第3回:これまでの始まり
今日も規則正しく朝がきた。
はずれは、部屋に備え付けのベッドからむくりと起き上がると、福の神を模した目覚まし時計のベルを止め、大きく伸びをし、部屋を出てすぐのところにある共同の洗面所で顔を洗う。ガチョウの鳴き声のようなうがいをして、口をすすぐ。
以前は、別階にも響き渡る寮の名物だったが、友人達に「うるさい。騒音公害だ」という非難を受けてから静かになり、結果生徒達の遅刻率が増えた。意外な効果があったのである。
常陽高校は遠方から通学する生徒のために四階建て、五十室の学生寮を設けている。食堂、浴場は一階、会議室、談話室は三階にある。エレベーターはなく、一二階に主に男子生徒が入寮し、上階には主に女子生徒が暮らしている。
すっきりとさせた後は、寮の裏庭に行き、拳法の型の練習をする。朝の稽古は、はずれが小さな頃から続けている慣習で、拳法は流派も定かではないが、中学卒業まで住んでいた我が家の近所にある道場主から教わったものだ。この道場主のことを、いつもボロボロの胴着を着ていることから、はずれは「ボロ着先生」と呼んで慕い、教えられたとおりに朝の稽古を欠かさない。まるでそうすることがボロ着先生に対する忠誠を示す証であるかのように。
稽古を終えるとシャワー室で汗を流す。これも友人に言われて始めた習慣だ。一生懸命動いてかいた輝く汗は、確かに美しく見られなくもないが、臭いのは否めない。
食堂で朝食の手伝いをすると、他の生徒達と比べて遅い朝食をとり、食器等の後片付けをして、急いで教室に向かう。
それが、朝早くからみっちりスケジュールの詰まったはずれの規則的な生活だ。
だが、はずれは、ふと違和感に襲われた。廊下でやたらと生徒とすれ違うのだ。もうすぐ始業のベルがなる時刻だというのに、はずれがいぶかしんでいると、
「……鹿島、お前、なに、制服しか着るもんないのかよ。てめえはオヤジかって。だせえな」
ガールフレンドを連れた三浦がからかいの言葉をかけていった。
(そうか、今日はまだ日曜日か)
はずれはポンと手を打った。
休日を特別視しないはずれは、授業のない週末を持て余す。授業の予習復習は溜めないで早いうちに片してしまうから、反復するにしても暇つぶしにならない。
はずれは、休日を過ごすのが苦手だった。ぽっかりと広がるなにをしていても良い自由時間に、むしろ巨大な圧迫感を覚える。強制や推奨される行動の指針がないことを嫌がり、週休二日制を喜ばない稀有な学生であった。
(若本の部屋でも行くか)
寮生である若本の部屋は寮内においては、図書室に次ぐ蔵書量を誇る知識の宝庫である。
寮に住む男子学生はたとえば、煮えたぎる青春の情熱が行き場を失ってどうしてもやるせなくなるとき、若本の部屋を訪れ、本を借りていく。はずれは他の男子学生に倣って何回か借りたことがある。主に女性をモデルに、人体とファッションについて追求した内容だった。
(あそこに行くと、四六時中、若本の児童ポルノ法案に対する熱弁と、肉体の円熟と未成熟についての対比とそれぞれの考察が聞けるからな)
一人で部屋にいると天井からなにからやってくる、息苦しい閉塞感からは逃れられる。
そう思って、階段を上っていくと、踊り場に立つ人影が二人、逆光のコンストラクトを形成している。
「こんなところにいた。はずれ、お前、どうせ暇だろ。約束を果たす時間だぜ」
休日のお誘いであった。