるということを、彼女は教えてあげる。
「怖いものはここにはいないよ。もう泣かないでいいんだよ。安心して、眠っていいんだよ」
それは、遠い過去の記憶。
はずれが、人の手による安らぎを得られた時代。
彼の愛情の理由。
「ありがとう。大好きだよ、お……」
ボフン
という音と鈍い衝撃が届いて、はずれは自分の顔が掛け布団に覆われていることを知った。急速に頭が冴えていく。
ボフン
ボフン
「……こらぁ、いい加減にしないと俺が死ぬぞ。悪ガキどもー」
「わー、はずれが起きたー」
「怪獣ー、怪獣だぁー、きゃあー」
布団のあちこちに群がっていた子供たちを怪獣のまねして追いかけまわすはずれと、逃げ回ったり、後ろから蹴りを入れたりする子供たちがそうやって暴れていると、智朗と雪菜がやってきた。人形のようにかわいらしい童顔と、その顔にそっくりなくせしてウーパールーパーみたいに緩んだ顔がぴょこっと戸の開いた隙間から顔を出す。
「……ふぁー、みんなもはあ君も、朝から元気だねー。僕はもう、眠くて眠くて、ふぁー」
「チロちゃんは寝すぎなのっ。もう、みんなもはあ君を起こすだけでこんなに騒いじゃうんだから。さ、はあ君も顔洗ってきて。ご飯もうできてるよ」
かなこを肩車しながら生返事をして、はずれは洗顔しに行く。部屋に戻るとパジャマ代わりのティーシャツから着替えて、普段着用のティーシャツを着て居間へ行くと、もうすっかり食卓はでき上がっていた。
ここはそういう世界なのだ、とはずれは直感的に理解していた。
過去、現実、理想……なんでもいい、辻褄の合わない幻想が無理矢理継ぎはぎされているシチュエーションだ。非現実が現実を装っている。
ずっとここにいたいと思わせるのんびりとした空気が流れている。