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第34回:悪魔を選ぶ

 はずれは、空ばかり見ている自分に気づいた。なにかの節目が訪れる度に、はずれは皮肉なほど美しい青を目撃している。

 空なんて、見ている場合ではないのに。

 そうだ。空を見ているなんて、のんきなことをしている場合ではない。

 チロとの約束を果たす。和羽の本当の笑顔を取り戻す。

 手首を切って、意味のわからない怪物と戦って、寂しい目をして……彼女をそんな風にさせたままではいけない。

 彼女は、彼女自身が忘れていたとしても、本当は、花が一輪枯れただけで、虫一匹死んだだけで、心痛めるような優しい少女なのだから。

(こんなところで、死んでいられない)

 彼女の守り手は、もう自分の他にいないのだ。あがいて、あがいて、あがいて、諦めるなんて、考えもしない。それくらいでなければいけない。

 そのためなら、なんだってしよう。

 屋上から投げ捨てられても、死なずにいよう。奇跡だって起こそう。俺は彼女の笑顔のために生きると決めた。

 地面が近づいてくる。硬い大地が。姿勢が悪い。首が折れるかも知れない。頭蓋が砕けるかも知れない。死が目の前に迫っている。

 真っ赤な血だまりに沈む自分の幻視。

 そんな結末いるものか。

「死んでたまるかああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ」

 喉が潰れるほど叫んだ。耳を襲う空気の音に負けないように。

 背中が焼けるように熱い。腕が熱い。全身が熱い。熱い。熱い。全身が炎にあぶられているような、肩甲骨がマグマになって噴き出したような感覚がして。

 大地を目前にして、強風相手に急に傘を開いたように、減速したが。

 どぐぁうふぅぅ

 硬くて重いものを連想させる、衝撃。地響き。

 はずれの墜落地点を中心に、盛大に砂塵土煙が舞い上がる。

 一瞬前の轟音と対称な静寂が訪れて。

 視界の晴れた、地面に立っていたのは。

 長大な羽の生えた、獣だった。

 獣。そう、それは獣。

 いびつにねじれた山羊の角。瞳は血よりも赤く爛々と輝き、禍々しさに不足のない、強靭な顎と獰猛な牙を持ち、全身は新月の夜よりも暗い、漆黒の毛が覆っている。

 体は見るからに三回りは大きくなって、大きな黒曜石の塊がどんと置いてあるようで、重量感のある体躯が大地に沈んでいる。

「ついに正体を現したわね」

 この獣のことを、人はこう呼ぶのだろう。

「悪魔め」

 ユニスはありったけの憎悪の念を込めて吐き捨てた。

 はずれは動揺していた。

 自分の体が、別物になっているのを感じた。心の底から力がみなぎってくる。血がたぎり、細胞が喝采を上げている。

 ところ構わず吠え出したい衝動が腹の内を暴れまわり、頭がとても、熱い。

 はずれは、動揺以上の興奮を覚えているのだった。

 視線をめぐらすと、第二棟校舎の裏手にいることがわかる。

 だが、違う。決定的ななにかが、明らかに違う。

 ありふれた風景の。

 すべてが卑小な存在に見えて仕方がない。

 土も、木も、空も、校舎も、鳥も、蟻も、人も、妖怪も、目につくものすべて、いや、考えうる限りのすべてが取るに足らない、無価値なものに思える。

 いや、実際に、無価値なのだ。事実、くだらないものに過ぎないのだ。

 この世界で価値があるとしたら、それは唯一、自分自身に他ならず、それ以外はすべからく無に等しい。

 意味はなく、理由もなく、未来を与える必要もない。

 壊れようが、消えようが、一切興味はなく、歯牙にもかけない。

 俺が、本能のままに生きるのになんの必要性はない。

 ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない。ない。

 天上天下唯我独尊。

 ただ、欲するは自分のみ。

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